木鐸社

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『レヴァイアサン』50号 特集 国際ガバナンスの本質と変容

ISBN978-4-8332-1166-6 C1031 2012年4月15日発行

〔特集の狙い〕国際ガバナンスの本質と変容 (文責 飯田 敬輔)

近年,経済および環境分野における国際ガバナンスは大きく変容し,またその中で,日本の占める地位も大きく揺らいでいる。たとえば,1970年代以来,国連中心主義という建前は別に置くとして,経済分野における国際ガバナンスを実質的に取り仕切ってきたのは,主要先進国を中心とするG7。G8(主要七カ国。八カ国首脳会議)であり,日本はとりわけその枠組みの中で唯一アジアを代表する国として重要な位置を占めてきた。ところが,2008年以来の世界金融経済危機を契機とし,G20(主要20カ国首脳会議)という新たな枠組みが生まれ,日本はそのなかでもかなりマイナーな役割しか与えられていない。気候変動の分野では国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のレジームのなかで,日本はCOP3のホスト国として活躍するなど大きな国際貢献をしてきたはずであったが,東日本大震災の影響もあり,京都議定書の温室効果ガス排出削減目標達成が非常に厳しくなったばかりか,2011年末のダーバンにおけるCOP17では京都議定書第二約束期間の削減義務を受け入れなかった。このように,日本の国際ガバナンスにおける貢献度低下は目を覆うばかりである。
 しかし,地位低下は日本ばかりではない。アメリカは今回の金融危機の震源地として大幅にソフトパワーを失い,EUはギリシャ危機を端緒とするユーロ圏全体の危機に直面している。このようななかで現在,国際ガバナンスはどのように変容しつつあるのであろうか。それについて,鈴木教授を中心とするグループはまず帰納的に,どのような分野でどのような国際協調や連携が行われ,それがどのような要因に帰せられるのかを検証しようと研究を行ってきている。50号の特集はその成果の一端である。
 まず鈴木論文では,そもそも国際ガバナンスとのは何か,そしてそれにはどのような形態があり,それがどのような論理に基づいて変容を遂げるのかを概説している。まず,本論文ではガバナンスの3大要素を規律,提携,権威とした上で,ガバナンスの形態を権威の集中度,認識共有度の2つの尺度で「超国家主義」「共同体」「ヒエラルキー」「ネットワーク」の4つに分類している。そして,貿易では,GATTはもともと「ネットワーク」であったがWTO設立に伴って部分的にではあるが「超国家主義」の要素が加わったものの,それに対する反動としてFTAが国際的にまん延することによって分断された「ネットワーク」へと変容しつつあるとしている。また通貨の分野はもともと米ドルを基軸通貨とするはっきりした「ヒエラルキー」であったが,2008年以来の危機の影響もあり,実質的に「ネットワーク」へと堕しつつある。最後に環境はある程度認識を共有する小さな「共同体」であるとしている。
 次にそれぞれの分野ごとに分析が続く。第一に貿易ガバナンスを検証した毛利論文は,貿易ガバナンスはさまざまな規範が重層的に進化していく過程であるという比喩に基づき,17~18世紀の重商主義,19世紀の自由主義,20世紀の公正貿易,そして21世紀の協調貿易という規範が重層的に重なりあっているとしている。その後,ドーハ交渉のなかでも農業交渉,地域貿易協定,「貿易と環境」の分野にフォーカスを当てて詳細な分析を行っている。特に農業交渉では,新興国を中心としたG20(上記のG20サミットは異なる)を初めとして,G10,G33などさまざまなグルーピングが群雄割拠して,相矛盾する主張を行っている。「貿易と環境」では,全く相対立する規範がせめぎ合っており,せいぜい予見可能性の向上しか望めないという。
 第二に樋渡論文は計量分析の手法を用いて,世界マクロ不均衡の問題に取り組んでいる。今回の世界金融危機の原因として国際収支の不均衡に問題があったことはよく知られているが,そもそもなぜそのような不均衡が発生し,それに対して各国はなぜ異なる対応を示すかについてはまだ研究が十分行われているとはいえない。そこで本論文はBueno de MesquitaらのSelectorate理論を基に,国内政治体制による説明を試みている。具体的には,民主政の下では政治指導者は公共財である資本自由化,財政規律を選好し,それに対して専制国家では金融政策の自立と外貨準備の積み上げを選好するとしている。そしてこれらの仮説を計量分析によって検証している。この結果を基に筆者は現在の不均衡がこのような国内的な要因に基づく限り,大幅な改善は期待できないとしている。
 最後に太田論文は環境分野,とりわけ気候変動レジームにおけるガバナンスについて多角的に分析している。この分野でも小島嶼国連合(AOSIS)やEUなど問題解決に積極的なグループと後ろ向きなJUSCANNZ(日本を含む),G77+中国などのせめぎ合いが起きている。またUNFCCCの枠組みが中心となりながらも,米国が主導する主要経済国フォーラム(MEF)などの枠組みも共存している。いずれにしても米中二カ国が世界の温室効果ガスの4割以上を排出する中で,これら両国が経済に主要な関心を払い,環境は二の次である限り大幅な前進は望むべくもない。  このように日本を取り巻く国際ガバナンスの環境は決してやさしいものではない。このなかでどのようなかじ取りをしていくのか。今後の展開から目が離せない。


目次
<特集論文>
国際ガバナンスの本質と変容 -経済危機を越えて 鈴木 基史
国際貿易ガバナンスにおける連携構築 -「進化」と「共生」から見るWTOドーハ交渉 毛利 勝彦
国際資本移動増大の帰結と政治体制の対応形態 -世界不況後の国際協調の特性 樋渡 展洋
国際ガバナンスの本質と変容 -気候変動問題をめぐる国際政策連合の政治 太田 宏
<特集>
座談会  近年の政治状況・政治学動向と『レヴァイアサン』の役割 司会:飯田敬輔
出席者:
加藤 淳子
川人 貞史
辻中 豊
真渕 勝
大西 裕
増山 幹高
<書評>
自治体合併を政治意識から探る
 河村和徳著『市町村合併をめぐる政治意識と地方選挙』木鐸社,2010年
評者=斉藤 淳
アメリカの対外軍事行動の形態を理論と実証から検証する
 多湖 淳著『武力行使の政治学:単独と多角をめぐる国際政治とアメリカ国内政治』千倉書房,2010年
評者=佐々木 卓也
原点(典)への誠実さが生む確かなレリヴァンス
 坂本治也著『ソーシャル・キャピタルと活動する市民:新時代日本の市民政治』有斐閣,2010年
評者=平野 浩
中台関係の展望への含意に満ちた中港関係研究
 倉田 徹著『中国返還後の香港:「小さな冷戦」と一国二制度の展開』名古屋大学出版会,2009年
評者=松本 充豊
行政はリスクにどのように向き合おうとするのか
 手塚洋輔著『戦後行政の構造とディレンマ』藤原書店,2010年
評者=山崎 幹根

◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」59号

飯田 敬輔

 本誌の編集委員になって1年半あまりたったが,特集の担当になったのはこれが初めてであった。雑誌編集はこれが初めてというわけではないが何かと苦労した。もともとは鈴木先生のグループの研究を拝借するという安易な発想であったが,2011年11~12月のG20,COP17そしてWTO閣僚会議などの結果,国際ガバナンスの変容がいよいよ明らかとなっていくうちに,思った以上にタイムリーな企画であったと喜んでいる。座談会の司会については,特集の担当とは関係なくお受けしたのであるが,本誌の重要性とその奥行きの深さを再認識するよい機会となった。ご出席いただいた先生方にこの場をお借りして感謝申し上げます。なお,特集の題名が予告したものから変更になってしまったことについてお詫び申し上げます。

大西 裕

 本誌が出る頃には,あの大地震から1年がたっている。復興はこれからである。震災とその後の復興政策は日本の行政に多くを課すことになったが,そのうちの一つが地方選挙である。選挙人登録制度をとらない我が国では有権者の確定そのものが至難の業であり,選挙ができるとは考えがたかったが,被災3県は成功裏におこなった。もちろん,実際の有権者である被災者の方には不満が残ることも多かったであろう。しかし,あの環境下での投票自体が極めて重要で,奇跡に近い。とりわけ災害が深刻な市町村ほど投票率が高かったことは特筆に値する。ただし,それでも市町村によってパフォーマンスには違いがあった。被災による苦境を思うと軽々なことはいえないが,なぜ差異が生じたかの研究は,必ず政治行政の改善に役立つ。私たちはこのことから多くの教訓を学ばねばならない。それが政治学のできる一つの貢献である。

鹿毛 利枝子

 年末年始をヨーロッパで過ごした。ヨーロッパにはあまり土地勘がなく,EUの農業政策=手厚い保護,というくらいのイメージしかなかったが,あちこち廻ってみると国毎の違いも見えて面白い。オランダではレストランでもスーパーでも野菜が少なく,肉,チーズ,パン中心の食生活のようである(栄養面は大丈夫なのだろうか)。電車で国内を移動しても,窓から見えるのは牧草地ばかりで,あとは輸出用の生花くらいしか見えない。次に移動したフランスでは色とりどりの珍しい野菜や果物が豊富で,むろん国産。EU圏内のものも多いが,圏外からの輸入品も多い模様である。野菜ロビー。畜産ロビーの強さは食文化に規定されるのか,あるいは選挙制度なども影響するのか。詳しい方がいらしたら教えて頂きたい。

増山 幹高

 10数年前は教員公募に連敗していたが,ある地方の大学で面接までいき,年度途中ながらすぐに採用したいと通知があった。当時,非常勤講師をしており,途中で投げ出すわけにもいかないと泣く泣く採用の話をあきらめた。しかし,後でわかったのだが,非常勤を世話してくれた先生に採用の話がなぜか通っており,先方の大学より無職を選んだと顰蹙をかってしまった。ある先輩いわく,応募する側に選択の余地はないというのが業界ルールだと。こんなことは今時ないかも知れないが,業界ルールには守られるべきものもある。二重投稿は学術的な規範。倫理に反することは言うまでもないが,査読といった業界人の手弁当があって研究成果を公表する公器としての学術誌があることも忘れないで欲しい。

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