木鐸社

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『レヴァイアサン』61号 [特集]「熟議」をめぐる実証研究

ISBN 978-4-8332-1177-2

〔特集の狙い〕「熟議」をめぐる実証研究 (文責 鹿毛 利枝子)

 非寛容が政治的影響力を増している。イギリスはブレクジットの方向に進み,アメリカでは移民排斥を訴えるトランプ大統領が当選した。フランスでは,移民排斥を訴えるルペン候補が当選こそしなかったものの多くの支持を集めた。またイギリスを含め,多くの西ヨーロッパ諸国では,この2,30年もの間,移民排斥を掲げるいわゆる極右政党が一定の議席を獲得し続けている。
 意見を異にする他者への寛容性はどのような条件の下で生まれるのか。特定のイシューに対して「熟考」を行い,異なる見解に同意しないまでも理解をし(パースペクティヴ・テイキング),場合によっては,他者の意見を受けて,自分の意見を変えることは,どのような条件の下で可能となるのか。これらの問いは,政治が多くの国において分極化する中,どのような条件の下で正当性を維持し続けることができるのかという問題にも関わる。このあたりのテーマについては,長らく,政治思想の分野において熟議民主主義の論者が取り組んできたが,この20年ほどの間に,実証的な研究も飛躍的に進んできた。本特集は,これらの問いに取り組む第一線の研究者にご寄稿頂いた。「民主主義を機能させる」上では,選挙や表現の自由,結社の自由など,民主主義的な諸制度の整備だけでは不十分であることは,古くから多くの論者が指摘してきたことである。たとえば,古典『ザ・シビック・カルチャー』において,ガブリエル・アーモンドとシドニー・ヴァーバは,民主主義体制を維持する上では,民主主義的な諸制度のみならず,市民の側の意識,とりわけ政治的知識や政治的有効性感覚をもった市民が一定程度存在することが不可欠であると論じた。民主主義をうまく運営する上では,制度だけでなく,市民の側の「意識」も必要であるという発想はその後,ロバート・パットナムなどにも受け継がれ,市民の間の信頼感情や自発的参加が市民間の協調を可能にし,ひいては「民主主義を機能」させる上で役立つという議論へと繋がった。
 パットナムの議論の一つは,自発的結社における討議が,合意形成の技術など,「シビック・スキル」の習得に繋がる,というものであった。この議論は,熟議を通して「熟慮」が可能となり,ひいては「パースペクティヴ・テイキング」や寛容性に繋がる,とする熟議民主主義の議論とも重なる。しかしパットナムをはじめとするソーシャル・キャピタルの議論が,「シビック・スキル」が集合行為を可能にすることを介して民主主義のパフォーマンスを高めるとしたのに対して,熟議民主主義の議論では,熟議やそれがもたらす「熟慮」や「パースペクティヴ・テイキング」などが民主政治の正統性を高めるとされる。このように,民主主義を「機能させる」上でパットナムが市民の間の「協調行動」が不可欠であると捉えたのに対して,熟議民主主義の議論においては,討議を介した「正統性の確保」こそが肝要であるとされる。また、パットナムらが民主主義のパフォーマンスという「成果」をより重視したのに対して,熟議民主主義の議論は,熟議という「手続」の重要性を強調する。
 もちろん,意見を異にする他者と見解を交わせば,「パースペクティヴ・テイキング」や寛容性がおのずと涵養されるとするのはあまりに楽観的である。たとえば,熟議民主主義の議論の多くが「対等な当事者の間の討議」を想定するのに対して,実際の討議の場では,参加者はむしろ対等でないことの方が多いとの批判がなされてきた。たとえばアメリカの陪審制をめぐる研究の多くは,教育水準や社会的立場の高い者は,そうでない者に比べて,発言量が多いことを示してきた。本特集の池田・小林論文の指摘するように,東アジアの文脈では,年齢による社会的立場の相違もある。また池田・小林論文も遠藤・三村・山崎論文も論じるように,イシューの性質によっては「パースペクティヴ・テイキング」や寛容性の進展の程度も異なるかもしれない。
 「寛容性」や「パースペクティヴ・テイキング」はどのような条件の下で可能となるのか。また異なる意見と遭遇した場合にも,「パースペクティヴ・テイキング」の比較的進む者とそうでない者がおり,また意見をより変えやすい者とそうでない者がいる。これらの差はどこから生じるのか。イシューの性質は,これらの点にどのようにかかわるのか。こういった研究課題をめぐり,この20年ほどの間,多くの実証研究が蓄積されてきており,本特集の論文も,これらの問いに対して,新たな地平を切り開くものである。
 実は,これらの問題は,政治の局面において重要であるというだけではない。そもそも学術は,「熟議」が成立することを前提としている。自分の意見を述べ,相手の反論を聞き,相手方の立場に立ち,場合によっては相手の意見を受けて自分の意見を変える,という一連のプロセスが成立しなければ,そもそも学術的な議論も成り立たない。それが成立するのか,またどのような条件の下でどの程度成立するのかを実証的に探ることは,政治学のみならず,学会全般にとってもきわめて重要な課題であるはずである。
 本特集では,この分野に新たな地平を切り開く,第一線の研究者にご寄稿いただいた。いずれもCASIやオンライン・ディスカッション実験,ミニ・パブリックス,討議型世論調査など,多彩な手法を用いてこの分野のフロンティア的諸テーマに緻密に接近した論文である。
 なお,「寛容」の問題については,次号の特集(「排外主義の比較政治学」)においても引き続き,取り上げる予定である。併せてご購読頂ければ幸いである。


目次
<特集論文>
熟議と熟慮 ─市民のニーズを探る新たな方法の模索─ 田中 愛治
齋藤 純一
西澤 由隆
田部井 滉平
オンライン・ディスカッションは政治的寛容性をもたらすか ─意見と世代の異質性に関する実験研究─ 池田 謙一
小林 哲郎
熟慮の質に関する指標化の試み ―Reasoning Quality Index(RQI)とArgument Repertoire(AR)の比較を通して― 今井 亮佑
日野 愛郎
千葉 涼
ミニ・パブリックスにおける市民間の討議が寛容性に及ぼす効果 ─「外国人労働者の受け入れ政策」を争点として1 ─ 横山 智哉
稲葉 哲郎
熟議を条件付けるイデオロギー対立 ―反論提示実験による検証― 遠藤 晶久
三村 憲弘
山﨑 新
[研究ノート]行政と協働する団体は行政を統制しないのか 柳 至
小橋 洋平
<書評論文>
いまもなお官僚制の世紀なのか?-安全基準をめぐる政策過程と日本の官僚制
 安達亜紀『化学物質規制の形成過程ーEU・ドイツ・日本の比較政策論』岩波書店,2015年
 村上裕一『技術基準と官僚制ー変容する規制空間の中で』岩波書店,2016年
坂本 治也
軽やかな「移動」と重厚すぎる「越境」,そして
 柄谷利恵子著『移動と生存ー国境を超える人々の政治学』岩波書店,2016年
 塩出浩之著『越境者の政治史ーアジア太平洋における日本人の移民と植民』名古屋大学出版会,2015年
谷口 功一
選挙と分極化の中のアメリカ政党
 渡辺将人『現代アメリカ選挙の変貌ーアウトリーチ・政党・デモクラシ』名古屋大学出版会,2015年
 西川健『分極化するアメリカとその起源ー共和党中道路線の盛衰』千倉書房,2015年
吉田 徹
東アジアにおける不完全な秩序移行とアメリカ
 中谷直司著『強いアメリカと弱いアメリカの狭間でー第一次世界大戦後の東アジア秩序をめぐる日米英関係』千倉書房,2016年
 佐橋亮著『共存の模索ーアメリカと「二つの中国」の冷戦史』勁草書房,2015年
森 聡
<書評>
投票行動論における独創的理論研究
 飯田健著『有権者のリスク態度と投票行動』木鐸社,2016年
評者=境家 史郎
いつ,誰が政党を変えるのか?
 近藤康史『社会民主主義は生き残れるか:政党組織の条件』勁草書房,2016年
評者=堤 英敬

◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」61号

飯田 敬輔

 トランプ政権が誕生して以来,私の生活で変わったことと言えば,これまで以上に丹念に英字新聞を読むようになったことである。それまでは飛ばし読みだったのかとお叱りを受けそうであるが,確かにそうであったと正直に認めるしかない。むろん米国政治およびT氏がフェイクニュースと切り捨てる政権内のごたごたについてもよくわかるが,その他の国の事情についても少しずつわかるようになり,思わぬ学習効果がある。政治学者にとってはこの上ない研究材料が山ほど見つかるのである。かたや日本政治に目を向ければ○○学園などの文字が並ぶばかり。これでは政治学を志す若者が一向に増えないのも,むべなるかな。若人よ,英字新聞(その他の言語でもよいが)を読もう!

大西 裕

 2013年に続き,今年の2,3月に,全国市区町村選管アンケート調査をおこなった。前回に比べ,今回の調査は投票環境の改善や選挙情報へのアクセス環境整備など,実質的投票権補償にフォーカスを当てた。そのため前回より設問数が増え,かつ回答のために準備を要するものが多かったにも拘わらず,回答率は前回を上回り,80%を超えた。答えてくださった選管事務局の方々に感謝する。あとで選管の方に尋ねると,『選挙時報』での連載という形で前回調査のフィードバックがなされていたのが重要だったとのこと。結果を眺めていると,業務負担増の悲鳴が聞こえてくるようである。なお,前回調査の分析結果は『選挙ガバナンスの実態 日本編』(ミネルヴァ書房)として,3月に出版した世界編に続いて公表する。ご期待ください。

鹿毛 利枝子

 歯に悩まされる方は少なくないのではないだろうか。よくいわれるように,日本ではアメリカなどと比べて,予防歯科に力を入れてこなかったとされるが,最近,駒場の学生が日本の歯科医療政策をテーマに卒論を執筆した(この学生も随分歯医者には悩まされたそうで,インタビュー調査なども駆使した気合の入った卒論となった)。それによると,厚労省は従来から予防歯科の推進に熱心であるが,虫歯や歯周病が減ると収入も減ることを恐れる歯科医師業界が消極的なのだという。なるほどと思ったが,ではなぜ医療一般においては予防医療が浸透し,歯科領域では浸透していないのかなど,疑問が残った。残念ながらこの学生は就職してしまったが,博士論文が一本書けるテーマではないかと思う。

増山 幹高

 ヨーロッパ最古の憲法制定国とされるポーランドの議会調査を行った。冷戦終了後,国家統合を担う機関として,国民への情報公開を推進する機能が憲法に規定された。開かれた議会を目指し,ユニバーサル化や啓蒙活動にも積極的であり,議長の権限が強く,議会ウェブサイトを情報公開の拠点とすることが議院規則に定められている。審議映像の公開にも積極的であり,聴覚障害者向けの手話に始まり,音声認識による字幕付与にも数年間取り組んできている。8割程度の音声認識に成功しているとのことであったが,それも一般的なチェコ語向けソフトを改良することで達成しているというのには驚いた。

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