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現代日本政治分析のフォーラム

『レヴァイアサン』のページ




 この数年,日本の政治学界には新しい流れが生まれています。本誌はこの新しい流れの学問的コミュニティに一つのフォーラムを提供し,一層旺盛な批判と反批判の場を作ることで,政治学研究を活性化することを狙いとしています。
創刊号から21号までは,現在顧問として大所高所から,見守って下さっている方々が担いました。現在はいわば二代目世代に属する名実ともに第一線で活躍中の研究者が各号を担当しています。
 また書評欄を充実させ,批判と反批判という本誌の狙いをより鮮明にするよう心がけております。
 先ずは各委員のプロフィール,次に最新号から特集テーマと執筆者という順序でご紹介しましょう。『朝日新聞』2007年8月23日付朝刊で小誌20年の歩みを紹介(大室一也氏執筆)
 新たに増山幹高教授が書評委員として参加されました(08年6月20日更新)。編集委員の川人先生がその学問的功績により2009年度の学士院賞を授与されました(09年3月18日更新)。
 本誌もお陰さまで, 20年余の歴史を刻み, このたび編集委員, 書評委員ともメンバーチェンジを行い, いわば三代目世代が活躍されることになりました。今後の各号を担って下さる方々をご紹介致します。22号から46号までの編集委員は顧問として大所高所より見守って下さいます。(2010年10月2日更新)
 書評委員会からのお知らせ(2013年4月1日更新)



◆第三次編集委員紹介
◆第三次書評委員紹介
◆加藤委員からの贈物(07年12月22日)
◆顧問紹介
◆編集委員紹介
◆書評委員紹介
◆三宅賞について
◆2008年度三宅賞について
◆第10回三宅賞について
◆第9回三宅賞決定
> ◆第8回三宅賞決定
◆第7回三宅賞について
◆第6回三宅賞決定
最新(59)号 大阪の都市政治を分析する10月15日刊行
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」59号
58号 主要国の国際秩序観と現代外交4月15日刊行
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」58号
57号 日本における「左右対立」の現在10月13日刊行 紹介記事『週刊読書人』15年10月30日 紹介記事『月刊公明』16年1月号
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」57号
56号 「国会という情報学」4月14日刊行
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」56号
55号 「政治経済学のルネサンス」10月15日刊行
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」55号
54号 「外交と世論」4月15日刊行
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」54号
53号 「一党優位制後」の比較政治学10月12日刊行
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」53号
52号 変革期の選挙区政治(4月15日刊)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」52号
51号 特集地方議員と政党組織(10月15日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」51号
50号 特集1 国際ガバナンスの本質と変容:経済危機を越えて 特集2 50号記念:近年の政治状況。政治学動向と『レヴァイアサン』の役割(4月15日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」50号
49号 特集 福祉国家研究の最前線(10月17日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」49号
48号 特集 政治学と日本政治史のインターフェイス(4月18日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」48号
47号 特集 選挙サイクルと政権交代(10月15日刊行)『公明新聞』2010-10-25紹介記事掲載
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」47号
46号 特集 変化する政治,進化する政治学(4月15日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」46号
45号 特集 世界の市民社会。利益団体(10月15日刊行)紹介記事掲載『公明新聞』09-11-23
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」45号
44号 特集 ニューロポリティックス,ニューロエコノミックス(4月15日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」44号
43号 特集 2001年省庁再編の効果(10月15日刊行)紹介記事掲載『公明新聞』08-10-27
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」43号
42号 特集 ポピュリズムの比較研究に向けて(4月15日刊行)『公明新聞』08-5-12紹介記事掲載
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」42号
41号 現代日本社会と政治参加(10月15日刊行)『公明新聞』07-10-29紹介記事掲載
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」41号
40号 20周年記念増頁号 政治分析。日本政治研究におけるアプローチのフロンティア(4月15日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」40号
39号 2005年総選挙をめぐる政治変化(10月15日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」39号
38号 行政改革後の行政と政治(4月15日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」38号
37号 90年代経済危機と政治(10月15日刊行)(10月16日更新)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」37号
36号 日本から見た現代アメリカ政治(4月15日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」36号
35号 比較政治学と事例研究(10月15日刊行)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」35号
34号 政官関係(4月15日刊行)(3月20日更新)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」34号
33号 地方分権改革のインパクト(10月15日刊行)(9月14日更新)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」33号
32号 90年代の政党政治と政策の変化(4月15日刊行)(更新3月2日)(更新3月8日)(更新月4日)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」32号
31号 市民社会とNGO――アジアからの視座(10月15日刊行 増ページ)(更新9月8日)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」31号
30号 議会研究(4月15日刊行 増ページ)
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」30号
◆バックナンバー(29〜21号 二代目世代による)
◆バックナンバー(20〜創刊号 創業世代による)
投稿大歓迎!
◆【投稿規定】(変更07年3月25日)
書評委員会から 本誌の狙いに沿った投稿期待しております(狙い,対象,枚数等を具体化した改訂版に更新致しました)0
◆第三次編集委員
飯田敬輔教授
東京大学大学院法学政治学研究科
すっかり元気をなくしてしまった日本。本誌がいつまでも元気でいられるように微力を尽くす所存です。論文をどしどしご投稿ください。宜しくお願いいたします。
大西 裕教授
神戸大学大学院法学研究科
優れた研究は斬新な発想と地道な努力,そして交流から生まれる。日本の政治学 に投稿文化をもたらしたレヴァイアサンが,今後ともそのフォーラムであり続け るよう,努力していきます。
鹿毛利枝子准教授
東京大学大学院総合文化研究科
方法論に関わらず,斬新な着想,論争的な研究を歓迎します。同時に,論争の ための論争を提起するのではなく,社会の動きにも目配りのきいた媒体でありた いと思います。ご投稿お待ちしております。
増山幹高教授
政策研究大学院大学
政治学者としての第一歩。投稿歓迎。千里之行 始于足下。

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◆第三次書評委員
石田 淳教授
東京大学大学院総合文化研究科
月並みな言い回しですが,書き手と読み手との間に緊張と信頼があって初めて学問の地平も広がります。書評欄がその橋渡しの役目を果たすことができるように微力を尽くしたいと思います。
磯崎典世教授
学習院大学法学部
先端的な業績を取り上げると同時に,異なる方法論間の交流や周縁からの問題提起を通じて,政治学の新たな地平をひらく共同作業の場を作れれば嬉しいです。
曽我謙悟教授
京都大学大学院法学研究科
政治学の現在の到達点を確認し,今後を見据えるような書評,書評論文,学界展望論文をどんどん掲載していきたいと思います。投稿お待ちしています。
日野愛郎教授
早稲田大学政治経済学術院
生きている政治学(レヴァイアサン)の「時」を刻む「場」を作っていけたらと思ってます。投稿をお待ちしております。
待鳥聡史教授
京都大学大学院法学研究科
現代政治分析の間口を広げる書評や,他の形では論じえない内容を持った書評など,優れた原稿を載せていきたいと思っています。
村井良太教授
駒澤大学法学部
冷戦終結から早20年が過ぎました。書評を通した先端的知の交流と形成にご一緒できることを嬉しく思います。よろしくお願いします。

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◆加藤委員からの贈物
 東大・イェール大2大学交流事業のため,現在イェールに滞在中の加藤委員より素敵なクリスマスツリーの写真が届きました。加藤氏のご了解をいただきましたので公開致します。皆様にもお楽しみ下されば光栄です(07-12-22)。

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◆顧問紹介
猪口 孝教授
新潟県立大学学長兼理事長
政治学。国際関係論の実証的研究,その体系化に努め,2012年「現代政治学叢書」全 20巻(東京大学出版会)が完結,現在もJapanese Journal of Political Scienceの編集長を続ける
大嶽秀夫教授
同志社女子大学
細川政権以来日本の政治は激動期に入った。この現状と行末を分析。予測することが政治学者の課題だ。また具体的な政策提言や決定への参与も求められている。これらの課題に応え,社会的責任を果す為にも本フォーラムの提供は必要である。
蒲島郁夫教授
熊本県知事
村松岐夫教授
学習院大学法学部
国公立大学 の法学部系政治学者は,法科大学院が設置されるなら,法学部教育の一環であった政治学はどこに行くのか。直接の職業と結びつくような専門大学院をつくるのか,学部レベルで良き市民のための教育をするのか。研究者はどのようにして生まれるのか。我々は今,どこに棲むのかの選択を迫られているような気がする。

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◆編集委員紹介

加藤淳子教授
東京大学大学院法学政治学研究科
より多くの投稿を期待しています。
川人貞史教授
東京大学大学院法学政治学研究科
独創的なアイディアをもとに注意深く仕上げたすぐれた論文をたくさんレヴァイア サンに掲載したいですね。
辻中 豊教授
筑波大学社会科学系
現代政治に関して,政治学者の「なぜ」ではなく,他の社会科学者やふつうの市民の 「わからない!なぜ?」に,応え答えうる編集に努めたい。
真渕 勝教授
立命館大学政策科学部
分権改革や中央地方関係をテーマに特集を組めないものか考えている。比較研究の重要さが認識されるにつれて,同質的な一定の数のNが期待できる「地方」 は,絶好のフィールドとなってくるはずである。投稿を待つ。

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◆書評委員紹介 このたび新たに増山教授が加わりました(08年6月20日更新)
久米郁男教授
早稲田大学政治経済学部
後ほど原稿送ります
河野康子教授
法政大学法学部
後ほど原稿送ります
古城佳子教授
東京大学総合文化研究科
論争的な書評を歓迎しますので,どしどし投稿してください
田中愛治教授
早稲田大学政治経済学部
すごいと思う本に出会うことがたまにあるが,そういう本を一つでも紹介できれば本望だと思う。
田辺国昭教授
東京大学大学院法学政治学研究科
後ほど原稿送ります
増山幹高教授
政策研究大学院大学,慶應義塾大学法学部
 新入りです。よろ しくお願いします。
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レヴァイアサン
年2回(春。秋)刊行 菊判。平均200頁。2000円

編集委員 飯田敬輔・大西 裕・鹿毛利枝子・増山幹高
書評委員 石田 淳・磯崎典世・曽我謙悟・日野愛郎・待鳥聡史・村井良太
顧問   加藤淳子・川人貞史・辻中 豊・真渕 勝



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◆三宅賞について


 三宅賞は神戸大学名誉教授。学士院会員三宅一郎先生からのご寄付に基づき,過去一年間に発表された最も優れた政治学論文に与えられております(賞金 20万円)。



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◆2008年度三宅賞について



 三宅賞の目的は,現代日本政治研究の分野において,過去一年間に出版された論文の中から優れた作品に与えられるものです(賞金20万円)。今回の審査は2006年10月1日から2007年9月30日までに出版された論文を審査いたしました。 次の論文を,2008年度三宅賞として決定しました。

Shuhei Kurizaki,“Efficient Secrecy: Public Versus Private Threats in Crisis Diplomacy,”American Political Science Review, Volume 101, No.3 ,pp. 543-558, August 2007

 本論文は,国際政治外交の分野で,きわめて斬新な発想で,公的外交の外で行われる外交の有効性を分析しています。Shuhei Kurizaki氏は,日本からアメリカの大学院に留学され,UCLAで博士号を取得し,現在Texas A& Mで助教授(アシスタントプロフェッサー)をしておられます。 栗崎氏の論文で用いられているゲームモデルは,研究課題を見事に解き明かすだけでなく,他の課題にも適用可能な汎用性の高いものであります。さらに,外交史の知見を利用しながら,モデルから導出された仮説をうまく検証しております。
 選考委員会は満場一致で決定しました。
(文責 村松岐夫)
選考委員
猪口 孝/ 大嶽秀夫/ 蒲島郁夫/ 村松岐夫

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◆第10回三宅賞について



 三宅賞の目的は,現代日本政治研究の分野において,過去一年間に出版された論文の中から優れた作品に与えられるものです(賞金20万円)。今回の審査は2005年10月1日から2006年9月30日までに出版された論文を審査いたしました。選考委員会の慎重な審査の結果,第10回三宅賞については委員の合意が得られませんでしたので,該当作なしと決定いたしました。(文責:蒲島郁夫)
選考委員
猪口 孝/ 大嶽秀夫/ 蒲島郁夫/ 村松岐夫

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◆第九回(2006)三宅賞決定

 三宅賞は,三宅一郎氏のご厚意により設立されたものです。三宅賞の目的は,過去一年間に出版された論文の中から優れた作品に与えられるものです(賞金20万円)。今回の審査は2004年10月1日から2005年9月30日までに出版された,日本人政治学者による論文を審査し,選考委員会の慎重な審査の結果,第九回三宅賞は以下の論文に決定いたしました。
Imai, Kosuke. (2005). "Do Get-Out-The-Vote Calls Reduce Turnout? The Importance of Statistical Methods for Field Experiments." American Political Science Review, Vol. 99, No. 2 (May), pp. 283-300.
 本論文は, 三宅賞にふさわしい政治学方法論に関する論文です。この論文に加え,著者の研究成果の旺盛な海外発信を評価し,選考委員満場一致で受賞作と決定しました。 (文責:蒲島郁夫)
選考委員:猪口 孝・大嶽秀夫・蒲島郁夫・村松岐夫


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2006年7月10日IPSA福岡大会にあわせ今井氏は米国プリンストンより来日,三宅先生ご夫妻,選考委員,書評委員,パネル参加者も出席され(猪口邦子大臣もご挨拶にみえられ),初めて英語で授与式と昼食会が行われました(その時のスナップです)。
三宅御夫妻今井耕介氏三宅夫人
三宅御夫妻今井耕介氏。田中愛治氏三宅御夫妻と過去の受賞者


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◆第八回(2005)三宅賞決定

 三宅賞は,三宅一郎氏のご厚意により設立されたものです。今回の審査は2003年10月1日から2004年9月30日までに出版された論文を審査し,選考委員会の慎重な審査の結果,第八回三宅賞は以下の論文に決定いたしました。
 池田謙一「2001年参議院選挙と『小泉効果』」,日本選挙学会2003年度年報『選挙研究』 2004, No.19, 29-50.
 本論文は,2001年参院選における自民党勝利と「小泉効果」の関係を計量的に分析したものであり,三宅賞にふさわしい優れた実証研究です。この論文に加え,研究成果の旺盛な海外発信を評価し,選考委員満場一致で受賞作と決定しました。(文責:蒲島郁夫)
選考委員:猪口 孝・大嶽秀夫・蒲島郁夫・村松岐夫


2005年5月11日三宅先生をお招きして授与式が行われました
蒲島氏池田氏と三宅先生池田氏


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◆第七回三宅賞について

 三宅賞の目的は,現代日本政治研究の分野において,過去一年間に出版された論文の中から優れた作品に与えられるものです(賞金20万円)。今回の審査は2002年10月1日から2003年9月30日までに出版された論文を審査いたしました。選考委員会の慎重な審査の結果,第七回三宅賞については委員の合意が得られませんでしたので,該当作なしと決定いたしました。(文責:蒲島郁夫)
選考委員
猪口 孝/ 大嶽秀夫/ 蒲島郁夫/ 村松岐夫



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◆第六回三宅賞決定


第6回三宅賞授賞時のスナップ
 第6回三宅賞は増山幹高氏(慶應義塾大学)「国会運営と選挙:閣法賛否の不均一分散 Probit 分析」『選挙研究』16号,2001年に与えられました(5月13日)。


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第3回三宅賞授賞時のスナップ


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◆59号 特集 大阪の都市政治を分析する
〔特集の狙い〕大阪の都市政治を分析する
(文責 大西 裕)
 「都市の空気は自由にする」とは,中世ドイツの格言である。フランス革命は大都市パリを主要な舞台とし,アメリカ独立革命はボストン茶会事件から始まった。政治における都市の重要性は改めて指摘するまでもないであろう。その都市の中でいかなる政治が展開されるのかも当然に重要である。しかし,日本の現代政治分析において,都市政治の分析は決して主要な分野ではなかった。加茂利男の一連の業績や三宅・村松編などの先駆的な研究はあるが,その重要性や面白さが十分認知されたとは言えず,都市政治論の多くは都市論の一環として政治文化論・政治経済学の中に埋め込まれるか,行政学の一分野としての地方自治論に包括されるにとどまっていたように感じられる。
 もちろん,都市論や地方自治論の中で位置づけられることが誤りであるというわけではない。都市論の醸し出す知的豊穣さは都市を理解する上で必要であり,地方自治論の持つ,制度的枠組みや行政管理的要素の重要性は現代都市政治の理解に欠かせない。しかし,こうした要素の強調が,近年の現代政治分析と齟齬を来しており,後者の理論や方法論的革新の成果を都市政治分析が十分吸収できず,その展開に一定の壁を作っていたように思われる。
 その一方で,現実政治においては都市政治の重要性が顕在化してきていた。象徴的な事例が大阪を舞台とした橋下徹率いる大阪維新の会の活躍と大阪都構想の展開である。橋下の言動は逐一メディアに取り上げられ,全国的な話題を呼んだ。大衆扇動政治(ポピュリズム)との指摘は常につきまとい,扇動される大阪市民の政治的リテラシーが問題にされることもしばしばであった。彼らの行動は大都市制度,言い換えれば地方自治制度を変え,地域政党に過ぎなかった大阪維新の会の国政への進出にまでつながりもした。
 彼らの行動に,ジャーナリズムを通じて多くの政治学者が巻き込まれたことも大きな特徴であろう。橋下の言動に違和感を持ち行動した研究者は少なくなく,橋下政治のドラマに引き込まれていた感もあった。他方で,橋下が引き起こしたドラマティックな大阪の都市政治は,政治学者の関心を引き,実証的な分析がおこなわれるようになっている。2016年の選挙学会において分科会「大阪都構想とは何だったのか」が設置されたのはその証左である。ただしその動きはまだ少なく,圧倒的な関心はジャーナリスティックなそれであったといえるであろう。  アカデミックな都市論・地方自治論とジャーナリスティックな橋下政治論は対称的である。印象論になるが,前者のうち,都市論を本当に理解するためには人文的教養を必要としており,エレガントで高尚である。地方自治論にそれほどのエレガントさはないが,ある程度の法律学的素養と行政実務に通じている必要がある点で,単純明快というよりは複雑かつ含蓄が求められるように思われる。他方で後者は,現実政治的には重要であるかもしれないが,議論としてはやや粗暴さが目立つ。橋下に賛同する者も批判する者も善悪二元論に陥り,ある意味で単純明快ではあるが,反知性主義的な趣すら感じられる。
 今回の特集は,これらの動向に対する強い違和感と絶好の機会の到来感からなされている。ポイントは二つである。一つは,都市政治の分析に現代政治分析の理論とアプローチを導入する意義である。新制度論の台頭を契機とした,現代政治分析における理論の革新と,歴史的叙述および比較的単純な計量分析を抜け出して多様な分析手法の開発が進んだことが,都市政治をより深く分析することを可能にしている。都市政治といっても,現代政治分析が対象としてきた,有権者,政党,議員などのアクターと政治過程や政策過程を分析することに変わりはない。一般化を志向する現代政治分析の理論と方法論は,都市論や地方自治論に比べて無骨であり文化的な洗練さに欠けるかもしれないが,人間は複雑な者を複雑なまま理解することに長けておらず,全体論的な理解よりも多くの理解を促進することはこれまで経験してきたことである。何よりも,政治現象は経済的・文化的要素から説明されるより,まず政治的要素によって説明されるべきである。もう一つは,大阪の事例が持つ研究意義の大きさである。橋下個人やポピュリズムに大阪の都市政治を還元する限り,そこに現代政治分析をおこなう意義は見いだしにくいかもしれない。しかし都市政治を構成する個々の要素に着目すれば,この間の大阪の都市政治は政治学的面白さに満ちている。都構想をめぐる中央−地方関係,地域政党,住民投票,公企業の民営化,改革主義,議会政治の激変など,都市政治の分析が現代政治分析の理論に貢献する可能性が大きいのである。「大阪」を論じるのではなく,大阪を事例として都市政治を議論することの意味がここにあると言える。本特集所収の論文はいずれもその試みである。
 北村論文は,大阪都構想をめぐる政治過程を題材に,いわゆる橋下政治を中央地方関係と執政−議会関係という地方政府をめぐる基本的な制度配置から説明する。これら二つの制度は,都市政治のリーダーシップを制約していると考えられるが,政党政治を関与させると両制度の影響はより複雑になる。リーダーシップがよって立つ政党の存在が,リーダーの主張を国および地方議会に飲ませることにつながるのである。これを北村は分析的叙述を用いながら証明する
 秋吉論文は,市営地下鉄と水道事業の民営化の政治過程を題材に,橋下市政の失敗について論ずる。橋下市政は財政危機に直面した大阪市を再建させるためにドラスティックな財政見直しや効率化をおこなう改革主義者の側面がある。地方公営企業改革その一環として理解できるが,橋下は最重要課題の一つに掲げたにもかかわらず民営化に失敗した。秋吉はその理由を橋下自身のフレーミングの失敗に求める。本質的な問題とは異なる方向でのフレーミングがかえって改革案への反発を招いたプロセスを,言説分析を用いながら証明する。
 善教論文の焦点は有権者である。2015年に実施された大阪都構想を問う住民投票において,都構想が否決された理由を,善教は大阪市民の批判的志向性に見いだす。有権者の政治行動を,意識調査を通じて分析し,大阪市民は扇動される存在ではなく自律的に判断可能な市民であることを示す。しかし同時に今回の事例を通じてこれまで独立変数として政治行動論で重視されていなかった批判的志向性の重要性を示し,大阪に限定されない一般的メッセージを主張する。
 飯田論文は議員行動にフォーカスを当てる。2010年に結成された大阪維新の会に所属する議員の大半は,もともと自民党議員であった。彼らがなぜ自民党を離党し,維新の会に移動したのか。飯田は再選,昇進,よき公共政策の実現という議員の基本的な選好のうち,とりわけ再選とよき公共政策実現に基づいて説明する。すなわち,選挙に弱い議員,選挙区の財政力が弱く都構想が財政強化に役立つと考える議員が,大阪維新の会に移動するのである。この分析を通じて,飯田は中選挙区制下における議員の離党行動に議論を敷衍し,一般化を図る。
 中井論文の焦点は新党台頭現象としての大阪維新の会である。地域政党の出現,台頭はこれまでも日本で見られた現象ではあるが,大半は長続きせず衰退している。大阪維新の会はおそらく地域政党としてもっとも成功した事例である。その台頭は橋下の登場と密接に関連して理解するのが常識であったが,中井はそのような大阪固有の文脈を離れても十分に理解可能であると主張する。すなわち,東欧で見られたような反エスタブリッシュメント改革志向政党台頭の条件に大阪が置かれていたわけであり,相当程度抽象化が可能で政党システム論的に説明することが可能なのである。
 本論ではないが,本特集を通じて理解されるのは,大衆扇動政治のレッテルを貼ることで我々がいかに思考停止に陥っていたかである。現代政治分析には都市論ほどの香り高さは不要かもしれないが,過度の単純化を防ぎ政治への深いまなざしを与えることは出来るのである。
 都市政治については,近年現代政治分析が活性化する兆しがある。加茂・徳久編や砂原はそれにあたる。今回の特集は大阪一つにとどまるが,都市は一国内でも多く存在するため,むしろラージN研究に適している。曽我論文はその方向性を示しており,本特集とは別の形で都市政治から現代政治分析に貢献する可能性を見いだすことができる。リノベーションを期待したい。
【参考文献】
1 主なものに,『都市の政治学』(自治体研究社, 1988年)
『世界都市−「都市再生」の時代の中で』(有斐閣, 2005年)
2 三宅一郎・村松岐夫編『京都市政治の動態』(有斐閣,1981年)
3 加茂利男・徳久恭子編『縮小都市の政治学』(岩波書店,2016年)
4 砂原庸介『大阪−大都市は国家を越えるか』(中公新書,2012年)
5 曽我謙悟「縮小都市をめぐる政治と行政―政治制度論による理論的検討」(加茂・徳久編『縮小都市の政治学』)所収








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目 次
<特集論文>
大阪都構想をめぐる政治過程: 北村 亘
 「有効な脅し」による都構想の推進 
橋下改革における民営化の失敗: 秋吉貴雄
 ポピュリズム的政治戦略の限界
都構想はなぜ否決されたのか 善教将大
自民党大阪市会議員の大阪維新の会への鞍替えの分析: 飯田 健
 中選挙区制下の再選欲求と潜在的政策選好  
安定政党システム下での腐敗認識と新党台頭: 中井 遼
 一例としての大阪維新の会  
<独立論文>
内戦における暴力行使の帰結: 伊藤 岳
 空間計量経済/統計モデルによるアプローチ
<書評論文>
前田幸男・堤英敬編『統治の条件: 千倉書房,2015年 梅田道生
  民主党に見る政権運営と党内統治』
坂井豊貴著『多数決を疑う:社会的選択理論とは何か』岩波新書、2015年
砂原庸介著『民主主義の条件』東洋経済新報社、2015年
平野浩著『有権者の選択:
 日本における政党政治と代表制民主主義の行方』木鐸社、2015年
遠藤晶久
 
天川晃『占領下の日本 国際環境と国内体制』現代史料出版、2014年
天川晃『占領下の議会と官僚』現代史料出版、2014年
天川晃『占領下の神奈川県政』現代史料出版、2012年
下村太一
 
<書 評>
米山忠寛著『昭和立憲制の再建:
1932〜1945年』千倉書房、2015年
評者=今井真士
中井 遼著『デモクラシーと民族問題:中東欧・バルト諸国の比較政治分析』勁草書房、2015年
評者=遠藤 貢
 
奈良岡聰智著『対華二十一ヵ条要求とは何だったのか
 第一次世界大戦と日中対立の原点』 名古屋大学出版会 2015年
奈良岡聰智著『「八月の砲声」を聞いた日本人
 第一次世界大戦と植村尚清「ドイツ幽閉記」』 千倉書房 2013年
評者=多湖 淳
梅川 健著『大統領が変えるアメリカの三権分立制:
署名時声明をめぐる議会と の攻防』東京大学出版会,2015年
評者=辻 陽
油本真理『現代ロシアの政治変容と地方:
「与党の不在」から圧倒的一党優位へ』(東京大学出版会、2015年
評者=東島雅昌


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」59号

 世界を排外主義が席捲しつつある。トランプ旋風はとどまるところを知らない。イスラム教徒の入国禁止は共和党の綱領には盛り込まれなかったが、メキシコ国境の壁建設は約束された。当選した暁にはイスラム排除も実現しようとするであろう。大西洋対岸では、英国がEUからの離脱を決めた。原因は、移民・難民の流入と、それをEU側で一方的に決めていることに対する不満にあるらしい。このように似た現象が大西洋両岸で起きていることを政治学的にはどう理解したらよいのであろうか。国際政治学では2000年代に規範の国際的伝播が盛んに研究されたが、もっぱら米国の自由主義的規範が世界に伝播するという内容であった。2010年代の世界ではもっと恐ろしい規範の伝播(あるいは共振)が進んでいるようだ。(飯田敬輔)

 


 今回の参議院選挙では,投票者総数に対する期日前投票者数の割合が27.5%まで増加した。4人に1人は投票日でない日に投票したことになる。他方,今回の選挙では,期日前投票者は増えているのに投票率が伸び悩んでいるとの報道が多かった。私たちの間には,期日前投票は投票率向上に資するとの神話があるように思われる。報道関係者のみならず,選挙管理の実務にあたる人も大変な労力を割いて期日前投票を管理するのは投票率を上げるためであると考えているし,そのための選挙管理費用も馬鹿にならない。しかし,期日前投票制度が投票率向上をもたらしているという実証的な証拠はない。海外の研究では事前投票制度が投票率を向上させるわけではないという報告の方が多い。むしろ,十分な選挙情報に接さないまま投票することで選挙の質を下げている可能性がある。様々な投票環境改善措置にもかかわらず投票率が下がり続けているのには別の理由がある。そちらに目を向けるべきであろう。(大西 裕)

 


 今進めている共同研究プロジェクトの一環として,全都道府県に情報公開請求を行った。請求が認められると,文書のコピー代と送料を納付する必要があるのだが,この費用の支払いを現金書留で求めるところ,振込用紙で求めるところ,コピー代は振込,送料は切手の送付を求めるところ,等々,各都道府県でまったく仕組みが違う。ただでさえ細かい作業は大の苦手なのだが,4月の慌しい新学期の時期に重なったこともあり,大混乱に陥った。いくつかの県には二重に費用を支払ってしまう始末で,関係の方々に多大なご迷惑をおかけしてしまった。そんな中,大変助かったのは鳥取県であり,請求した文書を無料でpdf形式で送ってくれた。ほかの都道府県もこうならないものだろうか。(鹿毛利枝子)

 


 上院改革を検討するイタリア議会を調査した。議場の状態を鏡のように会議録に残そうとする姿勢には驚いた。例えば,本会議で勝手に言い合いする議員の発言も可能な限り記録しようとする。会議録作成は言語環境にも大きく左右される。56号の座談会に参加頂いた松田謙次郎先生は,「場合」に「ばあい」「ばやい」の異なる読みがあることから,その歴史的変遷を分析している(http://doi.org/10.15084/00000841)。我々の国会審議映像検索システム(http://gclip1.grips.ac.jp/video/)も会議録を「場合」で検索し,実際の音声を確認するという分析に活用されている。映像検索の思ってもいなかった使い方であるとともに,国会の会議録作成ではこうした言語処理も必要であることに改めて気づかされた。(増山幹高)




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◆58号 特集 主要国の国際秩序観と現代外交
〔特集の狙い〕主要国の国際秩序観と現代外交
(文責 飯田敬輔)
 アイデアは外交に影響を及ぼし得る。しかも,それは,権力や利害などの「基礎的」要因とは独立的に作用するか,あるいはそれだけでは説明しきれない部分も説明できる,という意味での「アイデア仮説」が唱えられるようになってから久しい。これは比較政治学ではたとえばHall (1986, 1989)などにより,そして,国際政治経済学ではGoldstein (1993) などにより先駆的研究が行われ,その後,日本にもそれが輸入されるようになり,大矢根 (2002)の業績などが生まれた。

 しかし,これらの文献は,どちらかというと近視眼的な研究が多かったように思われる。もちろん,Goldsteinの研究などは,「保護主義」のアイデアが,かなり長期にわたって米国の貿易政策を規定していたというのであるから,とりたてて近視眼的とはいえないかもしれないが,それでも貿易政策というかなり専門的かつ外交ではローポリティックスと呼ばれる部分についての主張である。  それに対して,国際秩序一般,あるいは国際政治全般にわたるような考え方がそれぞれの国の外交政策,そして,延いては国際秩序そのものに影響を与えるというきわめて「巨視的」観点については,これまであまり研究がなされてこなかったように思う。  かたや現実の国際政治を眺めてみれば,国際秩序が大きく揺らいでいるばかりか,主要国間で,あるべき国際秩序について,かなり考え方が異なっていることもその一因であることは自明であるように思われる。しかし,いかに自明であっても,それを実証的に示すことは簡単ではない。したがって,本特集の狙いは,そのような困難な課題についてブレークスルーの糸口をみつけるということにあるといえよう。  もちろん,網羅的にこの問題を研究しようとすれば,古今東西ありとあらゆる国際秩序観を概観し,それをデータ化し,各国の諸条件と国際秩序観及び,当該国の外交政策方針について,因果関係を特定する作業を行う必要があるのであるが,それは一朝一夕にはできそうもない。したがって,今回は英米日中の四カ国について,それぞれの国際秩序観について検討するだけにとどめておく。

 飯田論文は,本特集の趣旨を詳述するとともに,分析のための枠組みを提示している。まず国際秩序とは国際社会のあるべき姿に関する規範的および経験的アイデアの総体として定義した後,それには欧米の水平的社会思考とアジアの垂直的社会思考の2つがあることを指摘する。特に前者の例として,勢力均衡論と民主的平和論を,後者の例として華夷思想および日本の文明論を取り上げている。最後に,アイデアが外交におよぼす因果経路として,最初は便宜的に政策の正当化手段として用いられたアイデアが,その後制度化されるか,固定観念化して独自の影響をおよぼす可能性を示唆する。

 森論文は米国のリベラル国際主義を,保守的国際主義と進歩的国際主義とに区別し,通常米国独自の思想と見られるウィルソン主義は進歩的国際主義であるとする。保守的国際主義は米国流の価値観を共有する国とのみ平和が保てるとするが,進歩的国際主義はすべての国について,秩序形成の可能性を見出しうるとしている点が大きな違いである。しかし冷戦期にはこの区別は目立たなかったが,冷戦終結後には,再びこの違いが再浮上しつつあることを指摘している。

 苅部論文は日本のいわゆる「国連中心主義」の思想的背景について検討している。1957年の「外交青書」で高らかに謳いあげられた「国連中心主義」はわが国の戦後国際秩序論の柱といってもよいが,その内実は自明ではない。苅部論文は敗戦直後の日本では,きわめて楽観的な国連観が支配的であり,外交青書がそれをなぞったのも無理からぬところであったとしている一方,外務省内部では,国際政治の現実といかに折り合いをつけるかについて,「密教」的国連中心主義もあったことを明らかにしている。

 平野論文は,中国外交にまつわる諸思想を概観している。一見すると,近年,中国が対外的に発信している思想は平和を想起させるものである。特に「平和的台頭」や「新思考」などはそうである。しかし筆者によれば,いずれも矛盾を含むものである。特に新思考外交は,日本との平和共存をも可能とする思想であるが,しかしその背後には,米国敵視の考え方が見え隠れするため,平和のためのアイデアとしては限界があることを指摘している。

 細谷論文は,英国の国際秩序には「合理主義」,「勢力均衡」,「国際組織化」の3つがあり,それらはお互いに深く結びついていることを明らかにしている。「合理主義」はグロチウス主義ともいわれるもので,「国際社会」と国際法の重要性を前面に押し出す。「勢力均衡」は18世紀から20世紀初頭まで英国の外交政策を規定した思想であるが,これは,ウィルソン主義の影響を受けて連帯主義へと昇華され,これが戦後の英国外交の基礎となったとしている。

 このように一口に「国際秩序」といっても,それに対する考え方は多様であり,統一した思想は存在しえない。しかしそれが実際の外交に影響を及ぼすとすれば,単に「机上の空論」として片付けるわけにもいかない。我々の当面の課題は,多様な思想を精確に記述しそれらの間にいかに折り合いを見出すかであろう。

【参考文献】
Goldstein, Judith. 1993. Ideas, Interests and American Trade Policy. Ithaca, NY: Cornell University Press
Hall, Peter A. 1986. Governing the Economy: The Politics of State Intervention in Britain and France. Oxford: Oxford University Press.
Hall, Peter A. ed. 1989. The Political Power of Economic Ideas: Keynesianism across Nations. Princeton, NJ: Princeton University Press.
大矢根聡。2002。『日米韓半導体摩擦―通商交渉の政治経済学』有信堂高文社。






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目 次
<特集論文>
主要国の国際秩序観と外交: 飯田敬輔
 比較のための手がかりとして
リベラル国際主義への挑戦: 森 聡
アメリカの二つの国際秩序観の起源と融合
「国連中心主義」の起源 苅部 直
中国の「平和的台頭」は国際協調的だったか 平野 聡
イギリスの国際秩序観と外交: 細谷雄一
合理主義・勢力均衡・国際組織化
<独立論文>
紛争地帯での国内政治と国際政治の連: 浜中新吾・岡豊・溝渕正季
自然実験によるレバノン市民の態度変容へのアプローチ
<学会動向論文>
民主主義の定着過程の観察方法 松本朋子
<書 評>
柑本英雄著『EUのマクロリージョン:欧州空間計画と北海・バルト海地域協力』勁草書房,2014年 網谷龍介
佐藤健太郎著『「平等」理念と政治 ? 大正・昭和戦前期の税制改革と地域主義』 吉田書店、2014年 佐々田博教
辻 陽著『戦後日本地方政治史論:二元代表制の立体的分析』木鐸社,2015年 佐藤健太郎
出雲明子著『公務員制度改革と政治主導―戦後日本の政治任用制』(東海大学出版部,2014年) 清水唯一朗
中北浩爾著『自民党政治の変容』NHKブックス、2015年 菅原 琢
稲吉晃著『海港の政治史』名古屋大学出版会,2014年 箕輪允智
<同時書評へのレスポンス>
古酒の嗜み方
久米郁男


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」58号

 小心者の筆者にとって本企画はかなりの冒険であった。本誌のモットーは実証政治学であるが,今回は主に政治思想史や外交史の専門の方々に執筆をお願いしており,これら分野は第一世代の編集者が反旗をひるがえした対象であると考えられがちだからである。しかし,実証の対極にあるのはプロパガンダであって,特定の分野ではない。それどころか,冒頭の拙稿の趣旨にご賛同いただけるのであれば,これら分野は実証政治学の重要な一部となりうることは明らかである。そもそも実証政治学の目指すところは,学問の垣根を超えた総合知であるはずであり,分野間の境界とは,人間の能力の限界という必然と大学の人事制度という偶然の不幸な融合の産物であると思うのは筆者だけであろうか。(飯田敬輔)

 


 選挙権年齢が18歳に引き下げられる。高校生も投票するようになるということで,主権者教育が改めて話題になっている。彼らが適切に判断出来るかということと,低投票率への懸念からである。同時に語られるが,実は性格が異なる。前者は投票の質の問題で,後者は量の問題である。質も量も改善されるに越したことはないが,両者は並び立つのか。大阪都構想をめぐる住民投票では大量の期日前投票者が生まれたが,仮に彼らが投票日に投票したとして,同じ判断をしたであろうか。選挙期間中にあふれ出た政策情報を考えると,疑問が残り,質と量の間にトレードオフが発生した可能性がある。低投票率と投票の質の問題は先進国共通の課題である。両者の改善が叫ばれはするものの,その関係は一歩引いて考える必要がある。(大西 裕)

 


 所属大学の大学院生が,1990年代の市区町村レベルのデータを収集しているが,意外に苦戦している。本人から自治体の担当者に問い合わせると,一定の年数が経過すると,どんどん廃棄しているという回答が多いようである。本当に廃棄しているのかどうかは定かでないが,リソースの問題はあるにせよ,曲がりなりにも公の情報であり,また学術的に貴重な情報でもある。もう少し容易に入手できるようにならないものかと思う。(鹿毛利枝子)

 


 カナダ議会は審議映像のライブストリーミングに字幕を付けている。英語は速記タイプ,仏語は音声認識を活用している。手話を映像に重ねることから始めて,字幕付与に移行した際,仏語は正確でないとしても音声認識に拠るとしたそうである。おそらく英仏公用語という言語環境において,議会でも両言語が飛び交うため,同時通訳を常に提供していることもあり,字幕付与のハードルが低く,英仏併記の会議録を12時間で作成し,会議や議員情報をタグ付けしたデータとして24時間でインターネット公開するという運用も可能なのであろう。こうした言語環境における議事手続きや議会運営の帰結として,会議録の訂正や削除は実質的に難しくなり,ひいては議長や事務局の権威・中立が維持されるのかもしれない。(増山幹高)




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◆57号 特集 日本における「左右対立」の現在 10月13日刊行
〔特集の狙い〕日本における「左右対立」の現在
(文責 鹿毛利枝子)
 本特集の谷口論文が述べるように,近年,「日本は右傾化しているのか」と海外の研究者から聞かれたことのある日本の研究者は多いのではないだろうか。このテーマに関する海外からの関心の高さに比べて,実証的な研究は立ち遅れてきた。しかし,「右傾化」しているか否かを聞かれるということは,「右傾化」しているように見えるということでもあり,これは海外にとってのみならず,日本国内においても関心事であるべきである。果たして日本政治は「右傾化」しているのか。「日本政治」が「右傾化」しているとすれば,誰が(政治家,世論,メディア),何故,どの程度,右傾化しているのか。
 いわゆる「55年体制」の下では,日本における左右イデオロギー対立は,少なくとも二つの特徴をもつものとされてきた。まず,@政党間については,自民党と社会党を中心に,外交・防衛・憲法をめぐる対立軸が存在した。さらに,A自民党内においても,外交・防衛・憲法をめぐる対立が存在するとともに,経済イシュー(大きな政府・小さな政府,自由化・規制緩和など)をめぐるクリーヴィッジも存在した(大嶽1994,1996)。西ヨーロッパ諸国では政党間においてみられる経済イシューをめぐる対立が,日本でも存在しないわけではなく,エリート・レヴェルにおいて,かつ自民党という政権党内において展開されてきたのである。

 この構図は2000年代以降,どのように変容してきたのだろうか。まず,政党レベルにおける変化について,「東大・朝日調査」の充実したデータを用いて検証するのが谷口論文である。本調査の大きな利点は,同じ質問項目を繰り返し聞いていることであり,本論文は,争点態度に関する質問項目(集団的自衛権行使の容認・防衛力強化など)について項目反応理論を用いつつ,2003年から2014年にかけての国会議員の政策位置の変化を分析する。その結果,自民党候補者の政策位置はたしかに右にシフトしており,他方民主党候補者の立場は,とりわけ2012年以降,やや左にシフトしていることを示す。
 「東大・朝日調査」はまた,有権者調査も行っているので,同じ時期において,同じイシュー領域について有権者の意識の変化も辿ることが可能である。谷口論文は,2003年から2014年の同じ時期において,自民党支持者の外交・防衛分野の同じ政策イシューをめぐる立場は殆ど変わっていないことを示す。つまり,自民党支持者の立場はさほど変わっていないにもかかわらず,自民党候補者の立場は顕著に右にシフトしているのである。他方,民主党支持層は2009年以降,左傾化の傾向がみられる。

 竹中・遠藤・ジョウ論文は,やはり「東大・朝日調査」を用いつつ,世論のレヴェルでは「右傾化」の根拠は見出せないこと,他方イデオロギーが安倍首相や安倍政権の施策に対する評価に影響を与えているものの,投票先の選択には大きな影響を与えていない点を示す。その上で,これらの現象が,都市と地方において顕著な差がみられないという主張を,詳細な分析から検証する。世論のレヴェルでは右傾化の傾向はみられないという指摘は,谷口論文とも重なるものである
。  安倍政権に関する評価が,主として経済政策面の評価と繋がっており,安全保障分野の評価との連関は薄いという指摘は,メディアなどではしばしばなされてきたものの,システマティックに検証された点は重要である。「55年体制」下においては,左右イデオロギーと投票政党の間に一定の相関があることが示されてきた(三宅 1989;蒲島・竹中1996など)が,竹中・遠藤・ジョウ論文によれば,2012年衆院選・2013年参院選では,イデオロギーと投票政党の間の繋がりは検証されないという。

 谷口論文の指摘するように,いわゆる「イデオロギー的」イシュー領域(外交・防衛・憲法など)をめぐる政党間の政策距離が拡大しているにもかかわらず,竹中・遠藤・ジョウ論文の述べるように,有権者は経済イシューを重視して投票しているとすれば,大半の有権者は,いわゆる「イデオロギー的」領域における政党間の政策距離の拡大を(意図的にかどうかは別として)無視しながら投票していることになる。投票先の選択において経済イシューの重要性が高まっているとすれば,竹中・遠藤・ジョウ論文のいう「脱イデオロギー化」というのは,有権者の「物質主義化」でもあるのかもしれない。そうだとすれば,この「物質主義化」はなぜ起きているのか。「物質主義的」有権者と「イデオロギー的」有権者を隔てるものはなにか。そもそも有権者は外交・防衛分野における政党間の政策距離の拡大をどこまで認識しているのか。今後の分析が待たれる。
 谷口論文が指摘するように,政党間の政策距離がこの10年間で拡大しているとすれば,政治参加にはどのような影響が生まれるのか。この点に関連する考察を行ったのが境家論文である。ダウンズ的なロジックからは,主要政党間の政策距離が拡大すれば,投票率はむしろ上昇することが予想される。実際,境家論文は,他の条件が同じならば,有権者が主要政党間の政策距離を大きく認識すればするほど,投票率は上昇する傾向があることを示す。(谷口論文が指摘するように)政党間の政策距離が実際にも拡大しているとすれば,投票率も上昇する傾向が見られるはずである。しかし,この点には留保が必要である。というのも,既に述べたように,実際に政党間距離が拡大していることと,それが有権者に正確に認識されるかどうかは別問題だからである。両者を繋ぐ要因としては,メディアへの接触頻度,教育水準等,様々な要因が考えられるので,今後の研究が楽しみである(最近の例はMiwa,2015等)。
 マッケルウェイン論文は,竹中・遠藤・ジョウ論文が浮き彫りにした「物質主義的」有権者の内容をさらに詳細に掘り下げるものでもある。外交・防衛イシューをめぐる左右対立を取り上げた前三論文とは異なり,マッケルウェイン論文は,経済イシューにおける左右対立の影響を検討する。具体的には,筆者は,内閣支持率が,将来の個人的な暮らし向きに関する見通しの影響を強く受けると論じる。しかしその影響は線形ではなく,将来の個人的な暮らし向きに関する見通しが悪化すると考える人が増えれば内閣支持率は下がるが,見通しが改善しても支持率は上がらないことを,詳細な時系列分析を通して実証する。また興味深いことに,暮らし向きについての悲観論は失業率や物価上昇率というような,いわゆる「格差」に関わる指標ではなく,むしろ株価に強く規定されるとする。筆者も指摘するように,失業率のような生活に直結する指標よりも,株価の方が内閣支持率に大きな影響を与えるという指摘は民間エコノミストや政策関係者の間ではなされてきたがシステマティックな分析は少ない。さらなる分析が待たれる。

 本特集の論文は,今後の研究に向けて,多くの研究課題を提起する。そのいくつかは既に指摘した通りである。また谷口論文の指摘するように,自民党候補者の「右傾化」が進んでいるとすれば,それはなぜか。エステベス-アベ他 (2008)やCatalinac (forthcoming)は,外交・防衛イシューが重視されるようになった要因として,選挙制度改革の影響を指摘するが,利益団体の活動の影響等,まだまだ未解明の部分も多い。加えて,本特集では,政治家と世論についての考察は含めることはできたが,メディアについての分析は残念ながら入れることができなかった。今後の研究が大いに期待される。
参考文献
省略(本誌をご覧ください。



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目 次
<特集論文>
日本における左右対立(2003〜14年): 谷口将紀
 政治家・有権者調査を基に
有権者の脱イデオロギーと安倍政治 竹中佳彦・遠藤晶久・W・ジョウ
 
戦後日本における政党間イデオロギー配置と投票参加行動 境家史郎
株価か格差か: K・M・マッケルウェイン(豊福実紀訳)
 内閣支持率の客観的・主観的経済要因
<研究ノート>
世論調査の回答率と投票率の推定誤差 松林哲也
<書評論文>
村井良太『政党内閣制の展開と崩壊 1927〜36年』有斐閣,2014年
井上敬介『立憲民政党と政党改良 戦前二大政党制の崩壊』北海道大学出版会,2013年
中田瑞穂
<書評論文>
薬師寺克行『現代日本政治史――政治改革と政権交代』有斐閣,2014年
後藤謙次『平成政治史』(全第3巻)岩波書店,2014年
星浩『官房長官――側近の政治学』朝日新聞出版社,2014年
濱本真輔
<書 評>
中山裕美著『難民問題のグローバル・ガバナンス』東信堂,2014年 足立研幾
前田健太郎『市民を雇わない国家―日本が公務員の少ない国へと至った道―』東京大学出版会,2014年
千田 航
粕谷祐子著『比較政治学』ミネルヴァ書房,014年 矢内勇生
<同時書評へのレスポンス>
古酒の嗜み方
久米郁男


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」57号

 案の定,安保国会は波乱含みの展開となった。「国民の理解が進まない」中,強行採決が行われた。理解が進まないとはいえ,多少なりとも人口に膾炙するようになったのは「存立危機事態」という新概念である。きわめて漠然とした概念であることは確かであるが,政権が示したような具体例が現実のものとなる確率はどの程度であろうか。もっともありうるのはホルムズ海峡封鎖の例であるが,それもここへきてかなり遠のいたといわざるを得ない。国の存立を脅かす可能性がもっと高いのは,短期的には財政破綻,中期的には地方消滅,長期的には気候変動による東京水没であろう。安全保障上の存立危機よりも確実にひたひたと迫り来る脅威である。目に見えぬ敵を相手に闘うよりも,目に見える危機に対して真っ向勝負してくれる政権はいつになったら現れるのであろうか。(飯田敬輔)

 


 私が所属する大学院では,入りたての学生向けに「政治学リサーチデザイン」の授業をおこなっている。今年は久しぶりに担当した。爽快だった。これほどまでに目に見えて成果が出る,言い換えれば学生の成長が感じられるのはなかなかない。最初に『原因を推論する』(久米郁男著,有斐閣)を読み,次に大量に論文を読んで,リサーチデザイン的に何がいいのかを検討させる。受講生は教科書の内容を駆使して,もう一人前に批評できている。なお,これとは別に,彼らには計量やゲーム理論の授業も用意されている。きちんとお作法を勉強することが如何に効果的か。当たり前のことではあるが,コースワークをこなすことが,初学者が研究を進めていく上での近道であることは間違いない。師の背中を見て学ぶ時代は終わったのである。(大西 裕)

 


 研究調査のため,この一ヶ月で二度台北を往復した。何人かの立法委員(国会議員)にインタビューを行う機会を得たが,政治家といってもさまざまなタイプがいて面白い。知識人風のスマートなタイプもいれば,タバコをぷかぷかふかす,いかにも「政治家」風の政治家もいて,後者のタイプの方は,私との話を終えると,「選挙区に戻らないといけないので」と,ベンツに乗り込んで風のように去っていった。聞けば,前者は比例区,後者は小選挙区の選出だという。総じて小選挙区選出の議員は選挙区対策に熱心で,政策に熱心なのは(落選の心配の少ない)比例区議員であると聞いた。日本では重複立候補の仕組みがあるため,小選挙区と比例区選出の議員にさほど違いが生じていないような印象も受けるが,どうだろうか。(鹿毛利枝子)

 


 第189回国会は常会としては最長95日間の延長が行われた。安保関連法案の審議状況から,衆議院の再議決を可能にする60日ルールを考慮したものであった。法案審議では,審議時間80時間が目安だとか,公聴会の日程が決まると採決の準備が整うとされる一方,野党は徹底審議と言いながら,なかなか対案も出さず,時間稼ぎに勤しみ,メディアは実質的な審議がされているのかといった表面的な批判に終始する。いつもの光景,いつもの印象論という感は否めない。思い入れ,思い込みから脱することなくしては,適切な診断も適切な処方箋も得ることはできない。立法という権力行為を理解する最低限の基礎的な解説を『立法と権力分立』で試みた。(増山幹高)




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◆56号 特集 「国会という情報学」4月14日刊行
〔特集の狙い〕国会という情報学
(文責 増山幹高)
 政治学者が議会や立法を考える場合,何らかの権力作用を念頭に置くのは不自然なことではない。国会についても,政治学者が興味を持つのは,例えば,国会において実質的な立法が行われるのか,国会における審議が立法に何か影響を及ぼすのかということである。往々にして,実質的な審議がない,議員立法が少ないと否定的な評価がなされ,それは言論の府という理念や英米議会との比較,行政府との相対的な関係において国会の通り相場となっている

 ただし,国会で何が顕在化するのかは制度的に条件づけられている。議会は弁論大会でもなければ,討論番組でもないし,誰彼構わず勝手に発言できるわけではない。言い換えると,誰がいつ発言できるのかといった権限を集積したものが議事進行や議会運営の規則・慣行の体系としての議会制度に他ならない。国会にも憲法に始まり,国会法や議院規則,多様な先例や手続きによる議会法体系があり,立法や審議において何が顕在化し,何を潜在化させるのかを規定している。つまり,国会における決議や質疑とは,真空状態のように何ら制約のないなかで集団論的な相互作用から帰結するのではなく,何らかの制度的な条件の下において立法に関わる権力作用として意図的に顕在化されるものである。

 国会で起きることが全て記録されるわけでもない。国会の会議録が重要な情報であることに疑いはないが,例えば,委員会審議で頻繁に用いられる参考資料のように,審議の要点を視覚的に示すものでありながら,議員が特に求めない限り,会議録には含められない。また,都議会のヤジ問題が国際的にも注目されたように,今でこそ議会中継があり,ニュース報道で映像が流れるため,そうしたヤジや議場の様子が一般に知れるところともなるが,不規則発言故に会議録に残るわけではない。そもそも発言中にカンマやピリオドとは言わないのであって,会議録とは,実際の発言そのものではなく,ケバ取りという何らかの整文を経た加工物である。

 スポーツでもビデオ判定が導入されてきているように,記録技術の進歩は競技自体にも影響し,規則にも変化を求める。議会も当初は会議録に残すことが唯一の記録手段であり,その方法は議事進行や議会運営をも規定してきた。例えば,会議を限りなく忠実に記録しようとする場合,言語体系にも拠るが,速記技術が発達することによって,むしろ速記を止めるということが認められたり,反対に,結果的に記録に残すことが重視されると,会議で発言もしていないことを事後的に議事に追加するという慣行を定着させたりする。国会の予算委員会でも,テレビ中継が入ると,質疑に立つ議員はカメラを意識して,大きなボードをわざわざカメラのほうに向けたりする。今日,記録技術として録音,録画は当然であり,動画のネット配信も普及してきている。公文書としての紙媒体の重要性に変わりはないとしても,記録技術の革新を考慮すると,文字情報に偏ったアプローチが議会において繰り広げられている多様な時空間を捨象していることは否めない。

 こうした問題意識から,衆参両院の事務局が配信する審議映像を活用する方策として,審議の内容をキーワードで検索し,映像をピンポイントで再生する「国会審議映像検索システム」の開発に取り組んでいる。これにより,審議映像の利用方法が革新的に改善され,視聴覚障碍者にも活用されるとともに,国会に限らず,動画全般の音声認識による検索が可能となることを期待している。

 今回の特集の狙いは,政治学者の狭い国会観から脱却し,国会を情報源とする多様な研究の可能性を追求することにある。まず座談会では,国会や地方議会における審議を政治学者でない研究者がどのように分析しているのか,政治学以外の分野において会議録や審議映像がどのような意味を持つのかを議論している。また「国会審議映像検索システム」を概説する論文とともに,国会の審議映像に着目した三論文を掲載している。具体的には,石橋・岡本論文は国会議員のホームページにおける審議映像の公開が議員の再選動機といかに関わっているのかを検証するものである。松浦論文は委員会の中断を審議映像から把握し,震災後の与野党関係における変化と関連づけることを試みており,木下論文は発言者の仕草を審議映像から把握し,非言語表現が受け手に及ぼす作用の実験的な分析に活用している。





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目 次
座談会 国会審議をめぐる学際的研究の可能性 司会 増山幹高
参加者 河原達也
参加者 松田謙次郎
参加者 木村泰知
参加者 高丸圭一
<特集論文>
いかに見たい国会審議映像に到達するか?: 増山幹高・竹田香織
 国会審議映像検索システムの概要
国会議員による国会審議映像の利用: 石橋章市朗・岡本哲和
 その規定要因についての分析
東日本大震災の発生と日本の国会政治: 松浦淳介
映像資料を用いた与野党関係の分析
国会審議の映像情報と文字情報の認知的差異: 木下 健
 政治コミュニケーション論による実証分析
<同時書評>
久米郁男著『原因を推論する 政治分析方法論のすゝめ』有斐閣(2013年) 福元健太郎・與那覇潤
<書 評>
日下 渉著『反市民の政治学』法政大学出版局,2013年 五野井郁夫
飯田敬輔著『経済覇権のゆくえ』中公新書,2013年
田所昌幸
澤田康幸・上田路子・松林哲也著『自殺のない社会へ
 ―経済学・政治学からのエビデンスに基づくアプローチ』有斐閣,2013年
辻 由希
大西裕著『先進国・韓国の憂鬱  ―少子高齢化,経済格差,グローバル化  』中公新書,2014年
中井 遼
荒井紀一郎著『参加のメカニズム
 ―民主主義に適応する市民の動態』木鐸社,2013年
中村悦大


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」56号

 私にはどうやらジンクスがあって,海外出張をする度,世界のどこかで大きな事件が起こる。必ずしも出張先で起こるわけではないのだが,今回はシンガポール出張中にフランスでテロ事件が起き,人質を取った立てこもり状態が,ずっとCNNやBBCで中継されていた。かたや日本の方が平和かというと,そういうわけでもない。国連では日本でヘイトスピーチが野放し状態であることが問題視され,地方議会などで法規制などを求める決議が相次いだ。これを機に実際にどのようなヘイトスピーチが行われているかも報道されているが,それを見るととても文明国とは思えないようなディスコースである。憎悪は憎悪を生み,ひいてはテロにもつながりかねない。何らかの対策が取られることを望みたい。(飯田敬輔)

 


 今年は日韓国交回復50周年であるが,その関係は国交回復後最悪だといわれる。首脳会談すらもたれない事態が続いて久しい。しかし,昨年秋に両国の地方自治体を対象に実施した日韓姉妹都市提携アンケート調査によると,両国関係には全く別の側面が見られる。国交関係悪化後,日中間の姉妹都市提携は新規にはほとんど結ばれなくなったが,日韓ではなお増加している。提携している自治体は,日韓双方とも,外交関係悪化が提携事業に悪影響を与えていないとの回答が大半である。むしろ提携事業が双方で友情をはぐくんでおり,自治体は提携事業の継続・拡大を考えている。振り返ってみれば,国家間関係と都市間関係のねじれは他の国でもある。ド・ゴール時代にNATO脱退をめぐって米仏関係が悪化したが,それを反転させる友好ムードを醸成したのがロチェスター市とレンヌ市の姉妹都市関係だったという。グローバル化とともに国家間関係も重層化・多様化している。複眼的に見ることが必要であろう。(大西 裕)

 


 先日,大学院でお世話になったシドニー・ヴァーバ氏に久しぶりに会った。高齢にもかかわらず元気で,こちらもかえってパワーをもらって帰った。氏は最近,ハーバードでの学事暦変更をとりまとめたと話しておられた。私の留学中,いわゆる「秋学期」は9月末から1月末までで,授業は12月までに終わったものの,期末試験やレポートの締切は大抵クリスマス明けの1月に設定されていた。このため,学生が休暇を楽しめないという意見が強かった(もっとも筆者にとって年末年始はあわててタームペーパーを書き,試験勉強を行う貴重な時期だったのだが)。独立性も自己主張も高いハーバードの各Facultyを説得し,年末には授業も試験も終わるよう,大改革をまとめ上げたという。人望厚いヴァーバ氏ならではの仕事であろう。筆者の所属校でも来年度から新学事暦が始まる。どうなることやら,である。(鹿毛利枝子)

 


 特集では国会の「情報」を学際的,多角的に研究する可能性を探った。以前にも触れたが,本誌との最初の関わりは翻訳であり,その号の特集はマス・メディアと政治であった。今なら佐藤栄作,記者会見とネットで検索すれば,「新聞記者は出て行け」といった会見の画像や映像がヒットする。しかし,そうしたイメージは,当時は同時代的に報道や新聞を通じて人々の記憶に残るだけであった。画像は文字情報やパターン認識で検索できるようになったが,動画はどうするんだということが気になっていた。国会は膨大な資金を費やして審議映像を配信しているが,あまり使われていない。せめて関心のある部分だけピンポイントで再生できないか。今回の特集は短期的には5年間の共同研究の成果であるが,後知恵的に遡ると長年の妄想の結果とも言える。(増山幹高)




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◆55号 特集 「政治経済学のルネサンス」(10月15日刊行)
〔特集の狙い〕政治経済学のルネサンス
(文責 大西 裕)
  1980年代から90年代初めにかけて,日本の政治学では「政治経済学」が大流行であった。日本では伝統的に日本人論がそれまでもよく論じられてきたが,この頃の議論のポイントは,史上まれに見る日本の経済成長である。チャーマーズ・ジョンソンは通産省研究を基礎に,「開発志向国家」という概念をうみだし,官僚主導という日本政治の特徴こそが日本を経済的成功に導いたと主張した。青木昌彦は日本政治の特徴を「仕切られた多元主義」と表現して経済的成長と結びつけた。他にも,村上泰亮の『反古典の政治経済学』,久米郁男『日本型労使関係の成功−戦後和解の政治経済学』など,枚挙にいとまがないほど日本の経済的成功に関する政治学的研究が続出したのである。こうした研究が,開発途上国の発展戦略にも影響を与えるほどであった。

 このトレンドは,1990年代冒頭のバブル経済崩壊とともに一挙にしぼむ。その後の日本経済の展開を見れば,成功の分析が頓挫するのはやむを得ないであろう。しかし,それが同時に,政治学のトレンドの変化にもつながり,政治経済学研究そのものの衰退につながったのは行き過ぎであったように考えられる。その後,日本の政治学は政党,選挙,議員行動など,政治学本来の領域で重要な業績をあげていくが,経済との関係を分析する研究は下火になってしまったのである。

 しかし,近年になって,政治と経済の関係を分析しようという研究関心は復活している。レヴァイアサンの書評欄でも取り上げられた,岡部恭宜,砂原庸介,Hieda,辻由希達の研究はその一群である。研究対象やアプローチもはるかに多彩になってきている。新川敏光や宮本太郎等によって本格的に導入されてはいた福祉国家研究は,福祉国家自体が大きく変貌していることもあり対象範囲を社会政策にまで拡大し,政治学における一大成長産業となっている。アプローチは,以前は少数の事例研究を中心とした歴史的制度論が大半であったが,それのみならず,方法論的には,実験,計量,数理,言説分析を取り入れ,理論的には合理的選択論から言説制度論まで多様性を増しているのである。

 本号では,日本において一時期衰退した感のあった政治経済学が,装いも新たに復活してきているその一端を示すことで,この分野への研究関心が本格的に喚起されることを期して特集を組んだ。

 以下,それぞれの論文の領域と方法論を簡単に紹介しよう。まず,直井・久米論文であるが,本論文は日本人が,とりわけ消費者がなぜ自身の利益には直感的に反する農業保護を支持するのかを,サーベイ実験を用いて明らかにする。本論文が扱うテーマは国際政治経済学における伝統的な通商政策に関するものではあるが,日本で未だに使用されているパットナム流の2レベルゲームによる集団政治ではなく,有権者の政治的性向から議論を組み立て,それを実験によって実証する点が大きく異なる。

 次に,岡部論文は,新興国における中央銀行の独立性が,いかなる条件の下でどの程度与えられるのかを,政権が感じる脅威の性格から論じる。中央銀行の独立性がマクロ政治経済に大きな影響を与えることは既に様々な研究で明らかになっているが,なぜ,どの程度独立性を与えるのかは,とりわけ新興国で解明が進んでいない問いである。これに対し,本論文はタイと韓国という事例を比較しながら,オーソドックスな歴史的制度論で説明する。本論文で重要なのは,中央銀行を司法制度など他の非選出機関との比較の中で理論的貢献を目指す点である。

 第3に,辻論文は,非正規労働の一形態である派遣労働法の政治過程を,言説制度論を用いて分析する。労働政治は政治経済学の重要分野の一つであるが,かつては男性稼得者モデルが前提とされていた。非正規労働者の割合の増加や労働の女性化はその前提を根本から再検討しなければならない。本論文は,労働政治における新しい対象に,ジェンダーの視点加えることのの重要性を強く印象づけるのに成功している。

 最後に,稗田論文は,先進国の経済社会構造の変化によって現われた「新しい社会的リスク」の一つである子育て支援の社会化の帰結の違いを,計量分析を用いて明らかにする。福祉国家研究は90年代初めまでの政治経済学ブームが去っても衰えることのなかった分野であるが,かつての研究と異なる点は手法の違いだけではなく,エスピン−アンデルセン以降社会保障政策分析枠組みの主流となっていた福祉レジーム論を相対化し,政党政治の重要性を正面に押し出しているところである。

 本号に収めた論文は,いずれも海外の政治経済学の研究動向を踏まえ,理論と方法論を吸収して展開されていて大変魅力的である。これらが同一のフォーラムで議論され,かつての「開発志向国家論」のようなさらに刺激的な議論に昇華することを期待したい。

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目 次
<特集論文>
人々はなぜ農業保護を支持するのか?: 直井 恵・久米郁男
サーベイ実験から見えてくるもの
現在の脅威と将来の脅威: 岡部恭宜
タイと韓国の中央銀行の独立性
派遣労働再規制の政治過程: 辻 由希
「一般労働者の代表」をめぐる政党間競争
左派・右派を超えて?: 稗田健志
先進工業21カ国における育児休業制度の計量分析
<独立論文>
集票インセンティヴ契約としての資源配分政治: 鷲田任邦
マレーシアの開発予算・閣僚ポスト配分
<書評論文>
 清水唯一朗著『近代日本の官僚―維新官僚から学歴エリートへ』中公新書,2013年
黒澤良著『内務省の政治史―集権国家の変容』藤原書店,2013年
 若月剛史著『戦前日本の政党内閣と官僚制』東京大学出版会,2014年
白鳥潤一郎
<書 評>
 青木栄一著『地方分権と教育行政
 ―少人数学級編制の政策過程』勁草書房,2013年
   
荒見玲子
善教将大著『日本における政治への信頼と不信』木鐸社, 2013年 遠藤晶久
 川名晋史著『基地の政治学  ―戦後米国の海外基地拡大政策の起源』白桃書房,2012年
大友貴史
 伏見岳人著『近代日本の予算政治1900-1914
 ―桂太郎の政治指導と政党内閣の確立過程』東京大学出版会,2013年
島田幸典
 遠藤 乾著『統合の終焉
 ―EUの実像と理論』岩波書店,2013年
ヒジノ・ケン
 上神佳貴著『政党政治と不均一な選挙制度』東京大学出版会,2013年
平野淳一
 西村もも子著『知的財産権の国際政治経済学
 ―国際制度の形成をめぐる日米欧の企業と政府』木鐸社,2013年
和田洋典
 正誤表
 135頁2行目(誤り)20%  (正)15%
お詫びして訂正致します

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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」55号

 去る7月1日に,集団的自衛権の行使容認に関する閣議決定がなされた。久しぶりに日本の安全保障に関する論戦に触れることができ,国際政治学を生業とする者にとっては興味深かった。結果的には落ち着くべきところに落ち着いたという気がするが,唯一不満が残るとすれば,これで本当に日本の安全保障を取り巻く状況が改善するか,判然としないことである。あくまで将来起こるかもしれない事態に備えるための環境整備であるのであるから,致し方ないことかもしれないが,賛成論者の人たちには,「これで日米同盟は盤石です」とはっきり言ってほしかった。しかし,わが国が空想上の事態に備えている間に,イスラエルでは激しい戦闘が起き,ウクライナでは民間航空機が撃墜され,無辜の命が失われた。架空の事態について呑気に議論できるのは贅沢というものではなかろうか。(飯田敬輔)

 


 昨年初めに,編著『選挙管理の政治学』を上梓したが,その直後から日本で選挙管理に関わる事件が続出している。とりわけ,6月末に発覚した高松市の選管職員の引き起こした,2013年の参議院選挙の開票作業にまつわる事件は衝撃的であった。票の入れ替えや得票数の操作など,民主主義の定着した日本ではあるはずがないと思われていた事実が次々に発覚した。既に一連の報道の中で知らされていることも多いので詳細には述べないが,異常に感じた点を一つ。それは,選管=選管職員として事件が報道されたことである。正しくは,選管とは選挙管理委員会であって,職員とは選挙管理委員会の指揮の下で働く事務局職員に過ぎない。なぜ選管委員にフォーカスがあたらないのか。さらに言えば,開票所には開票作業が公正に行われているかを監視する立会人がいるが,彼らは何をしていたのか。実はこの問題は,日本の選挙ガバナンスの不備とそれへの認識の低さが露見したと言うべきなのである。(大西 裕)

 


 6,7月の(編集後記執筆時の)この時期,海外の研究者が多く日本を訪れるので,毎年何人かは勤務先に招いて研究会を開催することにしている。学事暦のずれが逆に交流を可能にしている。アメリカの比較的大きなリサーチ大学と日本の多くの大学院の間で違うと感じるのはやはり絶対的な「刺激」の量である。自分の大学院時代には,絶えずあちこちで研究会が行われ,周りの研究に接する機会も多く,また自分の研究が(完膚なきまでに)叩かれるのも日常であった。あまりの刺激の多さに,院生時代の大半は消化不良に陥って過ごしたような気もするが,それが今の財産でもある。自分の大学院生にもそれだけの環境を提供したいと思いつつ,なかなか難しいものである。(鹿毛利枝子)

 


  都議会のヤジが問題となった。国会も多分に漏れず,伊吹議長は衆議院でのヤジが酷いので「なるほどと思える不規則発言を」と苦言を呈している。イギリスでは議場の華と肯定的である一方,アメリカではヤジは厳罰に処されると議員規律の高さが持ち上げられる。英米礼賛は,国会での審議が短い,議員立法が少ないといった類の議論にも通じるが,往々に品位や論争の欠如といった精神論や理想論に陥る。むしろ議会運営を見直すきっかけにしてはどうか。ドイツでは,本会議の定足数を緩く捉え,少数の議員だけで法案を審議する。会議をこなすだけの日程闘争が議員をすることもないのに会議に出させているのではないか。議員の品性を問うのもいいが,議員の人的資源を効果的に使う方法を考えてはどうか。(増山幹高)




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◆54号 特集「外交と世論」(4月15日刊行)


〔特集の狙い〕外交と世論
(文責 飯田敬輔)
 これまで日本の国際政治学・国際関係論では,外交と世論の関係について,あまり研究がなされてこなかった。これに対して,アメリカではこの両者の関係性についてさまざまな研究が行われている。このようなギャップはどうして生じるのであろうか。「外交では世論の考慮は無用」といったやや偏った先入観の影響もあろうが,それ以外にも以下のような技術的な問題があったように思われる。

 第一に日本の世論調査は主に政府および報道機関によって行われているが,こと外交となると,「〇〇国に親近感を覚えますか」のような漠然とした質問が多く,政治学者が聞いてみたい質問があまり聞かれていない。第二に自分自身で世論調査をするのでなければ個人レベルのデータが得難く,集計データによる分析には自ずと限界がある。第三に,同じ文面の質問が定期的に用いられることが少なく,時系列的分析も困難である,などの理由である。

 しかし技術の発展により,これらの問題も解決されつつある。例えばインターネットを使った世論調査の普及により,これまでよりずっと手頃な料金で世論調査を行うことができるようになった。インターネットの世論調査では,研究者によるテーラーメイドの質問を設けることができるだけでなく,さらに高度な実験的な手法を用いることもできる。つまり,回答者をいくつもののグループに分け,それぞれ異なる質問をすることにより,回答の差異から何らかの推論を行う方法である。本特集に収められた論文のうち2篇はこのインターネット世論調査の結果を利用している。また,栗崎氏らは新たなデータセットを用いることにより,技術的な問題を解決しようとしている。大村・大村論文は,既存のデータを使いつつも,高度な計量手法により,これまでにない知見にたどり着くことに成功している。

 以下,それぞれの論文の目的と成果を簡単に説明しよう。まず,飯田・境家論文であるが,本論文は多分本邦初あるいは世界的にも珍しい質問をすることにより,外交と世論の関係について新たな地平を切り開こうとしている。新規性の高いのは「外交に世論は反映されるべきか」という規範的な質問を用いている点である。またそれぞれの外交イシューについて外交と民意にどれほどの差があるかについても聞いている。まず規範であるが「外交に世論は反映されなくともよい」と考えている回答者が相当数いることがわかった。また政権の外交政策を評価するに際して,自分のイデオロギーのほか,上記のような規範意識も影響することが明らかになった。

 次に荒井・泉川論文であるが,本論文はコンジョイント分析という国際政治学ではこれまで使われることのなかった手法をインターネット世論調査に利用することにより日本人の武力行使に対する考え方を明らかにしようとしている。コンジョイント分析とは何らかの公共財の属性と価格の組み合わせを多数回答者に比べさせることにより,回答者がそれぞれの属性をどの程度大事に思っているかを測る手法である。荒井・泉川はこの手法を尖閣諸島有事のシミュレーションに対する回答の分析に応用し,日本人のなかには絶対に人命を失いたくないハト派から,どのような被害があっても領土を死守したいタカ派までが分布していることを明らかにしている。またその分類には,性別や年齢などその個人の属性に大いに関係していることも示した。

 第3の栗崎・Whang論文は技術的に最も高度である。これまで国際政治学あるいは国際関係論では「観衆費用」という概念により「民主的平和」などの現象が説明されてきたが,その観衆費用は直接観察できないために,本当にそのようなものが存在するのかどうか不明であった。筆者らは新たなデータセットと分析方法を駆使して,この観衆費用の推定に成功している。  大村・大村論文は,アメリカで見られる「旗下集結」(有事の際に政権の求心力が高まること)という現象が日本にも存在するか否かを,国際紛争データを使用することにより,検証している。使用されている統計手法はこれまで国際政治学ではあまり応用されることのなかったもので,これにより日本にもアメリカと同様に,有事の際には一時的に政権に対する支持が高まることを確認している。

 これら独創的な発想と高度な技術の組み合わせにより,「外交と世論」の研究にはかなりの発展の可能性があることが明らかになった。これが一種の起爆剤となって,今後日本でもこの分野の研究が進むことを期待したい。

目 次
<特集論文>
外交と世論: 飯田敬輔・境家史郎
国民は両者の関係をどのように捉えているか
日本人はどの程度武力行使に前向きなのか?: 荒井紀一郎・泉川泰博
尖閣諸島有事シミュレーションを用いた選択実験
国際危機と政治リスク: 栗崎周平・黄太熙
観衆費用モデルの構造推定
武力衝突と日本の世論の反応 大村啓喬・大村華子
<独立論文>
離脱と民主主義: 豊田 紳
体制変動期メキシコにおける選挙暴力抑制要因としての人口流出
<研究動向論文>
民主主義体制と国際関係: 湯川 拓
動態的な理論枠組みの構築に向けて
<書評論文>
 市川喜崇『日本の中央−地方関係―現代型集権体制の起源と福祉国家』法律文化社,2012年
木寺元『地方分権改革の政治学―制度・アイディア・官僚制』有斐閣,2012年
 砂原庸介『大阪―大都市は国家を超えるか』中央公論新社,2012年
久保慶明
<書 評>
 中島琢磨『沖縄返還と日米安保体制』有斐閣,2012年
 平良好利『戦後沖縄と米軍基地―「受容」と「拒絶」のはざまで 1945〜1972年』法政大学出版局,2012年  
植村秀樹
Takeshi Hieda, Political Institutions and Elderly Care Policy, Palgrave Macmillan, 2012
尾野嘉邦
 谷口将紀著『政党支持の理論』岩波書店,2012年
善教将大
 山口智美。斉藤正美。荻上チキ著『社会運動の戸惑い:フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』勁草書房,2012年 武田興欣
 宮下豊著『ハンス。J。モーゲンソーの国際政治思想』大学教育出版,2012年 福島啓之


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」(54号)

 久しぶりに特集の編集をさせていただいた。比較的気心の知れたもの同士であったこともあって,予想以上にスムーズに編集作業が進んだように思う。特集の狙いには書き忘れたが,今回の特集のもう一つの特徴は,それぞれが共同執筆で,うち一人が国際政治の専門家,一人が国内政治あるいは方法論の専門家という取り合わせであった点である。これまでの国際政治学ではあまり行われてこなかった試みである。サンプルが少ないため一般化はできないかもしれないが,個人的な感想を言わせていただければ,今回のような取り組みは非常に有効であるように思われる。このような共同研究が今後も増えることを期待したい。辛抱強くご協力いただいた執筆者の方々,またデータを使用させていただいた早稲田大学の関係者に,厚く御礼申し上げたい。(飯田敬輔)

 


 友人からの年賀状に,日韓関係を心配し,韓国政治の説明を求める声が今年はことのほか多かった。日本から眺めていると,韓国は反日一色に見えるし,そういう論調の識者コメントをよく目にし,耳にする。確かに韓国のメディアや外交はこれまでになく反日的である。しかし,そんなことは韓国に行くとほとんど感じないし,国民年金改革や国鉄の部分的民営化の方がよほど重要なイッシューである。気になるのは,むしろ日本である。韓国政治をステレオタイプで見てしまっていないか。自分たちがどう見られているのか,そう見られていることが巡りめぐってどう影響するのかにやや無頓着になっている気がする。自分の心(世論,政治)を客観視するのは容易ではないが,今こそその必要性があるのではないか。(大西 裕)

 


 必要が生じて社会心理学系の文献を読み込んでいる。数年前に本を出した際に積み残した「宿題」のようなものである。学生時代,心理学の授業も受けなかった私にとって,新しい分野は刺激的である。しかしそれで論文を書こうというのは,新しい語学を一から習得してその言語で論文を書こうとしているのに近い。言語をきちんと理解できているのか,その上で使いこなせているのか,甚だ心もとないが,語学と同じで,下手を承知で使わないことには上達しない。新しく覚えたことを下手なりに使ってみるのも楽しい作業である。(鹿毛利枝子)

 


 政策研究大学院の学生の多くは留学生で,ほとんどが公的機関の職員である。修士課程は標準1年であり,今年の学生は日本の選挙を見聞する機会がないと思っていた。急遽都知事選が実施されたのは教育的には良かったが,都民の負担を考えると悩ましいところではある。大学は国際化,グローバル人材育成で,同業者の多くも競争的資金獲得に勤しんでいる。斯く言う私も,GRIPS Global Governanceという5年制博士課程に関わっている(検索⇒grips g-cube)。絵空事のコンペ用デザインを実際に施工・管理する大工の棟梁のような日々を送っているが,国民の血税で賄われていることを肝に銘じ,着実に成果を挙げていきたい。(増山幹高)








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◆53号 特集 「一党優位制後」の比較政治学(10月12日刊行)
〔特集の狙い〕「一党優位制後」の比較政治学
(文責 鹿毛利枝子)
 本特集は,一党優位制に代わる政権党が登場した場合,それが一党優位制の終わりを告げるかどうかは別として,どのような制約。課題に直面し,どのような条件の下でそれらの制約。課題が克服されるのか,を探るものである。沖縄問題への対応,原発問題への対応を筆頭に,一般に民主党政権の3年間は,失政の連続で自滅したものとされる。またその失敗の要因は鳩山由紀夫や菅直人,野田佳彦といった総理大臣個人に帰せられることが多い。しかし一党優位制の下での新政権党の政権運営の成否は,総理大臣の資質という個人的な要因だけでなく,より構造的。制度的要因の影響も受けるはずである。本特集は,2009年からの民主党政権のパフォーマンスを,一党優位制における新政権党のパフォーマンスという,より比較政治学的な観点から考察しようとする試みである。

 一党優位制は国際的にも珍しいものではない。サルトーリの古典的研究では日本以外にもインドやウルグアイ,スウェーデン,ノルウェーが一党優位制として分類されているし,T. J.ペンペルは日本とスウェーデン,イタリア,イスラエルだけでなく,ゴーリスト期のフランス,終戦直後から大連立に至るまでの西ドイツCDU/CSU,1935年から1949年までのニュージーランドなども例に挙げる。「競争的選挙の下で4期続けて議席の過半数を占め続ける政党」というサルトーリの定義を用いるならば,1930年代から90年代までのアメリカ連邦議会(民主党)や,1979年から1997年までのイギリス(保守党)なども該当し,またやや定義を緩和して権威主義体制時代の選挙も含めるならば,メキシコや台湾なども一党優位制として位置づけうる。
 一党優位制が珍しくないものであれば,一党優位制の下の政権交代も珍しくないはずである。しかし一党優位制の下で新たな政権党が登場した場合,そのパフォーマンスがどのような条件に規定されるかについては,これまで十分に理論的な検討が加えられてきたとはいえない。本特集では,この点を考察するため,気鋭の研究者に国内外の事例についてご寄稿頂いた。

 本特集の論文からは,新政権党の政権運営の成否を規定する条件として,少なくとも四つの要因が浮かび上がる。
 一つは一党優位制そのものである。本特集の上川論文が指摘するように,一党優位制の下ではその定義からして野党は「万年野党」であり,統治経験を積むことができない。したがって,たまたま政権を獲得したとしても,単純に統治ノウハウの不足から失敗に終わることも珍しくないものと思われる。予算編成をはじめとして,与党としての仕事の仕方を一から学ばなければならないからである。上川論文の指摘するように,この点は政権交代前にも,たとえば実現可能性のあるマニフェストの策定を困難にするなど,選挙戦略面でも野党の不利に働く可能性があるが,運よく政権を獲得できたとしても新政権党のパフォーマンスに対する制約として働く。とすると,政権交代後の新政権党のパフォーマンスは,新政権党の統治ノウハウの「学習の速さ」に影響される可能性がある。もっとも,この点では,政権交代時点における民主党は,まったく統治経験がゼロだったわけではない。小沢一郎や鳩山由紀夫,菅直人をはじめとして,1990年代までに与党幹部や閣僚としての経験を積んだ政治家を何人か抱えており,それらの政治家が民主党内でも指導的立場にあった。統治経験が全くゼロの状態から始めることを考えれば,民主党はむしろ比較的恵まれた条件から出発したともいえるのかもしれない。他方,後に述べるように,この過去の統治経験は,三浦論文の指摘する,政権交代後の民主党のカルテル政党化に拍車をかけた可能性があり,その意味で民主党にとっては諸刃の刃であった可能性もある。

 二つ目は,政権交代をもたらした背景要因である。そもそも一党優位制が長く続いた国において,優越政党以外の政党が政権を握るというのは,きわめて例外的な事態である。これまでの研究が明らかにしてきたように,2009年に自民党が敗北した一つの要因としては経済状況の悪さが挙げられるが,上川論文の指摘するように,その経済状況の悪さは税収の低迷ももたらすとともに,民主党をみつめる世論の厳しさにも繋がり,新政権党である民主党に対する足枷として働いた。このような前提条件の厳しさは,民主党に限らず,一党優位制に代わる新政権党に共通するものと思われる。

 三つ目の要因としては,新政権党内の力学が挙げられる。三浦論文の指摘するように,民主党は野党時代には選挙至上主義的な行動をとりながら,政権に就くと統治の論理を優先したカルテル政党的な行動をとるようになった。三浦のいうように,同じ政権党の中で選挙至上主義とカルテル行動がせめぎあうこと自体は珍しいことではなく,政権時代の自民党においても観察されることである。しかし三浦が子ども。子育て支援政策の事例を通して浮き彫りにするように,民主党政権の場合,選挙至上主義的行動。統治正統的行動の間の均衡を図ろうとするのではなく,選挙至上主義を放棄する選択をした。この要因として,三浦論文は選挙至上主義をめぐる対立が「小沢対反小沢」の対立として矮小化されて認識されたという党内力学的要因を指摘するとともに,そもそも民主党と支持層の間の関係が脆弱だったという,より構造的な要因も挙げる。これらの指摘からは,民主党の失敗が必然ではなく,党内においてより選挙至上主義的な勢力が主導権を得ていたならば,世論の支持を得るという点ではもう少し成功を収めていた可能性を示唆する。

 新政権党のパフォーマンスを形成する四つ目の要因としては,制度的な要因が挙げられる。本特集では,日本とメキシコ,アメリカの事例との対比も行うが,高橋論文はメキシコの事例を用いて,2000年の政権交代前後の公共投資の地域的分布を分析し,第一期では政権党であるPANの支持基盤に優先的に公共投資が振り向けられたのに対して,第二期では州の規模に応じて一律に財源が配分されるようになり,政権交代後の第一期政権と第二期政権において配分パターンに顕著な変化がみられると指摘する。この理由として高橋論文は,一党優位制の下で構築された既得権益構造を打破するにはある程度の時間が必要な点を指摘する。

 高橋論文は日本とメキシコの間の重要な違いも示唆する。日本の場合,2010年夏の参議院選挙で民主党が敗北し,政権獲得から一年も経たないうちに「ねじれ」状態に陥ってしまった。これが民主党の政権運営の大きな足枷となったことは既に多くの論者が指摘する通りである。他方,メキシコでは2000年に政権交代が起きた後,しばらく大型の選挙がなかったため,PANはある程度時間をかけて政権運営ノウハウを獲得し,その学習の成果を実践に移すことができた可能性がある。このあたりの差については,大統領制と議院内閣制の違い,また国毎の選挙スケジュールの違いが新政権党に与えられた「猶予期間」を規定する点が示唆される。 大統領制における大統領の交代を取り上げた高橋論文に対して,大統領制の下での議会多数党の交代を取り上げたのが待鳥論文である。待鳥論文によると,アメリカでは1995年と2011年に多数党が交代しているが,法案通過率としては,多数党交代直後の1995年の方が2011年よりもむしろ高い。ギングリッチ革命が,議会多数党としての経験の乏しさを露呈しなかったとはいえない。連邦政府の無予算状態を作り出したのも,一面では経験不足だったといえよう。しかし法案通過率としては,多数党としての経験の乏しかった1995年よりもむしろ2011年の方が低くなっており,待鳥論文の述べるように,議会多数党としての立法戦略は,多数党内部のダイナミクスに規定される面も大きいといえる。待鳥論文の指摘するように,大統領制の下における議会多数党の交代は,議院内閣制における政権交代と必ずしも同一線上に理解することはできないが,多数党のパフォーマンスに対する党内ダイナミクスの重要性の指摘は,本特集における三浦論文の主張とも重なるものである。
 残念ながら本特集では事情により議院内閣制における一党優位制下の政権交代の事例を日本以外に取り上げることができなかったが,一党優位制の下での新政権党のパフォーマンスを規定する要因については,まだまだ多くの研究の余地が残されている。本特集がさらなる比較研究の発展に繋がれば幸いである。

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目 次
<特集論文>
 民主党政権の失敗と一党優位政党制の弊害
上川龍之進
 政権交代とカルテル政党化現象: 三浦まり
民主党政権下における子ども。子育て支援政策
 メキシコにおける政権交代とその政治的。政策的帰結
 
高橋百合子
 アメリカにおける多数党交代と議会内過程 待鳥聡史
<研究ノート>
地方政党の台頭と地方議員候補者の選挙戦略:
 地方議会議員選挙公報の分析から
砂原庸介。
土野。ケン,L.
<書評論文>
 近藤正基著『現代ドイツ福祉国家の政治経済学』ミネルヴァ書房,2009年
中島晶子著『南欧福祉国家スペインの形成と変容』ミネルヴァ書房,2012年
 加藤雅俊著『福祉国家再編の政治学的分析』御茶の水書房,2012年
宗前清貞
<書 評>
朴正鎮著『日朝冷戦構造の誕生 1945-1965:封印された外交史』平凡社,2012年
井上正也
 辻由希著『家族主義福祉レジームの再編とジェンダー政治』ミネルヴァ書房,2012年
近藤康史
中田瑞穂著『農民と労働者の民主主義:
 戦間期チェコスロヴァキア政治史』名古屋大学出版会,2012年
城下賢一
Airo HINO, New Challenger Parties in Western Europe,
A comparative analysis,
2012, Routledge
建林正彦
井手弘子著『ニューロポリティクス』木鐸社, 2012年 堀内勇作
大村華子著『日本のマクロ政体:
現代日本における政治代表の動態分析』木鐸社, 2012年
森 裕城
井口治夫著『鮎川義介と経済的国際主義』名古屋大学出版会,2012年/td> 米山忠寛


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」53号

 先日,ある予備校の方から取材を受けた。その中で,「研究者になるために必要な資質は」と聞かれたので,「絶対必要条件は旺盛な知的好奇心」と答えた。これには異論はあるまい。そこまではよいが,はずみで「知的好奇心は持って生まれた天性のようなもので努力だけでは何ともしがたい」と付け加えてしまった。これが本当であるかどうか,さほど自信はない。実は,これが嘘であってほしいと最近では思うようになってきた。ある一定の年齢を過ぎると少しずつ知的好奇心も衰えてくるような気がするからである。とすると,これは何とか努力でカバーするしかあるまい。「かつて知的好奇心を持っていた人は一度失ってもリカバリーは可能です。」次回のインタビューではこう答えようかと思う。(飯田敬輔)


 Facebook,Twitterなどのソーシャルメディアが政治に重要な影響を与えている。ネット選挙解禁は,日本政治もついにそれを公認したということなのだろう。しかし,ソーシャルメディアが政治過程にどのような影響を与えるのか,研究はこれからである。意地悪くいえば,動員コストが格段に低いとはいえ,街頭デモなど既存の政治手段の延長線上で理解できるものかもしれない。他方,インターネットを用いた調査研究は格段に進んできた。政治学では実験は,重要ではあってもコストの高さや倫理上の問題故あまり行なわれてこなかったが,ネットを使ったサーベイ実験の普及で,ある種の実験は相当容易になった。ただし,調査会社が被験者に与えるインセンティブには差があり,結果に影響を与える可能性がある。彼らの特性を共有することも重要になりそうである。(大西 裕)>

 本特集の編集を担当した。2009年の政権交代後,民主党に対する風当たりが徐々に強まるのを,やや違和感をもって眺めていた。民主党は政権党という「職場」におけるいわば「新入社員」であり,新入社員の仕事の出来が悪いのはむしろ当然である(むろん,出来が悪いにしても程度問題はあるかもしれないが)。しかも「社内」に頼れる「先輩」もいない中(当然のことながら「先輩」は足を引っ張るばかりである),新入社員の出来が悪いからといって袋叩きにするのは何か違うような気がした。その「新入社員」の経験やそのパフォーマンスを規定する要因をもう少しきちんと理論化する方向に進めないかと組んでみたのが今号の特集である。一つ問題提起ができたならば幸いである。(鹿毛利枝子)


 講義で解説する立法過程も二大政党時代のものへと重点を移行させようかと思っていたが,昨年の総選挙で非自民勢力の分裂度は小選挙区導入時の状態に戻ってしまい(本誌前号拙論参照),また7月の参院選は自民党の圧勝に終わり,衆参ねじれ状況が解消することとなった。一党優位体制における与党審査と国対政治というネタも幸か不幸かまだまだ使い続けなくてはいけないようである。しかし,分裂野党に戻ったとはいえ,野党の多くが与党を経験し,首相や閣僚を国会に張り付かせることの不毛さを理解したのではないだろうか。憲法改正といった大手術の前に出来ることは多々ある。日程国会を前提とした手練手管を野党は相変わらず駆使しようとするのか。あるいは政権の受け皿として与党を目指すのか。この3年間が野党にも日本政治にとっても正念場である。(増山幹高)


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◆52号 特集 変革期の選挙区政治(4月15日刊行)
〔特集の狙い〕変革期の選挙区政治
(文責 増山幹高・品田 裕)
 近年,日本の政治と社会は大きな変動を経験してきた。これには二つの意味がある。一つは1990年代以降の長期的な変化である。日本政治についていえば,制度面では選挙制度改革や地方分権改革,市町村合併などが立て続けにあり,利益構造についても55年体制下のそれに変化が見られた。例えば「護送船団」方式の衰退である。有権者の意識においても無党派の増大や政策指向の高まりが見られる。同時に社会もまた,低迷する経済情勢,急速な高齢化,地方の疲弊,情報通信の発達など,さまざまに変容しつつある。この20年,われわれは,長く続いた戦後体制から徐々に離れてきたのである。加えて,このような長期的な変動の結果,このたびの政権交代に象徴されるように,変化自体が常態化している。これが,今,われわれが経験している,もう一つの変動である。
 これに伴い,政治と社会のインターフェースといえる選挙区レベルでの政治もまた変化していると考えられる。むしろ,変化は,そのような境界,いわば「汽水」地帯の方がよく観察されるのではないか。新しい制度と変わりつつある社会に最も適した解を求めて,政治家も有権者も変ろうとするが,その変化の様態は相互に依存する。政治家は有権者の変貌を考えずにはいられないし,他方,有権者に提示される選択肢は政治家が創る。有権者と政治家の相互作用は,選挙区,つまり現場でこそ,良く観察される。そこで,本特集は,近年の変化を受け,政治家と有権者の関係がどのように変容しつつあるのかを実証的に分析することを意図した。具体的には,二つの変化を実証的に検討し,詳細な記述を行うことを心がけた。
 5本の論文は,いずれもデータに基づいて近年の政治家,あるいは有権者の変化を丹念に追いかけたものである。その結果,浮かび上がったのは,二つの問題である。一つは,二大政党化の進展をどう見るか,もう一つは,ずっと日本政治について指摘されてきた,地元などの部分利益志向の行方である。長期的には,1994年の選挙制度改革以降,予想通り,二大政党化が進行している。有権者の意識においても,政治家の国会活動や集票活動においても,その方向で変化が生じている。並行して,中選挙区時代に浸透した地元利益志向もまた減りつつある。本特集では,二大政党の行方について論じると共に,どのようにして地元あるいは部分利益が語られなくなるのかという点についても,有権者や政治家双方について実証的に解明しようとする。
 ただ,これらの変化は一様なものではない。国政の二大政党化が地方政治に及ぶとき,地方の文脈によって現れ方は異なる。国政の中でも,政党の戦略が異なれば,あるいは,有権者についても個人として見るか組織で見るかで,変化の現れ方それ自体にバリエーションが生じうる。さらには,長期的な有権者の変容の結果,地元利益から切り離され自分でものを考えるようになった大量の有権者が産み出され,現在の政治状況−衆院選でのシーソーのようにめまぐるしく勝者が入れ替わる選挙結果,ねじれ国会を生じさせる参院選の結果,多党化−が生じている。変化が常態となった現在,変化そのものが記述され分析される必要がある。
 増山論文は,小選挙区比例代表並立制において,二大政党による競争が徐々に定着し,総選挙が政権選択の機会となりつつあったが,2012年の総選挙では,選挙区競争が小選挙区導入時の分裂的な状態に戻ったとする。また,河村論文は,「我田引鉄」といわれる利益誘導が選挙戦略として有効でなくなるという主張に対して,2009年の総選挙において新幹線未開通の石川県で自民党候補が苦戦した事例を通し,部分利益の趨勢を分析している。
 今井論文は,なぜ参院選では与党が苦戦を強いられるのかと問い,有権者が政策的バランスを考慮して,衆院選と参院選で投票先を変えるようになったという可能性を検証している。また,山田論文は,総選挙と知事選挙が同時に行われる場合の両者における投票行動の関連性を検証し,与党への投票と現職候補への投票の関連性を2005年と2009年で比較している。
 根元・濱本論文は,選挙制度改革以降,質問趣意書や議員立法といった議員行動に変化が見られ,より特定の地域や集団の利益を反映しなくなると共に,情報入手・争点喚起型の質問が増加していると論じる。
 本特集が,長期的な変化の原因とその影響を,さまざまな政治の「現場」で発見・解明し,さらに,変化そのものを分析するきっかけとなれば,幸いである。

 
目 次
<特集論文>
 小選挙区比例代表並立制と二大政党制:
 重複立候補と現職優位
増山幹高
 「我田引鉄」再考 河村和徳
 参院選における「政策バランス投票」
 
今井亮佑
 同日選挙の効果:
 茨城県知事選挙と衆議院総選挙
山田真裕
 選挙制度改革による立法行動の変容:
 質問主意書と議員立法
根元邦朗。
濱本真輔
<書 評>
村瀬信一著『明治立憲制と内閣』吉川弘文館,2011年
 五百旗頭薫著『条約改正史:法権回復への展望とナショナリズム』有斐閣,2010年
 西川 誠著『明治天皇の大日本帝国』講談社,2011年
小川原正道
 井上正也著『日中国交正常化の政治史』
名古屋大学出版会,2010年
 神田豊隆著『冷戦構造の変容と日本の対中外交:二つの秩序観1960−1972』岩波書店,2012年
 服部龍二著『日中国交正常化:田中角栄,大平正芳,官僚たちの挑戦』中公新書,2011年
昇 亜美子
京 俊介著『著作権法改正の政治学:戦略的相互作用と政策帰結』木鐸社, 2011年 秋吉貴雄
村上祐介著『教育行政の政治学』木鐸社, 2011年 木寺 元
Rieko KAGE,Civic Engagement in Postwar Japan: The Revival of a Defeated Society, Cambridge University Press, 2011. 空井 護
福富満久著『中東。北アフリカの体制崩壊と民主化』岩波書店, 2011年 浜中新吾


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」(52号)

 このところ自分の研究が世の中の動きに振り回されることが相次いでいる。昨年8月,竹島。尖閣問題で日本外交が揺さぶられた際,インターネットでそれについて聞いてみようと思い,世論調査を行ったところ,調査がまさに行われている最中に中国で反日デモが展開され,日本で対中感情が極度に悪化,すくなからず我々の世論調査もそれに影響された。また年末には,グローバル化と政権交代の関係に関する論考を執筆していたところ,その執筆中に日本で政権交代が起き,あわててそれを1件の政権交代としてデータに加え,回帰式の推計もすべてやり直した。平素,学生には10年は時代の流れに耐えうる研究をしろといっているが,自分の研究がその基準を満たしているか怪しくなってきた。これも政治学の宿命か。(飯田敬輔)


 ここ数年取り組んできた,選挙管理の研究に一段落がついた。本誌が出る頃には編著が公刊されているだろう。あまり国際的な研究動向とか意識せずに面白そうなので手をつけたテーマだが,Lehoucq や Schaffer らに続き Birch の単著が出るなど,重要性を再認識することが多い。近年盛り上がりを見せている民主主義の「質」に関する研究とも深いつながりがあることもわかってきた。現象的にも,昨年の総選挙で管理上のミスがめだつなど,日本でも注目すべき状況になっている。二つほど感想。日本の選管を調査して思うのは,自治体職員の仕事が限界に近づいていて,そのしわよせが着実に選管業務に来ている。もう一つ,G.Huber ではないが,政治学と公共管理をどうつなぐかが,やはり重要なテーマである。民主性と専門性の兼ね合いという,昔からある行政学の問題に改めて焦点を当てねばならないだろう。(大西 裕)


 最近,飯島元秘書官の回顧録を読み返してみた。小泉内閣の政権運営がいかに緻密に 進められていたかが克明に記され,抜群に面白い。むろん小泉の個人的資質も大きかっ たのであろうが,小泉や飯島が政務次官時代や厚生大臣時代,郵政大臣時代に多くの行 政経験を重ね,そこで蓄積したノウハウが首相就任後にフルに活用されたことが分かる 。行政経験を所属議員にコンスタントに与え続けた,一党優位制のメリットをフルに享 受した政治家だったのかもしれない。もっとも同じ機会からどれだけ吸収するかという 「学習能力」には個人差があるので,結局はやはり個人の資質も無視はできない。政権 党時代の民主党も様々な「政権運営ノウハウ」を蓄積したはずである。今後その経験が どのように活かされるのだろうか。(鹿毛利枝子)


 ネット選挙が解禁されるべきかどうかはさておき,公職選挙法が情報通信手段の変化に対応していないことは明らかであろう。スポーツでもビデオ判定が導入されるように,記録技術の進歩に応じて規則を変えている。議会も成立当初は唯一の記録手段が議事録を残すことであり,その手続き自体が議事進行や議会運営をも規定してきた。記録技術としてもはや録音,録画は当然であり,動画のネット配信も普及してきている。公文書として紙媒体の必要がなくなるわけではないが,議会や立法に関するICTの活用にはまだまだ課題がある。一般公開を始めた国会審議映像検索システム(http://gclip1.grips.ac.jp/video/)は,発言自体の文字情報から審議映像をキーワード検索し,ピンポイントで再生するものであり,国会に関する情報の有効活用に寄与することを目指している。(増山幹高)


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◆51号 特集 地方議員と政党組織(10月15日刊行)
〔特集の狙い〕地方議員と政党組織
(文責 大西 裕・建林正彦)
 日本の政党政治に対する不信感は募る一方である。有権者の主要政党に対する支持率が低下の一途をたどり,支持なし層が増加を続けていることは周知のとおりだが,政治学者の中にも政党へのあからさまな不信感を表明する者が多くなってきたように思われる。政治改革の20年を失敗と評価し,一部のジャーナリストや政治家と共に,中選挙区制への回帰を提案する論者がいる一方で,選挙制度改革とその結果としての二大政党制化をある程度肯定的に評価しながらも,政党が国民の代理人としての機能を十分に果たしてこなかったことを批判する論者もいる。

 では日本の政党組織は,比較政治の中でどのような特徴を持ち,どのように変化してきたのであろうか。またその特徴はどのような要因に規定されているのか。今回の特集は,「地方議員と政党組織」と題して,都道府県議会議員に対するアンケート調査(「2010年全国都道府県議会議員調査」)結果を分析する諸論文を掲載しているが,この調査は,マルチレベルの政治制度ミックスと政党組織の関係を,国際比較,国内比較を通じて解明することを目指した共同研究の一部として,日本における政党地方組織の実態を明らかにするべく企画されたものである(科学研究費補助金基盤研究(A)「現代民主政治と政党組織の変容に関する研究」平成21年度〜23年度による「比較政党組織論研究会」) 。かつて日本の政治学においては,政党組織論は大きな研究関心の対象であり,多くの研究者が実証的な研究に取り組んできたが,その後ややそうした関心が薄れ,研究蓄積の希薄な時期が続いたようである。しかしながら近年,そうした研究上の空白を埋めるべくいくつかの実証研究が公表されつつあり,この共同研究もそうした研究動向と軌を一にするものである(小宮 2010; 上神。堤 2011)。

 地方議員に対するアンケート調査としては,地域を限定して市町村議や都道府県議に対する調査を行った三宅。福島。村松編(1977),黒田編(1984),村松。伊藤(1986)などがあり,またわれわれの調査と同様に,全国の都道府県議会議員すべてを対象とした調査として小林。中谷。金(2008)がある。今回の調査に当たっては,こうした先行研究を参考にしつつ質問票作成を行った 。先行研究の多くが地方自治,地方分権に対する問題意識を強く持ち,議員の役割意識や代表観,政府間関係の認識などを重点的に調査してきたのに対して,前述の問題意識を反映して,政党組織や会派についての設問,また政党組織と議員を結びつける一つの大きな要素として選挙に関する設問が多くなっているところに今回の調査の特徴があると言えよう。質問票を巻末に掲載しているので詳しくはそちらを参照していただきたい。ただこの特集掲載諸論文については,大きな問題意識は共同研究グループと共有しつつも,それぞれが独自の課題設定のもとに論文執筆を行うという方向で研究を進めた。

 具体的には,品田論文と西澤論文が都道府県議会議員の集票活動にフォーカスを当てているのに対し,残る三つの論文はより多面的に議員の活動を捉えている。まず,品田論文は,都道府県議会議員の支持団体についてのパターン分析を行い,政党ごとに支持団体のパターンが異なることを確認するとともに,同じ自民党議員,民主党議員であっても,議員ごとに違いがあることを見出し,さらにそうした議員の支持動員戦略が,選挙区事情や議員個人の属性に規定されることを明らかにした。国政レベルの二大政党化にもかかわらず,地方議員は政党ラベルに頼り切るのではなく,独自の集票戦略を模索し続けているというのである。これに対して西澤論文は,各議員の得票結果を従属変数として,いかなる選挙戦略が実際に有効であったのかを分析する。都道府県議会が採用する小〜大選挙区制のもとでは,得票の最大化を目指す議員ばかりでなく,当選ラインのクリアを目指す得票効率化指向の議員が混在するが,同論文はこの目標の違いを議員の「年齢」を用いて操作化することで分析している。すなわち「年齢」「選挙区定数」をコントロールした場合には,選挙期間中の選挙戦略や他レベルの政治家との支援関係には得票効果は確認できないが,選挙期間外の日常的な政治活動については,その特定のパターンが得票にプラスの効果を持つことが明らかにされるのである。

 つぎに,建林論文は,日本の国政レベルと地方レベルの執政制度と選挙制度のミックスは,地方議員にとって国政政党ラベルの価値をより小さいものとし,政党の地方における組織基盤を弱いものにしてきたとの仮説を提起し,選挙区定数と,都道府県議会議員の政党に対する態度や行動の関係からこれに一定の証拠を見出す。すなわち小選挙区,あるいは定数の大きな選挙区の議員は,国政主要政党への依存度が低く,自律性も高いことが示される。砂原論文は,都道府県議会議員が他の政治家とのどのような関係を持っているのかという質問に基づいてクラスター分析を行い,3つのパターンの議員が存在することを見出す。すなわち国会議員と強いつながりを持とうとする政党志向の議員,他レベルの議員との関係が希薄な個人志向の議員,知事や首長とも,国会議員とも適度な関係を使い分ける議員の3種類が識別できるという。こうした知見は,マルチレベルの制度配置の中で,都道府県議会議員が政党活動家としての顔と地方議会のメンバーとしての異なる顔を持ち,使い分けている様相を描き出していると言えよう。最後に曽我論文は,地方政治における政党と会派の違いに注目し,都道府県議の態度と行動を分析する。その結果,地方議会においては,国政レベルほどには政党,会派が一対一に対応しておらず,地方議員が,所属政党と所属会派を様々に使い分けている様相を見出している。マルチレベルの制度配置の中で,地方議員は,所属政党から一定の自律性を保ちながら独自の政治活動を行っているというのである。総じて今回の特集では,都道府県議会議員の様相を,特に政党,会派,選挙の関係から多角的に描き出すことに成功したものといえるだろう。(以下略)


 
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目次
<特集論文>
都道府県議会議員の支持基盤 品田 裕
都道府県議会議員の選挙戦略と得票率 西澤由隆
マルチレベルの政治制度ミックスと政党組織 建林正彦
マルチレベル選挙の中の都道府県議会議員 砂原庸介
政党。会派。知事与野党
 地方議員における組織化の諸相
曽我謙悟
<独立論文>
国籍取得要件を変える政治的要因
 中東欧10カ国のパネルデータ分析
中井 遼
<書 評>
斉藤 淳著『自民党長期政権の政治経済学:利益誘導政治の自己矛盾』
山本健太郎著『政党刊移動と政党システム』
上川龍之進著『小泉改革の政治学:小泉純一郎は本当に「強い首相」だったのか』
田村哲樹
北山俊哉著『福祉国家の制度発展と地方政府:国民健康保険の政治学』
佐々田博教著『制度発展と政策アイディア:満州国。戦時期日本。戦後日本にみる開発型国家システムの展開』
稗田健志
砂原庸介著『地方政府の民主主義:財政資源の制約と地方政府の政策選択』   粕谷祐子
三谷太一郎著『ウォールストリートと極東:政治における国際金融資本』   木村昌人
鈴木多聞著『「終戦」の政治史:1943-1945』
柴山 太著『日本再軍備への道』
武田知己
上神貴佳。堤 英敬共編著『民主党の組織と政策』 成廣 孝
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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」(51号)

 「アラブの春」ならぬ「福島の夏」が日本に訪れた。今年の海の日の反原発デモへの参加者は主催者側の発表で17万人(警察発表では7。5万人)と,空前の規模に達した。これだけ一般市民による抗議活動が盛り上がったのは,安保闘争以来ではあるまいか。しかし一つ気になることがある。メディアでは主婦や若者などがツイッターなどを見て参加しているという風に報道されてはいるが,写真や映像で見る限り,参加者の平均年齢はかなり高いようである。ここが「アラブの春」やアメリカの「オキュパイ。ウォール。ストリート」などとの大きな違いであろう。たぶん,「安全な国を子孫に残したい」という一心なのであろうが,このままいくと国を残す子孫がいなくなる。エネルギー政策も大事な問題であるが,より深刻な少子高齢化は院外政治にも訪れている。(飯田敬輔)


 今回は建林正彦氏をゲストエディターとしてお迎えして特集を共同編集した。現在,日本は政党政治の大きな転換点に立っており,政党のあり方が様々なところで議論されている。しかし,有権者との直接のインターフェースである政党の地方組織についてはあまり顧みられることがない。今回の特集は,政党研究はもちろんのこと,近年の議論にも一石を投じるものになるであろう。特集に関連して,もう一言。もととなった共同研究では,私も民主党と自民党の地方組織に押しかけてインタビューしたが,政党関係者の皆さんの協力姿勢に大変感じ入った。地方議員をはじめ,調査でお世話になった皆さま,どうもありがとうございました。このようなオープンな真摯さがあるので,政党政治に私は希望を抱くのである。(大西 裕)


 少し前のことであるが,ひょんなことから世銀関係者とのシンポジウムでパネリ ストを依頼された。対外援助は全くの門外漢で,準備に頭を抱えたが,いざ調べ 始めてみるとなかなか面白い。たとえば世論調査でみると,対外援助に対する国 民の支持は,バブル崩壊以降,低下の一途を辿っていたのが,2005年頃を境に上 昇に転じ,リーマン。ショック以降も伸び続けているのが分かった。とりわけ対 外援助を支持する理由の変化が興味深い。従来は「世界からの貧困の撲滅」など を挙げる人が多かったのが,近年は「日本が外交目的を達成するための手段とし て援助を活用すべきである」という,戦略的な理由を挙げる人が増えている。日 本人の外交観も変わってきているということであろうか。またどなたか専門の方 に教えて頂きたい。(鹿毛利枝子)


 選挙制度改革は二大政党制化を促し,総選挙を政権選択の機会にしつつある。しかし,政権の実績と将来を比較した政権選択かというと,民主党の政権運営,なかんづく消費税の引き上げは,有権者による政権選択がなお道程の長いことと思わざるを得ない。決められない政治を打開するため,二院制や選挙制度の見直しが主張される。しかし,両院間で意見の相違が生じるならば,そうした対立がなぜ一院内で生じないと言えるのか。また,二大政党制より多党制のほうがなぜ合意が得られ易いのか。次期総選挙で制度の改廃が主張されるならば,少なくとも制度の改廃がいかなる帰結をもたらすのか,政治制度の適切な理解に基づいた議論が展開されることを期待したい。(増山幹高)


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◆50号 特集 国際ガバナンスの本質と変容(4月15日刊行)
〔特集の狙い〕国際ガバナンスの本質と変容
(文責) 飯田敬輔
 近年,経済および環境分野における国際ガバナンスは大きく変容し,またその中で,日本の占める地位も大きく揺らいでいる。たとえば,1970年代以来,国連中心主義という建前は別に置くとして,経済分野における国際ガバナンスを実質的に取り仕切ってきたのは,主要先進国を中心とするG7。G8(主要七カ国。八カ国首脳会議)であり,日本はとりわけその枠組みの中で唯一アジアを代表する国として重要な位置を占めてきた。ところが,2008年以来の世界金融経済危機を契機とし,G20(主要20カ国首脳会議)という新たな枠組みが生まれ,日本はそのなかでもかなりマイナーな役割しか与えられていない。気候変動の分野では国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のレジームのなかで,日本はCOP3のホスト国として活躍するなど大きな国際貢献をしてきたはずであったが,東日本大震災の影響もあり,京都議定書の温室効果ガス排出削減目標達成が非常に厳しくなったばかりか,2011年末のダーバンにおけるCOP17では京都議定書第二約束期間の削減義務を受け入れなかった。このように,日本の国際ガバナンスにおける貢献度低下は目を覆うばかりである。

 しかし,地位低下は日本ばかりではない。アメリカは今回の金融危機の震源地として大幅にソフトパワーを失い,EUはギリシャ危機を端緒とするユーロ圏全体の危機に直面している。このようななかで現在,国際ガバナンスはどのように変容しつつあるのであろうか。それについて,鈴木教授を中心とするグループはまず帰納的に,どのような分野でどのような国際協調や連携が行われ,それがどのような要因に帰せられるのかを検証しようと研究を行ってきている。50号の特集はその成果の一端である。

 まず鈴木論文では,そもそも国際ガバナンスとのは何か,そしてそれにはどのような形態があり,それがどのような論理に基づいて変容を遂げるのかを概説している。まず,本論文ではガバナンスの3大要素を規律,提携,権威とした上で,ガバナンスの形態を権威の集中度,認識共有度の2つの尺度で「超国家主義」「共同体」「ヒエラルキー」「ネットワーク」の4つに分類している。そして,貿易では,GATTはもともと「ネットワーク」であったがWTO設立に伴って部分的にではあるが「超国家主義」の要素が加わったものの,それに対する反動としてFTAが国際的にまん延することによって分断された「ネットワーク」へと変容しつつあるとしている。また通貨の分野はもともと米ドルを基軸通貨とするはっきりした「ヒエラルキー」であったが,2008年以来の危機の影響もあり,実質的に「ネットワーク」へと堕しつつある。最後に環境はある程度認識を共有する小さな「共同体」であるとしている。

 次にそれぞれの分野ごとに分析が続く。第一に貿易ガバナンスを検証した毛利論文は,貿易ガバナンスはさまざまな規範が重層的に進化していく過程であるという比喩に基づき,17〜18世紀の重商主義,19世紀の自由主義,20世紀の公正貿易,そして21世紀の協調貿易という規範が重層的に重なりあっているとしている。その後,ドーハ交渉のなかでも農業交渉,地域貿易協定,「貿易と環境」の分野にフォーカスを当てて詳細な分析を行っている。特に農業交渉では,新興国を中心としたG20(上記のG20サミットは異なる)を初めとして,G10,G33などさまざまなグルーピングが群雄割拠して,相矛盾する主張を行っている。「貿易と環境」では,全く相対立する規範がせめぎ合っており,せいぜい予見可能性の向上しか望めないという。

 第二に樋渡論文は計量分析の手法を用いて,世界マクロ不均衡の問題に取り組んでいる。今回の世界金融危機の原因として国際収支の不均衡に問題があったことはよく知られているが,そもそもなぜそのような不均衡が発生し,それに対して各国はなぜ異なる対応を示すかについてはまだ研究が十分行われているとはいえない。そこで本論文はBueno de MesquitaらのSelectorate理論を基に,国内政治体制による説明を試みている。具体的には,民主政の下では政治指導者は公共財である資本自由化,財政規律を選好し,それに対して専制国家では金融政策の自立と外貨準備の積み上げを選好するとしている。そしてこれらの仮説を計量分析によって検証している。この結果を基に筆者は現在の不均衡がこのような国内的な要因に基づく限り,大幅な改善は期待できないとしている。

 最後に太田論文は環境分野,とりわけ気候変動レジームにおけるガバナンスについて多角的に分析している。この分野でも小島嶼国連合(AOSIS)やEUなど問題解決に積極的なグループと後ろ向きなJUSCANNZ(日本を含む),G77+中国などのせめぎ合いが起きている。またUNFCCCの枠組みが中心となりながらも,米国が主導する主要経済国フォーラム(MEF)などの枠組みも共存している。いずれにしても米中二カ国が世界の温室効果ガスの4割以上を排出する中で,これら両国が経済に主要な関心を払い,環境は二の次である限り大幅な前進は望むべくもない。
 このように日本を取り巻く国際ガバナンスの環境は決してやさしいものではない。このなかでどのようなかじ取りをしていくのか。今後の展開から目が離せない。
 
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目次
<特集論文>
国際ガバナンスの本質と変容
 ―経済危機を越えて
鈴木基史
国際貿易ガバナンスにおける連携構築
 ―「進化」と「共生」から見るWTOドーハ交渉
毛利勝彦
国際資本移動増大の帰結と政治体制の対応形態
 ―世界不況後の国際協調の特性
樋渡展洋
国際ガバナンスの本質と変容
 ―気候変動問題をめぐる国際政策連合の政治
太田 宏
<特集:座談会  近年の政治状況。政治学動向と『レヴァイアサン』の役割>
 司会:飯田敬輔
 出席者:加藤淳子/川人貞史/辻中 豊/真渕 勝/大西 裕/増山幹高
<書 評>
河村和徳著『市町村合併をめぐる政治意識と地方選挙』
 木鐸社,2010年
斉藤 淳
多湖 淳著『武力行使の政治学:単独と多角をめぐる国際政治とアメリカ国内政治』
 千倉書房,2010年
佐々木卓也
坂本治也著『ソーシャル。キャピタルと活動する市民:新時代日本の市民政治』
 有斐閣,2010年
平野 浩
倉田 徹著『中国返還後の香港:「小さな冷戦」と一国二制度の展開』
 名古屋大学出版会,2009年
松本充豊
手塚洋輔著『戦後行政の構造とディレンマ』  藤原書店,2010年 山崎幹根
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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」(50号)

 本誌の編集委員になって1年半あまりたったが,特集の担当になったのはこれが初めてであった。雑誌編集はこれが初めてというわけではないが何かと苦労した。もともとは鈴木先生のグループの研究を拝借するという安易な発想であったが,2011年11〜12月のG20,COP17そしてWTO閣僚会議などの結果,国際ガバナンスの変容がいよいよ明らかとなっていくうちに,思った以上にタイムリーな企画であったと喜んでいる。座談会の司会については,特集の担当とは関係なくお受けしたのであるが,本誌の重要性とその奥行きの深さを再認識するよい機会となった。ご出席いただいた先生方にこの場をお借りして感謝申し上げます。なお,特集の題名が予告したものから変更になってしまったことについてお詫び申し上げます。(飯田敬輔)


 本誌が出る頃には,あの大地震から1年がたっている。復興はこれからである。震災とその後の復興政策は日本の行政に多くを課すことになったが,そのうちの一つが地方選挙である。選挙人登録制度をとらない我が国では有権者の確定そのものが至難の業であり,選挙ができるとは考えがたかったが,被災3県は成功裏におこなった。もちろん,実際の有権者である被災者の方には不満が残ることも多かったであろう。しかし,あの環境下での投票自体が極めて重要で,奇跡に近い。とりわけ災害が深刻な市町村ほど投票率が高かったことは特筆に値する。ただし,それでも市町村によってパフォーマンスには違いがあった。被災による苦境を思うと軽々なことはいえないが,なぜ差異が生じたかの研究は,必ず政治行政の改善に役立つ。私たちはこのことから多くの教訓を学ばねばならない。それが政治学のできる一つの貢献である。(大西 裕)


 年末年始をヨーロッパで過ごした。ヨーロッパにはあまり土地勘がなく,EUの農業政策=手厚い保護,というくらいのイメージしかなかったが,あちこち廻ってみると国毎の違いも見えて面白い。オランダではレストランでもスーパーでも野菜が少なく,肉,チーズ,パン中心の食生活のようである(栄養面は大丈夫なのだろうか)。電車で国内を移動しても,窓から見えるのは牧草地ばかりで,あとは輸出用の生花くらいしか見えない。次に移動したフランスでは色とりどりの珍しい野菜や果物が豊富で,むろん国産。EU圏内のものも多いが,圏外からの輸入品も多い模様である。野菜ロビー。畜産ロビーの強さは食文化に規定されるのか,あるいは選挙制度なども影響するのか。詳しい方がいらしたら教えて頂きたい。 (鹿毛利枝子)


 10数年前は教員公募に連敗していたが,ある地方の大学で面接までいき,年度途中ながらすぐに採用したいと通知があった。当時,非常勤講師をしており,途中で投げ出すわけにもいかないと泣く泣く採用の話をあきらめた。しかし,後でわかったのだが,非常勤を世話してくれた先生に採用の話がなぜか通っており,先方の大学より無職を選んだと顰蹙をかってしまった。ある先輩いわく,応募する側に選択の余地はないというのが業界ルールだと。こんなことは今時ないかも知れないが,業界ルールには守られるべきものもある。二重投稿は学術的な規範。倫理に反することは言うまでもないが,査読といった業界人の手弁当があって研究成果を公表する公器としての学術誌があることも忘れないで欲しい。(増山幹高)


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◆49号 特集 福祉国家研究の最前線(10月15日発行)
〔特集の狙い〕福祉国家研究の最前線
(文責 鹿毛利枝子)
 福祉をめぐる議論はわが国のみならず,先進諸国。途上国を問わず,最も重要な課題の一つである。わが国のメディアにおいても,「少子化」「高齢化」「格差」といった問題を挙げるまでもなく,福祉をめぐる論議は活発である。財政赤字をめぐる議論は,福祉をめぐる議論であるといっても過言ではない。近年のわが国のメディア上の議論では,経済学者。社会学者による論考が多く,政治学者による発信は比較的目立たない。しかしかといって,政治学分野の福祉国家研究において本格的な研究が進んでいないわけではなく,むしろ逆であり,質的分析。量的分析の双方を駆使したダイナミックな国際比較研究が活発に展開されている。具体的には,年金。医療という伝統的な福祉国家領域においても重要な研究が蓄積されている一方で,「教育」「人的資本形成」というこれまで比較的光の当たらなかった分野で研究が進展していることは注目すべきである。本特集では,これらの領域における先端的な研究者に寄稿頂いた。

 伊藤論文は,ヨーロッパにおける公的年金分野において近年,大胆な改革が実現していることに注目する。ポール。ピアソンの指摘を挙げるまでもなく,従来,年金分野は経路依存性が強く,大規模な改革が実現しにくい分野であるとされてきたことを考えると,思い切った改革の実現は驚くべきことである。著者は改革を「集合行為問題」として捉えながら,執行権改革。政党政治。利益団体政治の変容が改革への政治的機会構造を開いたと主張する。

 山岸論文は,戦争が医療保険改革に及ぼすインパクトを検討し,戦争の長さ。動員の程度。長期化への予測といった変数が改革の程度を規定すると論じる。戦争が福祉国家の形成に重要な影響を及ぼすことはチャールズ。ティリーやスコッチポル等によっても指摘されてきたが,その詳細なメカニズムについては十分に研究が進んでいるとはいえない。本論考はこの間隙を埋めるものである。

 高橋論文は,近年ラテンアメリカにおいて拡大している,条件付き現金給付(CCT)の導入をめぐる条件を分析する。従来の貧困対策が「目の前の貧困」を給付対象としてきたのに対して,CCTは教育。保健。栄養面での統合的な支援による人的資本形成を通して,貧困サイクルが次世代に継承されることを断ち切り,「将来的な貧困」を減少させようとする点に特徴がある。他方,CCTプログラムのあり方は一様ではなく,同じCCTといってもラテンアメリカ地域内においても様々な形で導入されてきた。本論文は,このバリエーションを民主主義。党派性。市場開放度。経済成長率といった要因から説明する。福祉国家研究においてはともすると先進国ばかりが注目されがちであるが,高橋論文は,福祉分野においては先進国外の取り組みが理論面においても実証面においても無視しえないことを示す重要な論考である。

 上記3作が福祉国家。福祉政策の形成要因を探るのに対して,エステベス=アベ論文は福祉国家の社会的インパクトに注目し,福祉国家の態様の相違が男女の職務分離のあり方に及ぼす帰結を検討する。福祉国家,とりわけ福祉国家論で近年大きな影響力をもつ「資本主義の多様性論」がジェンダーに及ぼすインパクトについてはこれまでほとんど分析が行われておらず,本研究の分析は貴重な貢献である。本論文によれば,いわゆる「自由市場経済」(LME)と「調整型市場経済」(CME)は異なる技能の形成を促す。LMEが一般技能を重視するのに対して,CMEは企業特殊技能を重視する。しかし企業特殊技能は出産。育児によりキャリアの中断に直面する女性には不利である。一般にCMEではLMEに比べて所得分布の平等をもたらしやすいとされるが,著者はCMEは男女の平等という意味では問題も含むと指摘する。

 徳久論文は,エステベス=アベ論文が強調する教育。職業訓練の制度が日本においてどのように発展したのかを歴史的に分析する。1960年代に定着した日本の新規学卒一括採用という雇用慣行は,個々の企業の合理的な選択の結果定着したものであると指摘する。労働力需要の高かった1950年代後半から60年代にかけて,政府や経済団体は労働力移動を容易にする産業特有の技能を基幹に据え,それを可能にする人的資本の形成や,職務評価基準。職務給制の導入など積極的労働市場政策の展開を狙ったが,これらの試みは受け入れられなかった。その理由として本稿は,日本の生産レジームは企業特有の技能に親和的な雇用慣行や労働法制。教育制度をもち,それら複数の制度が相互補完的に機能していることが雇用慣行や学歴に対する社会的な認知枠組みも固定化した結果,刷新コストを高め,制度の安定をもたらしたと強調する。その上で80年代以降の教育領域における自由化が「格差」拡大の一要因となっている可能性を指摘する。教育。職業訓練は福祉国家の大きな柱を形成するにも拘わらず,これまで政治学者によって十分に検討されてきたとはいえず,本稿の貢献は貴重である。

 
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目次
<特集論文>
現代ヨーロッパにおける年金改革
 ―「改革硬化症」から「再編」への移行
伊藤 武
戦争と医療保険改革
 ―歴史的制度論による比較研究の可能性
山岸敬和
ラテンアメリカにおける福祉再編の新動向
 ―「条件付き現金給付」政策に焦点を当てて
高橋百合子
資本主義の多様性論から見た性別職務分離
 ―技能と社会政策におけるジェンダー。バイアス
マルガリータ。エステベス=アベ
(豊福実紀訳)
学歴と労働市場
 ―日本型生産レジームの形成とその継続性
徳久恭子
<研究ノート>
アメリカ通商政策における労働組合の存在感
  ―1997/98Fast-Track承認問題と対中タイヤ。セーフガード発動措置を例に―
冨田晃正
<著者インタビュー>
著 者 近藤潤三著(『東ドイツ(DDR)の実像:独裁と抵抗』)
聞き手 浅羽祐樹
解 題 待鳥聡史
<書 評>
星野崇宏著『調査観察データの統計科学
 ―因果推論,選択バイアス,データ融合』岩波書店, 2009年
飯田 健
馬渡 剛著『戦後日本の地方議会―1955-2008』ミネルヴァ書房,2010年 辻 陽
粕谷祐子編著『アジアにおける大統領の比較政治学
 ―憲法構造と政党政治からのアプローチ』ミネルヴァ書房,2010年
松本俊太
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◆49号編集後記

 東日本大震災で被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。49号が出るころまでには福島第一原発の問題も収束に向かっていることを祈るばかりです。しかしこれからも賠償の問題や復興の課題,はたまた全国的な電力不足の問題は当分続いていくはずで,国民全員が痛みを分かちあっていく必要があるでしょう。私は防災や原発問題などについては門外漢であるため,これまで特に有用な知恵の発信もできず,はがゆい思いをいたしました。家内は震災を機にブログを書き始めましたが,これを始めると本来の仕事ができなくなるため,ひたすら自制しているところです。ともかく今後の原発行政あるいはエネルギー政策などのあり方などについて何らかの形で政治学から社会に貢献ができればよいなあと思っております。(飯田敬輔)


私はいわゆる元祖「レヴァイアサン。グループ」に直接指導を受けた最後の世代 にあたる。伝説となった本誌の「設立趣意書」では,「人格的対立なき論争」が 高らかに謳われており,世間知らずの大学院生だった私は,アメリカの学界では そのような開かれた雰囲気で学問が行われているのだと信じて留学した。いざア メリカに着いてみると,思いのほか「人格的対立」を目にすることがあり,少し がっかりしたのを覚えている。アメリカの学会の雰囲気もここ数十年で変わった のか,私が最初に留学した90年代後半ごろまでには日本の学界の方も変わって いたのか,日米の学界の雰囲気にそれほど差を感じたことはない。本誌ができる 限り「人格的対立なき論争」の場となればと願う。(鹿毛利枝子)


 先進国研究と途上国研究の壁は薄くなってきている。今年6月に開かれた比較政 治学会で改めて強く感じた。私が研究を始めた1989年,両者は別世界であっ た。研究テーマも異なれば,方法論も異なる。例えば,途上国研究で計量分析な ど,ほとんどありえないと考えられていた。民主化,産業化,グローバル化の進 行はこうした二分論を過去のものにしつつある。共通のテーマで議論ができうる し,同じ方法論が使用可能となってきている。確かに,地域研究者のいうように, どの地域を対象とするにせよ,地域的文脈を大切にすることは重要である。しか し,同一の方法で比較しないと,先進国と途上国の違いは,本当は分かりようが ない。むしろ,二分論者にこそ方法論。研究テーマの共通性は好ましいことのは ずである。(大西 裕)


 菅首相が粘り腰だ(6月末でのことだが)。思い出したのは,クリントン大統領がスキャンダルを凌いでいくのでテフロンと呼ばれたことだ。一国の長として,厚顔なくらいのほうが良いのかも知れないが,玄人好みの筋書きではない。首相に退陣を求める参院議長の言動も物議を醸している。個人的には,議長の見識として主張すべきと思うことは主張すべきで,それを参議院が良としないなら,議長を交代させれば済むことだと思っている。ある地方紙の取材にもそう答えた。どんな記事になっているか気にもしていなかったが,記事を見た同業者から教えられて仰天した。何と西岡発言は議長の中立性を損なうというコメントになっていたのだ。大衆メディアの性とは言え,捏造にも程がある。なりふり構わない連中にはかなわない。(増山幹高)


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◆48号 特集 政治学と日本政治史のインターフェイス(4月18日発行)
〔特集の狙い〕政治学と政治史のインターフェイス
(文責 増山幹高)
 現代系や実証系とでも括られる講座担当者と○○政治史といった講座の担当教員の間には深い溝があるように思われる。これは一般に両者の志向する研究上の目的に違いがあると考えられているからかも知れない。前者は出来事の因果関係の「説明」に重点を置き,後者は出来事の正確な「記述」に専念するという違いである。ただし,これら二つの目的は本来一致すべきであり,キングらが述べるように,「説明」であれ,「記述」であれ,肝心なことはいかに「体系的推論(systematic inference)」を行うかにある*。

 衆参「ねじれ」国会となり,参議院が注目され,また地方分権改革を受けて,地方議会を体系的に把握しようという試みもある。こうした一連の研究は学術的にも,実践的にも歓迎されるべきことであるが,同時に国や自治体の基本的な制度に大きな変更はなく,そうした制度が潜在化させる情報があり,部分的に顕在化する情報のみが観察可能であることを留意しておかねばならない。例えば,小泉首相による郵政民営化の政治過程は,参議院の抵抗が首相にとっての足かせとなってきたという観点からは,首相が参議院に配慮したことの証左とされるかもしれないが,首相が参議院の立法権限を考慮し,参議院の受け入れられる範囲を先読みするという制度的観点からは,参議院が首相に民営化を断念させられなかった事例とも解釈できる。

 また,地方議会が首長提案の条例に反対したり,修正したりする事例を調べあげ,そうした首長と議会の不一致に地方議会の影響力を見出そうとするものもある。ただし,衆参の一致が国会の議決に必要なように,自治体にとっても意思決定に重要なことは首長と議会が一致することである。地方議会についても議会の意向を首長に先取りさせるという潜在的影響力に着目するならば,厳然たる事実とは,ほとんどの条例採択において議会と首長に対立はないということである。むしろ,首長と議会が一致しないことを制度的要請と考えるほうが不自然であり,そうした観点から望ましい二元代表制とは,首長と議会が完全に対立する,例えば,最近の阿久根市のような状態ということになってしまう。

 事例研究であれ,計量分析であれ,健全な「体系的推論」を行うには,分析対象の反事実(counterfactual)の可能性を考慮し,分析対象の観察制約が「体系的推論」に及ぼす影響を認識する必要がある。今回の特集の狙いは,本誌で展開されてきたような研究を狭い意味での政治学とすると,そうした政治学研究と政治史研究がいかに相互補完的に分析対象の反事実思考を助け,「体系的推論」を促すのかを考える題材を提供することによって,両者を架橋する方法論的基礎を確認することにある。

 清水論文は,戦前における政治主導と官僚主導の展開を跡付け,桂園時代を転機として,政党政治が進展するとともに,政官関係が対立と協調を繰り返してきたとする。また,牧原論文は,自民党がいかにして長期政権となったかを問い,政権安定化メカニズムの生成と変質を跡付け,長老政治と党改革志向が織り成す統治政党のダイナミズムを明らかにする。

 これら二論文が比較的に長期にわたる時期を通史的に論じるのに対して,まず赤坂論文は明治20年代初期の欧米議院制度調査にかかる新出史料などに基づいて,「議会官僚」たちによる議事法。議会先例の形成過程を検証し,議会の制度化に果たした議会事務局の役割を論じる。また,奈良岡論文は消費税導入に深く関与した「議会官僚」の日記および聞き取り調査に基づいて,自民党政権中枢の動き,野党の対応を検証し,そうした与野党間交渉に来る連立時代の予兆を見出そうとする。
* King, Keohane, and Verba. 1994. Designing Social Inquiry(真渕監訳『社会科学のリサーチ。デザイン』2004)。
 
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目次
<特集論文>
政治主導と官僚主導―その歴史的組成と構造変化 清水唯一朗
自民党「長期政権」の形成 牧原 出
統治システムの運用の記憶―議会先例の形成 赤坂幸一
消費税導入をめぐる立法過程の検討―「平野日記」を手がかりに 奈良岡聰智
<研究ノート>
統制会。業界団体制度の発展過程
  ―経路依存とアイディア―
佐々田博教
<書評論文>
小林道彦著『政党内閣の崩壊と満州事変―1918〜1932』ミネルヴァ書房, 2010年
森靖夫著『日本陸軍と日中戦争への道―軍事統制システムをめぐる攻防』ミネルヴァ書房, 2010年
小宮京著『自由民主党の誕生―総裁公選と組織政党論』木鐸社,2010年
村井良太
<書 評>
楠綾子著『吉田茂と安全保障政策の形成―日米の構想とその相互作用,1943〜1952年』 ミネルヴァ書房,2009年 池田慎太郎
岡部恭宜著『通貨金融危機の歴史的起源―韓国, タイ, メキシコにおける金融システムの経路依存性』木鐸社,2009年 上川龍之進
待鳥聡史著『<代表>と<統治>のアメリカ政治』講談社 ,2009年 岡山 裕
小西秀樹著『公共選択の経済分析』東大出版会,2009年 砂原庸介
竹中治堅著『参議院とは何か 1946-2009』中公叢書, 2010年 待鳥聡史
村松岐夫著『政官スクラム型リーダーシップの崩壊』東洋経済新報社,2010年 山口二郎
渡部純著『現代日本政治研究と丸山眞男 制度化する政治学の未来のために』勁草書房,2010年 山田真裕



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◆48号編集後記


 昨夏より編集委員をお引き受けいたしました。これまでのところあまり編集には貢献しておりませんが,これからは本腰を入れて頑張りたいと思いますので宜しくお願いいたします。レヴァイアサンの編集から少し話は外れますが,昨年,かなり本格的な翻訳の仕事をしました。多分この号が出るころには書店に並んでいるものと思います。日本はいうまでもなく翻訳文化であり,ありとあらゆるものの邦訳が出ていますが,今回自分で本を一冊訳してみて,翻訳という仕事がいかに根気のいる仕事かということを思い知りました。これまで翻訳は飛ばし読みが多かったのですが,業界の裏側ではどのくらいの人が汗を流しているかと思うと,今後は名訳に出会った時は,感謝して読まなくてはいけないと反省しきりです。(飯田敬輔)


 歴史家は身近な存在でもあり,そうでもない。学会で,あるいは学部内で一緒に仕事をすることはかなり多いが,研究交流となると機会はそう多くない。そんな中,昨年まで2年半にわたって「日韓歴史共同研究」に参加し,歴史家と研究方法や姿勢について議論できたのは幸いであった。強く感じたのは,分析対象へのこだわりがずいぶん違うということである。私は政治,経済,社会などの研究分野やその背景にあるディシプリンにこだわるが,彼らはそのような分野の区別などなきがごとく振る舞い,そうしないことでこぼれ落ちる現象にこだわる。しかし,思い起こせばこの違いは,身近なはずの地域研究者との間でも感じられる。隣接業界との緊張は重要であるが,研究領域によっては内面化する。ある種のコウモリ問題ともいえるか。(大西裕)


 昨年夏からミシガン大学に来ている。初めての中西部暮らしである。到着前には ミシガン=自動車産業の拠点=斜陽産業を抱える荒廃地域,というイメージしか なかったのだが,デトロイトはとにかく,アナーバーは思いのほか美しく生活水 準の高い街である。アメリカのソーシャル。キャピタル研究者はパットナム,ス コッチポルなど,なぜか中西部出身者が多いのが以前から気になっていた。確か に住んでみると,上昇志向も押しも強い人間の多い東海岸に比べて,ミシガンで は公共心に富んだ,心穏やかな人々が多いように感じるが,これでは説明にはな らない。今回の滞在でこの長年の疑問を解消できるだろうか。(鹿毛利枝子)


 現在の職場は,主に公務員を対象とする大学院であり,3分の2が海外からの留学生ということもあり,かなり特殊な組織である。本誌に出会った学部生時代には教壇に立つことも夢想だにしていなかった。今のような組織で教務的な仕事に日々追われるようになるとは,自らの歴史的展開ではあるが,人生とはわからないものである。今回の特集のような問題を意識するようになったのは,実は政策研究大学院が2002年に行った国際シンポに招かれ,歴史研究と計量分析の関係を検討したのがきっかけである。その後,選挙学会や比較政治学会で政治史のパネルを企画し,また史料収集のプロジェクトに参加する機会に恵まれ,今回の特集に結実した。偶然ながら,ある学会誌で政治学の計量分析特集も同時並行で進めた。オペレーションズ。リサーチ誌2011年4月号は今回の裏特集であり,併せてご覧頂きたい。(増山幹高)



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◆47号 特集 選挙サイクルと政権交代(10月15日発行)
〔特集の狙い〕選挙サイクルと政権交代
(文責 大西 裕)
 今回の特集の狙いは,選挙サイクルが政党,政権交代に与える影響を検討することにある。選挙サイクル,とりわけ大統領制国家において執政府と立法府の構成員に関する選挙サイクルの違いが政党制に与える影響についてはシュガート等の一連の研究がある。例えば,大統領選挙と国会議員選挙が同時になされる同期選挙に比べ,非同期選挙の方が議会の大統領与党は勝ちにくく,その間隔が空けばあくほど与党の敗色は濃厚になるなどである。しかし,選挙サイクルの効果は他の執政。選挙に関する制度に比較してまだまだ不明な点が多い。

 選挙サイクルの政党政治への影響は,議院内閣制をとる日本においても重要である。定期的に選挙がなされる参議院選挙と4年任期で解散による選挙が常態化している衆議院選挙では選挙サイクルは通常一致しない。二院制をとる国では議院内閣制であっても非同期選挙が政党政治に影響を与えるとして不思議ではない。実際,2009年の衆議院選挙を受けた政権交代では,2007年の参議院選挙における自民党敗北とその結果生じた,いわゆる「ねじれ国会」が一つの契機になっている。選挙サイクルは,地方政治においても影響を与えている。いわゆる亥年現象はその一つで,中央−地方間のサイクルの効果であり,地方の首長,議会選挙はしばしば国政の中間評価と見なされるが,それは選挙サイクルのずれによるものである。

 こうした選挙サイクルの非同期性は政権交代,そして政策にも影響を与える。選挙による政権交代は有権者に政策転換を期待させる。しかし,大統領制の場合は議会,議院内閣制の場合は第二院の構成がヘテロである場合,政権交代効果は限定的になるであろうし,逆に,議会や第二院での選挙が政権交代を促進することもある。

 このように選挙サイクルは政党政治やさらに政権交代にも影響を与えているとする観察は多くあるものの,体系的な調査。分析は十分になされてはいない。本特集のこのような問題意識に対し,今井論文は衆議院選挙と参議院選挙に対する有権者の意識の違いが政権党への投票に与える影響を析出し,待鳥論文はアメリカにおいては大統領与党が替わるという意味での政権交代が政策転換には必ずしも結びつかないことを明らかにしている。他方,浅羽。大西。春木論文は,大統領選挙と国会議員総選挙の非同期性が周期的に変動する韓国をとりあげ,砂原論文は日本の広域自治体選挙に関して,議会選挙と知事選が一致するかどうかが地方議会会派に与える影響を分析した。
 
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目次
<特集論文>
国政選挙のサイクルと政権交代 今井亮佑
アメリカにおける政権交代と立法的成功 待鳥聡史
韓国における選挙サイクル不一致の政党政治への影響 浅羽祐樹
大西裕
春木育美
地方における政党政治と二元代表制
―地方政治レベルの自民党「分裂」の分析から―
砂原庸介
<独立論文>
新しい社会的リスクの比較政治経済学
―拒否権プレーヤーを用いた計量分析―
稗田健志
<学界展望論文>
国際関係論における歴史分析の理論化
 ―外交史アプローチによる両者統合への方法論的試み―
保城広至
<研究ノート>
投票行動における福祉と防衛の比較考量
―戦後日本の有権者にとっての「大砲」と「バター」―
大村華子
<書評論文>
田中愛治他『2009年,なぜ政権交代だったのか―読売。早稲田の共同調査で読み解く日本政治の転換』勁草書房,2009年
菅原 琢『世論の曲解:なぜ自民党は大敗したのか』光文社新書,2009年
岡ア晴輝
<書 評>
山田哲也『国連が創る秩序:領域管理と国際組織法』東大出版会,2010年 篠田英朗
北村亘『地方政治の行政学的分析』有斐閣,2009年 名取良太
保城広至『アジア地域主義外交の行方 1952-1966』木鐸社,2008年 宮城大蔵
吉田徹『ミッテラン社会党の転換 ―社会主義から欧州統合へ―』
法政大学出版局,2008年
森本哲郎



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◆47号編集後記


  本号の編集を担当した。かねてから思っていたのであるが,選挙とそれに関連する様々な政治現象は,立派に行政学の研究対象である。本号で取り上げた選挙サイクルは,選挙結果や政党のみならず,行政のあり方にも影響を与える可能性がある。選挙の結果生じる政権交代は,見方を変えると政権移行であり,官僚たちがそのプロセスに深く関与せざるを得ない。そもそも選挙それ自体,現代では行政の存在なしに実施困難である。  しかし,学会間の棲み分けのせいか,選挙が行政学の対象として本格的に考えられたとは寡聞にして知らない。行政学者として,あるいは選挙研究者とジョイントして,この未開拓の領域に足を踏み入れることができないか。ひとまず選挙管理や政権移行の研究で挑戦しているところである。(大西 裕)


  創業者世代は,一党優位体制を特殊な病理的現象とするのではなく,政治学の共通言語で理解可能にすることを目指した。創刊から20年余が過ぎるとともに,衆議院の小選挙区制導入は二大政党化を推進してきた。デュヴェルジェの予測するところとはいえ,5回の総選挙で実質二人の候補が競合する選挙区が大多数となったのは,英米の選挙事情と比べても際立っている。ただし,議会制度は変っていない。憲法は参議院を内閣とは独立した存在とし,両院の一致を国会に求めている。それを担ったのは一党優位体制では自民党内調整であった。二大政党制において両院の多数が異なるならば,国会の議決は与野党間交渉によるほかない。再び衆参ねじれ状況となったが,それを病理的現象ではなく,憲法構造の適切な理解に基づいて,冷静に議論していくことが先達の教えであろう。(増山幹高)


 同期の編集委員と一緒に私も1年前交代する予定であったが,他の3人から「引き継ぎに残って」と言われてしまった。11年間フリーライドしたとひそかに反省していた矢先,「天網恢恢疎にして漏らさず」とはこのことと痛感した。1年で償いができたか疑問ではあるが,やっと卒業である。在任中いろいろなことがあり,投稿者,読者,書評委員,他の編集委員の方から,様々なことを学ばせていただき本当に有り難く思っている。またこの場を借りて,編集の坂口さんにも御礼を申し上げる。彼女がいなければレヴァイアサンがこんなに長く続くことはなかったと思う。感謝の言葉もない。新しい編集委員の方へのエールで,最後の編集後記を終えたい。(加藤淳子)


新編集委員のご挨拶
 この度縁あって本誌の編集チームに加わることになりました。専門は国際政治,国際政治経済論ですが,その他にも政治学の理論,方法論一般について幅広く関心がありますので,これらの方面で貢献ができればと思っております。若い方々にエネルギーを分けていただきながら精一杯頑張る所存ですので,何卒宜しくお願いいたします。(飯田敬輔)

 編集に参加することになった。この「編集後記」がほぼ初仕事である。おそらく 多くの読者の方と同様,私も本誌を手にするとまずは編集後記に目を通すのが常 であったが,いざ書くことになるとなかなか難しい。日ごろからネタを考えてお かなければと感じる。それはさておき,とりわけ国内外で政治の動くこの時期, 大胆な問題提起で論争を巻き起こすような誌面にしていきたい。(鹿毛利枝子)


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◆46号 特集 変化する政治,進化する政治学(4月15日発行)
〔特集の狙い〕変化する政治,進化する政治学
(文責 河野 勝)
 『レヴァイアサン』が発刊された1980年代末と今日とでは,政治学をめぐる日本の状況は大きく変貌をとげた。たしかに,メディアで政治が語られるときには,いまだに直感や印象に基づくだけの時事評論的言説が幅を利かせているといえなくもない。しかしその一方で,本誌がまさにリードしてきた「理論的」あるいは「実証的」な研究はこの20年の間に着実に広がり,日本でも一般に政治学が社会科学の一分野として認知されつつあるように思われる。いまでは,欧米の政治学において発達した方法と方法論を身につけ,オリジナルで高い水準の研究を積極的に海外に発信しようとしている若い世代の研究者たちも多い。

 ただ,専門性や先端性を追求することが及ぼすかもしれない副作用には,自覚的でなければならない。「理論的」あるいは「実証的」な分析に傾倒するが故に,既存の理論にあてはまりやすい問題や実証しやすい事例ばかりに目が向き,結果として現実政治の中で重要な意味を持っている趨勢を見落としたり,誰もが予測できなかった大きな変化を分析対象として取り上げなかったりするとすれば,それは政治学にとって不幸なことである。そのような事態に至らないためには,他分野における新しい学術的潮流に敏感であろうとしたり,これまで橋渡しできなかった隣接分野との知的対話の可能性を探ろうとしたり,誰もまだ取り入れたことのない分析手法を果敢に導入することを試みたり,といった努力を不断に続けていかなければならないのであろう。

 本46号は,こうした問題意識に基づいて,これまで『レヴァイアサン』で取り上げられることが比較的少なかったアングルに焦点を当てて特集を組むことにした。伊藤論文は,新しい潮流としての進化政治学をサーベイし,その意義を問う。須賀論文は,多数決の根拠を正義原理に照らして分析の俎上にのせ,実証研究の前提となるべき規範理論の構築へ向けた一歩を踏み出す。西澤。栗山論文は,日本で初めて実施されたパソコンを用いた世論調査の結果から,日本人の政治参加について従来からの見解とは異なる知見を導く。山本論文は,モデル化を通じて集団防衛と協調体制が共存する国際関係のダイナミックスを解き明かし,21世紀世界における重要な安全保障問題に新たな光明を当てる。
 
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目次
<特集論文>
政治学における進化論的アプローチ 伊藤光利
多数決均衡の規範理論的考察
 ―社会保障の政治経済学をめざして―
須賀晃一
面接調査におけるSocial Desirability Bias
 ―その軽減へのfull-scale CASIの試み―
西澤由隆
栗山浩一
21世紀の国際安全保障
―集団防衛と協調的安全保障の併存と拡大―
山本和也
<特別寄稿>
二重の国会制度モデルと現代日本政治 川人貞史
<独立論文>
政治体制変動の合理的メカニズム
 ―幕藩体制崩壊の政治過程―
境家史郎
<書評論文>
沖縄返還交渉と安全保障政策
 ―施政権返還をめぐる最近の研究動向―
河野康子
<書 評>
高安健将『首相の権力:日英比較から見る政権党とのダイナミズム』創文社,2009年 北村 亘
<研究動向論文>
滅びゆく運命(さだめ)?
 ―政軍関係理論史―
三浦瑠麗



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◆46号編集後記


 現在,友人たちと選挙管理の日韓フィリピン比較研究を行っている。選挙は民 主政治最大のイベントで耳目を引くが,選挙管理は地味で目立たない。しかし公 正中立に運営されないと選挙は信用されず,民主政治は機能しない。他方,政治 家にとって極めてクリティカルなため,行政干渉など政治化される危険性が高い。 中立性を担保するのは選挙管理機関の独立性である。意図的な開票操作が難しい 今日,焦点は選挙活動の監視になる。韓国は独立性が極めて高く,選挙管理は信 頼されているが,フィリピンは逆である。日本はどうか。制度的な担保が強くな いのに,選挙管理が信頼されている。韓国が不思議で始めた研究だが,むしろ日 本の奇妙さに気づかされた。比較の重要性を改めて感じている。(大西 裕)


 レヴァイアサン創刊時に私は学部の3年であった。政治学的に物心がつく頃で,学界の新風に心が躍った。直接的な関わりは3年後に翻訳を掲載したときである。原稿が締め切りに間に合わず,蒲島先生の研究室にお詫びの電話をかけたり,小石川に原稿を持参して,出版社らしき建物を探して右往左往したり,今となっては良い思い出である。  いつしかレヴァイアサンに投稿論文を載せようというのが研究の原動力となり,レヴァイアサンとともに研究者として成長してきた感がある。論文投稿は学会の年報でも普通になってきたが,やはりレヴァイアサンは別格だと後々の世代にも思われるよう編集に携わることを使命としたい。(増山幹高)


 脳認知科学という新しい分野に手を広げ,今までやってきた研究を続けるのが億 劫になるのは避けられない。が,なぜか共著の誘いや依頼が相次いでやらされて いる感じだ。租税政策研究からはこのところ遠ざかっていたが,今回の政権交代 の変化をふまえた説明ということで国内から依頼があったばかりでなく,チュー リヒ大学から,「租税と福祉国家」連続講義シリーズの講師にという依頼まで来 た。6,7年前に書いた本に関心を持ってもらい,ヨーロッパ外からの講師は一 人ということで,嬉しくてつい引き受けてしまった。あまり人のやっていない分 野を歩いてくると,怠け者でも外から励まされて(?)研究は続けられるらしい というのが最近の教訓だ。(加藤淳子)


40を過ぎた頃から社会の中で自分に与えられた役割を考える ことが多くなり,教科書や翻訳のシリーズを手がけてきたが, その延長として『レヴァイアサン』の編集委員をお引き受けす ることにした。日本で(主に)日本人が日本語で政治学の研究 を発表することに何の意義があるのかという,本誌に対して当 然浴びせられるべき問いかけに対しては,とりあえず,かの有 名な言葉を返しておきたい。「井の中の蛙は,井の外に虚像を もつかぎりは,井の中にあるが,井の外に虚像をもたなければ ,井の中にあること自体が,井の外とつながっている。」この 言葉の作者たちが激しく論争していた時代の無垢な熱情を,い まの若い世代の研究者が受け継いでいることを願いつつ。。。 (河野勝)



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◆45号 特集 世界の市民社会・利益団体(10月15日発行)
〔特集の狙い〕世界の市民社会。利益団体
(文責 辻中豊)
   『レヴァイアサン』の発刊の趣旨(創刊号,1987年秋)は今読み直しても説得力がある。いや22年を経て再度,確認されるべき時ではないか。確かに,レヴァイアサンの狙いとした実証的,経験的な日本研究を中心とした現代政治分析は着実な広がりをみせ,日本の政治学界を大きく変容させた。本誌の書評欄はそれを雄弁に語る。現代の政治分析において実証的根拠の希薄な印象的研究はほぼ姿を消した。がしかし他方,率直に現代日本政治を分析する政治学界の状況を眺望してみた場合,意味のある政治のリアリティの焦点をあて,それを倦まず弛まず経験的に分析する実証的で説得力ある論文やモノグラフ自体は,そう数多くあるわけではない(1)。
 ではどうすれば,より一層「リアリティに迫る」ことが可能か,そうしたことから本特集の趣旨を考えておきたい。発刊の趣旨にありながら,近年目だって進展していないものに「比較分析と累積的な知識体系の構築」(四),「外国の。。(研究者とともに行う)共同研究や研究会議」の組織や参加(五),「未整理の段階にある仮説を呈示し,活発な批判と反批判を期待するという態度」(五)があるように思われる。逆にそこで批判されながらなお根強いものに「一種の『完全主義』的偏向」(六)や「書斎にだけ閉じこもって研究を続けるといった態度」(三)などが指摘できる(2)。
 解釈すれば,この間の,レヴァイアサン発刊を契機とする(意図されたわけではないが)一種の日本型「行動科学革命」(3)が生じ,「方法的自覚に基づく多様な分析手法が導入され」(三)たがために,比較研究,共同研究,記述的な累積的研究に,より方法論的な厳密性が強く意識され,かえってスマートではあるが,ややリアリティが欠けがちな(従属変数にあまり魅力のない,いわば現実政治との関連性relevance(4)の薄い)研究が増えているのではないだろうか。いうまでもないが,レヴァイアサンは行動科学「以後」の実証的。経験的研究の学術誌であり,常に研究対象(従属変数)がなぜ選択されるか,いかなる意味を持つかは問い続けなければならない(5)。
 さて,そうした中で,今回の特集は,編者がこの間,一貫して「政治の実質」(substance)(6)と考え,実際1960年代以降の国際的な政治学研究においてもマクロな政治体制,政治システムの比較研究の最初のテーマ(7)でありながらも,なかなか「比較研究」が困難な対象,利益団体と市民社会を取り上げる。すでに何度かレヴァイアサンでも類似のテーマは取り上げられている(8)が,体系的な比較研究としては最初である。
 政治分析の目的は,理論的にスマートで美しい論文を書くことそのものではなく,そうした分析を通して,現実のある側面,リアリティに迫ることでなければならない。対象がタフで容易に接近を許さないものであっても,それが現実政治的に有意であれば何らかの手法で,何度も永続的に挑みかかり,たとえ美しい分析でなくとも,少しはリアリティに迫る,意味ある発見を提出することが重要である。
 そうした問題意識から,この困難を乗り越え,リアリティに迫るために執筆者たちが用いている方法は,国際共同研究を行い,比較政治体制を念頭に分析するという手法である。
 本特集のすべての論文は,JIGS共同研究(Japan Interest Group Study(9))の一環である。JIGS調査は1997年に地球環境政策ネットワーク調査の一部として日本から始まり,韓国,アメリカ,ドイツ,さらに科学研究費。人文社会振興プロジェクトなどを得て,中国,トルコ,ロシア,フィリピン,ブラジル,バングラデシュ,ウズベキスタン(ポーランド,エストニア)と拡大し,他方で2005年からは特別推進研究として,第二次JIGS調査が日本,韓国,ドイツ,アメリカ,中国で行われた(一部継続中)(10)。主要な関係者の総計は13ヶ国およそ40名に達する。一つの国の調査には,国内の専門家や若手研究者を糾合するだけでなく,必ず現地の専門家をパートナーとすることが必須である。この意味では,国際共同研究はは地域研究でもある。
 もう一つ,執筆者たちがとる方法は,比較政治(Comparative Politics)および比較方法(Comparative method)である。比較方法と比較政治を混同してはいけない。比較方法はあらゆる単位レベル,あらゆる対象の社会科学で可能であるし,必要な方法であるが,それを比較政治(学)と混同してはいけない。概念の過大な拡張になる可能性があり(11),また「国家」の軽視になる危険性と,交差国家的な記述分析による発見と示唆を軽視する可能性を孕むからである(12)。執筆者たちは比較政治体制の視座(交差国家比較)を重視しつつ,システム内の比較を含めて多様な比較方法を用いている。
 この特集には,日本の利益団体を扱う二論文,日本の市区町村からみた市民社会組織をみる一論文と合計三点,そしてドイツ,韓国,中国を扱う三つの外国を中心とした論文が収められた。日本を扱う三論文は,日本全国を対象とした市民社会とガバナンスの関係に焦点をあてた社会団体(JIGS2)調査。市区町村調査をもとに前回JIGS調査との比較やレベル別の比較など多様な比較分析を行っている。
 なぜ,この四カ国なのか。JIGS共同研究は既に触れたように一三カ国へと発展しているが,当初のフレームでは,日本と比較可能性の高い,韓国,ドイツ,アメリカであり,その後,中国調査がそれに加わった。JIGS2として二次にわたる調査はこの五カ国の調査研究である。現時点で利用可能な分析がそのうち四カ国(但し中国はJIGS1データ)であるということである。
 フォリヤンティ論文は,ドイツ社会団体調査の対象地域であるハレとハイデルベルグを体系的に比較している。ハレは旧東独,ハイデルベルグは西独であり,社会経済環境および政治配置には明白な相違があるが,ともに同規模の大学町である。廉載鎬論文は,韓国では,前回の調査(K-JIGS1)との比較や,日韓比較を中心に制度遺産,構造特性の永続性を確認しつつ,市民社会が参与するニューガバナンスの制度的進化が,国民の政府’である金大中政府と‘参与政府’である盧武鉉政府を経ることでいかなる変化が生じたか,を検証する。小嶋。崔。辻中論文は,第一次中国調査(C-JIGS1)に含まれる北京市,浙江省,黒龍江省の多層レベルの社団データを丹念に記述分析する。
 いずれも市民社会組織でありかつ利益団体である社会団体の全体像を把握し,記述し特徴づけることを試みながら,政治体制やその質的な変動,過去の体制に由来する制度遺産の意義を検討しつつ,市民社会と地方政府,ガバナンス,コーポラティズムの現在を検討している。いずれも丁寧にデータを紹介しつつ,分析された貴重な研究である。
 記述的推論は重要であるとされながらも,その重要性は体得されていないように見える。丹念に交差国家的なデータや国内のデータ比較を行うことからこの六編は,記述的分析に徹しながらも,国際的に見ても貴重な二時点5カ国(ならびに一時点では13カ国)JIGS共同研究の,多様で豊かな潜在力を垣間見させるものとなっている(13)。

(1) 同様なことを筆者は二〇周年記念40号(辻中豊「政治分析。日本政治研究におけるアプローチのフロンティア」『レヴァイアサン』40号,8−14頁)においても,詳細に述べている。またぜひ創刊号の「発刊の趣旨」を再度お読みいただきたい。
(2) ( )内の数字は,発刊の六つの趣旨の関連番号。研究環境の変化からか,研究者の内向性が増している。
(3) 行動科学はもっぱら計量的手法を用いた政治の経験的分析であったが,レヴァイアサンの発刊の時期には,「合理的選択(フォーマルセオリー)革命」とでもいうべき,演繹的数理的手法の導入とも重なった。この革命が実はより大きな影響を経験的研究に与えた。アメリカ政治学会ではそれへの反省は,2003年のPerspective on Politicsの発刊となって表面化した。
(4) 山本吉宣「行動論以後の計量政治学」年報政治学1976『行動論以後の政治学』岩波書店。
(5) 村松岐夫「研究の戦略」『レヴァイアサン』40号,19頁。脱行動論革命については,D.イーストン(山川雄巳訳)『政治体系 第2版』ペリカン社,1976年(原著1971年),第12章。
(6) 村松岐夫。伊藤光利。辻中豊『戦後日本の圧力団体』東洋経済新報社1986年1頁。Substanceという言葉は有用で,「万物の下にしっかり立っている」という原意をもつ。利益団体。市民社会はまさにこの意味ですべての政治の下にしっかり立っているもの,である。
(7) G.A.アーモンド(内山秀夫ほか訳)『現代政治学と歴史意識』勁草書房1982年U「利益集団と政治過程の比較研究」。
(8) 『レヴァイアサン』14号「利益集団と日本の政治」,23号「日韓政治体制の比較研究」,27号「地球環境と市民社会」,31号「市民社会とNGO−アジアからの視座」,41号「現代日本社会と政治参加」などである。 (9) 現在では,市民社会組織と利益団体の交差国家的な比較研究調査であるということから,英文名はCross-national Survey on Civil Society Organizations and Interest Groups in Japan,としている。
(10) 主要な学術助成として,1995-98 基盤研究A(1)「日米独韓における環境政策ネットワークの比較政治学的実証分析」。1997-2000 国際学術共同研究「日米独韓における環境政策ネットワークの比較政治学的実証分析」。科学研究費基盤研究A(1)(海外)現代中国を中心とした利益団体および市民社会組織の比較実証的研究]。2003-05 人文社会科学振興プロジェクト「多元的共生の国際比較」,2005−10特別推進研究「日韓米独中における3レベルの市民社会構造とガバナンスに関する総合的実証研究」。2008−09サントリー文化財団学術助成「国際比較に基づく現代日本研究の方法論に関する研究」。筑波大学からも特別プロジェクト,プレ戦略イニシアティブ助成など限りない支援を得ている。
(11) この議論自体,1960年前後の比較政治学の出発点からある議論である。別角度から同様の指摘として,大嶽秀夫「『レヴァイアサン』世代による比較政治学」日本比較政治学会編『日本政治を比較する』早稲田大学出版会2005年。交差国家的な比較を意識した下位単位の比較の意義はそれ自体として大きいが,一国内だけの研究の場合,比較政治でなく,比較地方政治と概念化すべきではないか。
(12) 筆者の比較研究整理として「日韓政治体制の比較研究を編集するにあたって」『レヴァイアサン』23号(1998年)を参照。
(13) 理論モデルの有用性。新奇性から出発してそれにあったパズル,問題を探すという理論を出発点とする志向の発想は,政治学的リアリティの観点からは編者には危ういように思われる。データを出発点として,記述的に推論する作業との往復作業なしに,パズルはありえない。逆にいえば,JIGS共同研究の記述的分析からは,無数といっていい理論的パズルの種が発見できるのである。
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目次
<特集論文>
21世紀日本における利益団体の存立。行動様式
 ―全国社会団体調査(JIGS2調査)の分析―
辻中 豊
森 裕城
利益団体のロビイングと影響力
 ―二時点のJIGS調査を比較して―
山本英弘
市区町村におけるガバナンスの現況
 ―市民社会調査を中心に―
伊藤修一郎
辻中 豊
統一ドイツにおける市民社会
―自治体間比較からみた政治的統合―
G.フォリヤンティ=ヨースト
中国のコーポラティズム体制と社会団体
 ―2001-04年市民団体調査データを基に―
小嶋華津子
崔 宰栄
辻中 豊
ニューガバナンスの制度的進化
 ―韓国市民団体の発展と限界―
廉 載鎬
<書 評>
吉川元著『国際安全保障論ー戦争と平和,そして人間の安全保障観の軌跡』有斐閣,2007年 伊藤 剛
酒井哲哉著『近代日本の国際秩序論』 梅森直之
山本和也著『ネイションの複雑性ーナショナリズム研究の新地平』書籍工房早山,2008年 木村 幹
最上敏樹著『国連とアメリカ』岩波新書,2005年
北岡伸一著『国連の政治力学』中公新書,2007年
篠原初枝
西川 賢著『ニューディール期民主党の変容ー政党組織。集票構造。利益誘導』慶應義塾大学出版会,2008年 中山洋平
豊永郁子著『新保守主義の作用』勁草書房,2008年 待鳥聡史



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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」45号
<45号編集後記>
 政治行動の脳認知科学的アプローチの研究を始めて2年程,面白いが少し疲れ気 味である。他への説明が大変だ。一々誤解される。そんなある日,米国の友人か ら日本政治の論文を投稿しないかと誘いが来たので,手持ちの論文がないとの断 りとfMRI実験論文のURLを書いたメイルを出した。彼の返事は,「そんな実験を やっていると聞いても余り驚かない。あなたは今までも幾つかのカーブで先を 走っていたから」と返事が来た。新しもの好きだったのは今に始まったことでは ないらしい。少し慰められた。それにしても,一度退職された位の年齢の政治学 の大御所の方々がfMRI実験に興味を示すのは意外だった。様々な研究成果を上げ られてもとけない問題があったからかもしれない。新しい方法は新しい地平を開 くと自らを励ます毎日である。(加藤淳子)


 この四月から東京大学に移籍し,単身赴任生活を始めている。夏学期には,法学部で日本政治講義を担当し,一度も休講することなく,七月に終了した。この間,六月には,日本学士院賞授賞式があり,政治学の分野では四〇年ぶりの学士院賞を受賞した。そして,七月には,麻生太郎首相が解散を決断し,任期満了間際の八月末に,ほぼ四年ぶりの総選挙が行われた。九月に招集された特別国会で,首班指名が行われ,鳩山政権が発足した。公私ともに忙しい夏学期の半年だった。  次号から編集委員が交代することになり,これが最後の編集後記となる。レヴァイアサン,お世話になりました。新編集委員のみなさんのご活躍を期待します。(川人貞史)


 1987年から始まる第一世代に対し,11年後の98年2月21日第一回を開いてから11年余 になる編集作業も今号で最後。すでに新メンバーへの引き継ぎも完了。この間60回の 編集議事メモを荒っぽく作ってきたが,新世代は比較できないほど精密で合理的に見 え実に頼もしい。この間,私はずっと飽きもせずJIGS1(97年冬開始),JIGS2(06年 開始)という利益団体=市民社会組織への実態調査をしてきた。当初100万の調査資 金に事欠きあちこちから借りてスタートした調査は,おそらくその200倍以上の資金 を用い13カ国5万件のデータベースとして完成しつつある。報告書は沢山作ったが, 公刊書は漸く3冊目がこの秋に出る。最後に宣言。ここ には一生分以上のデータと資 料があり,これ以上欲張らず,しっかり分析し理論化し出版し,データ公開いたしま す。(辻中豊)


 研究者の仕事にはいくつかある。研究と教育がメインであるが,最近では学内行政 に割かれる時間も馬鹿にならない。そして,社会貢献がある。  『レヴァイアサン』の編集は,私には数少ない社会貢献の一つであった。しかも, アルバイトとして陰口をたたかれることのない種類のものである。そして,2ヶ月に 1回の編集会議は楽しい会話の場でもあった。  いよいよ次の世代にバトンを渡すことになる。「次の世代」という言葉を使うこと 自体に多少の寂しさは感じるが,年齢に応じた社会貢献のあり方はあるはずである。 『レヴァイアサン』で得た経験が,次の機会に生かせることができれば,なによりで あると考えている。(真渕勝)
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◆44号 特集 ニューロポリティックス,ニューロエコノミックス(4月15日発行)

〔特集の狙い〕ニューロポリティックス,ニューロエコノミックス
(文責 川人貞史)
 社会現象を理解し説明するための研究である社会科学において,これまで,人間の行動選択を説明するための無数のモデルが提案されてきた。それらは,大まかに,社会学的モデル,心理学的モデル,経済学的モデル,政治学的モデルなどと分類されることもある。近年のゲームの理論の隆盛によって,社会科学全般において,効用関数を定義して効用最大化をめざす合理的選択モデルが広く用いられるようになっている。また,効用理論に対して,人の認知。評価を価値関数を用いてより適切にモデル化しようとするプロスペクト理論も提唱されている。

 本号の特集では,認知科学者に社会行動に関するフロンティアの研究に関する寄稿を依頼し,さらに最先端の分野として,脳神経科学が政治や経済における人間行動を説明する可能性を探究する研究の寄稿を依頼した。人体各部の断面図を痛みや危険を伴わずに撮影できるfMRI装置の格段の進歩によって,脳内活動を直接計測できるようになり,政治的経済的行動選択を行うとき,脳のどの部位が活動しているかがわかるようになった。それによって,異なる意思決定や認知,態度が脳の異なる部位の活動を伴うことが明らかにされつつある。脳活動の情報データが独立変数か従属変数かは必ずしも明らかではないが,神経メカニズムにもとづいて実験結果を解釈することは,人間行動の理解をさらに深めることに貢献するだろう。

 ATR脳情報研究所のチームによる春野。田中。川人論文は,報酬系とよばれる脳の部位が政治的経済的決定に果たす役割についてのニューロエコノミックス研究の進展を概観している。
   山岸論文は,集団内協力行動と集団間攻撃行動が人の普遍的な人間性の一部をなすという議論のもととなった最小条件集団実験を,まったく新しい視点から見直し,理論的ブレイクスルーを導いた著者自身たちの研究について論じている。
 加藤。井手。神作論文は,選挙キャンペーンCM視聴による候補支持選択,感情温度の変化と前頭葉の活動との相関を発見した著者たちの研究を紹介し,ニューロポリティックス研究の可能性を論じている。
 長谷川。長谷川論文は,進化生物学の知見にもとづいた人間の生物学的な適応的性質によって政治的行動を理解し説明する進化政治学の可能性を論じている。


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<特集>ニューロポリティックス,ニューロエコノミックス 目次
<特集論文>
政治的,経済的決定における報酬系の役割 春野雅彦
田中沙織
川人光男
集団内協力と集団間攻撃 山岸俊男
 ―最小条件集団実験の意味するもの―
ニューロポリティクスは政治的行動の理解に寄与するか
―fMRI実験の方法の意味とニューロポリティクス実験のもたらす含意についての考察―
加藤淳子
井手弘子
神作憲司
政治の進化生物学的基礎
―進化政治学の可能性―
長谷川眞理子
長谷川寿一
<研究ノート>
経済制裁と権威主義体制の抵抗力
―一党制。軍政。個人支配―
田中世紀
湯川 拓
<座談会>
『日本の地方政治
―二元代表制政府の政策選択―』をめぐって
伊藤修一郎
曽我謙悟
増山幹高
待鳥聡史
<書評>
Robert Pekkanen, Japan’s Dual Civil Society: Members Without Advocates,
Stanford University Press, 2006
篠田 徹
山本吉宣著『国際レジームとガバナンス』有斐閣, 2008年 鈴木基史
西山隆行著『アメリカ型福祉国家と都市政治
―ニューヨーク市におけるアーバン。リベラリズムの展開―』東京大学出版会,2008年
西川 賢
福元健太郎著『立法の制度と過程』木鐸社,2007年 森 裕城




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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」44号


<44号編集後記>
政治行動理解のための脳神経科学の意義は何か? 本号掲載論文はその問いに答 える試みである。同じ質問を学生にされた時こうも答えた。「今までの研究の中 で一番面白い」と。新しい分野なので,専門論文の投稿は困難を極め読んでもも らえないまま門前払いで何誌にも挑戦し,そのたびに雑誌のスタイルに合わせ書 き直した。が,それも本当に楽しかった。共著者の神作博士は「今度は英文何千 語ですか」と嬉しそうに聞く私にあきれていたかもしれない。実は脳神経科学は 生まれ変わったら(!)やりたいと思っていた。若い頃には今の年齢になった時 にはそれまでの蓄えで安定した研究生活を送ることを漠然と考えていたが,予想 とはうらはらに来世の夢に挑戦して睡眠時間を削り原因不明の高熱(知恵熱?) まで出た1年だった。安定と蓄えのない者には挑戦の喜びがある。つくづく神様 は公平だと思うこの頃である。(加藤淳子)


 2005年の総選挙から4年足らずの間に,小泉純一郎,安倍晋三,福田康夫,麻生太郎と四人の首相が政権を担当した。2007年参院選以来の衆参ねじれの国会運営を苦にして二人が辞任し,三人目も悪戦苦闘中である。昨年,麻生首相の漢字の読み違えがマス。メディアでおもしろおかしく取り上げられて,首相の教養や資質にも注目が集まった。もちろん,それが,内閣支持率の低下の主要な原因ではないが,ほんの少しは貢献しただろう。踏襲をふしゅう,頻繁をはんざつ,詳細をようさい,未曾有をみぞうゆと誤読したが,誤読自体は誰でも結構経験があるはずである。たいていの人は,いつか間違いに気づいて誤読を減らしていくのである。ただ,麻生首相の場合,六八歳であることが,気にかかるだけである。(川人貞史)


 シビルソサエティ国際エンサイクロペディアの「日本の市民社会とソーシャルキャピタル」の大項目を執筆した。順調にいけば今年中に出版される。あっさり引き受けたが,結局,90年前後から現在にいたる文献を再読し,関連統計をすべて最新にし,数十のファイルを再検討し,何人かの若手の手を煩わせ,大騒ぎの後英文四千語余りの小品となった。収穫はあった。自分の中で曖昧であった日本の市民社会の「曲がり角」に確信を持つことになった。96年以後十年で総団体財政は3割減で80年初頭水準に,市民の参加も「どれにも不参加」が二割から四割近くへ急増した。特に所謂,利益集団組の退潮が著しく自民政治の基礎は空洞化している。他方で量は4万に迫るNPOを支える政策措置は整わない。メディアポピュリズムの背景である。(辻中豊)


 今回はこの場を宣伝に使わせていただきます。
 去年の初めからかかりきりだった行政学の教科書,ようやく校正の段階に入りました。
 共著の行政学の教科書はかなりあり,高い質を維持していると思いますが,単著のそれの数はほんのわずかです。西尾勝著『行政学』と村松岐夫著『行政学教科書』が代表作というところでしょうか。いずれも私自身,大いに勉強させていただいた優れた教科書であると思います。ただ,前者は制度記述に,後者は実態分析に力点があります。もう少しバランスのとれた教科書はできないものかと長年考えてきました。
 3月末には店頭に並ぶように努力しています。かなり分厚いものになってしまい,執筆後の作業もなかなか大変です。  厳しい批判がまってるような気もしますが,無視されるよりはいいだろうとも考えています。(真渕勝)



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◆43号 特集 2001年中央省庁再編の効果(10月15日発行)


〔特集の狙い〕2001年中央省庁再編の効果
(文責 真渕 勝)
 2001年1月,中央省庁等改革基本法が施行された。それから7年がたつ。現時点で,どのような効果を発揮しているのであろうか。  改革のなかには,手品のようなものが少なからずある。手品には,当然,種も仕掛けもある。たとえば,特別会計の整理という改革をみていこう。
 特別会計の数は,2007年度に28あったが,2008年度に21となった。7つ減少したわけである。その理由の一つは,公共事業関連の5つの特別会計,すなわち都市開発資金融通特別会計,治水特別会計,道路整備特別会計,港湾整備特別会計および空港整備特別会計が統合されて,社会資本整備事業特別会計に一本化されたからである。これだけで4つ減少したことになる。
 この改革を,所管する国土交通省は,「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律を踏まえ」た上での改革であると説明している。しかし,その内実をみれば,新しい会計の中に,旧5会計がそのまま「勘定」という名称で引き継がれただけのことである。従来と同じく,それぞれの勘定の歳入。歳出は相互に独立して管理されている。つまり,実態はまったく変わっていないのである。
 しかも,その中身は決してわかりやすいとはいえない。歳入では,一般会計からの繰入れ,地方自治体の負担金,各種受益者の負担金,そして特定財源からの収入など様々であり,歳出でも,国土交通省による直轄事業,地方自治体への貸付,外郭団体(特殊法人や独立行政法人)への貸付等,多様である。これでは,複雑でわかりにくいと言われる特別会計の改革にはまったくなっていない。
 これなどは,官僚の得意な手品としては初歩的なものであろう。  本特集の狙いは,中央省庁等改革基本法に基づいて行われた改革の仕掛けを見抜き,その実際の効果を明らかにすることである。



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<特集>2001年省庁再編の効果 目次
<特集論文>
日本における中央省庁再編の効果 真渕 勝
 ―融合か?混合か?―
官邸主導の成立と継続 待鳥聡史
 ―首相動静データからの検討―
特殊法人改革の虚実 松並 潤
<投稿論文>
分割投票の分析 今井亮佑
 ―候補者要因,バッファー。プレイ,戦略的投票―
信任的法案。解散総選挙。内閣総辞職 福元健太郎
 ―不完備情報動学ゲームによる政局モデル―
<研究ノート>
現代ベーシック。インカム論の系譜とドイツ政治 小野 一
<書評>
水崎節文・森裕城著『総選挙の得票分析:1958-2005』木鐸社,2007年 飯田 健
元田結花著『知的実践としての開発援助:アジェンダの興亡を超えて』東京大学出版会,2007年 加藤浩三
池田謙一著『政治のリアリティと社会心理平成―小泉政治のダイナミックス』木鐸社,2007年 谷口尚子
近藤潤三著『移民国としてのドイツ―社会統合と平行社会のゆくえ』木鐸社,2007年 平島健司
解題:争点投票における近接性モデルと方向性モデルをめぐる論争 田中愛治
谷口尚子『現代日本の投票行動』慶應義塾大学出版会,2005年 福元健太郎
福元氏の書評に対するコメント 谷口尚子
平野 浩著『変容する日本の社会と投票行動』木鐸社,2007年 名取良太
石黒馨『入門。国際政治経済の分析』勁草書房,2007年 山本 元


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」(43号)
<43号編集後記>
「これで君ももう脳科学者だね。」イェールの脳科学者に言われ「実験できない けれど」と答えたら,私のMRI政治学実験ドラフトと参照した脳科学論文を軽く たたきながら「読んだり書いたりして結果を解釈。議論する方が本当の仕事さ」 と言う。脳科学者もラボを持つとそれで忙しくて実際の実験は学生やポスドクに 任せきりになると言う。政治学から脳科学に入った私は残念ながら実験を実際に 学ぶ時間がなかった。これからと楽しみにしていたら,早々と学生にも「先生の 操作するMRIには絶対入りませんからね」と宣言され,ついに実験できない脳科 学者の誕生かと自嘲している。実験。解析は大学院生に,解析の精査。脳内活動 の解釈は脳科学者に全面的に頼ったが,行動と脳活動の関係の解釈。議論とWeb of Scienceでの脳科学論文渉猟は,社会科学の要領で全く問題がなく,私の 担当となった。成長分野かもしれない。次号は脳科学特集である。(加藤淳子)


 昨年秋から衆参ねじれ国会となっている。一年以内に実施される総選挙で,野党が勝利すれば,ねじれは解消するが,そうでない限り,当分続く。今年の通常国会では,思うように国会運営ができない政府。与党には,相当フラストレーションが高まった。日銀正副総裁の同意人事では,参議院をコントロールする野党の意向次第となり,政府は振り回された。政府が新規提出した八〇件の法案のうち,衆議院を通過した六件が,参議院で審議が進まず,みなし否決されて,衆議院で再可決された。しかし,他方で,五七件は,与野党がともに賛成して成立した。政府がどうしても原案通りに成立させたいものは,再可決され,そうでないものは,与野党合意によって成立した。ねじれ国会はこのように「動いた」。(川人貞史)


「市民社会」調査を日本全体からウズベキスタンまで11カ国(17調査5万団体以上) について11年行い続けていると常に,何が被説明変数,議論かを問われ,またその社 会的効用を問い詰められる。それはたいてい外部,他分野専門家,外国人研究者や審 査員であったりすることが多い。もともと日本の民主主義への比較「好奇心」で始め たものも,最近は「日本の小政府,大赤字を説明する」とか大目的を掲げて,その答 えは市民社会の構造と質にあると述べたりする。それが高じて今年の公共政策学会で は多くの財政,経済,政治経済のプロを交えて議論をすることができ,本人も再び 『日本の政治』の書き直しを迫られる。外部評価は面倒だが,日本や世界全体の問題 と自分のテーマを関係づけ,何らかの答えを強制されること自体は悪くないのかもし れない。(辻中豊)


 今回は依頼原稿の進め方で行き違いがあり,勉強する機会をえた。  私から電話で執筆を依頼し,快諾を得た。その後,締め切りの一ヶ月以上前に進行 状況を伺うメールを書いた。しかし,私のメールに対して「依頼を受けた後,何の連 絡もないので,あの企画は没になったと思い,何も書いてない」という返事があっ た。その後,何度かメールを入れたがお返事はいただけなかった。  本誌のように,研究者が編集を進めている場合,通常の商業雑誌ほどには,丹 念に催促をするわけではないことは確かである。信頼関係で進めていると甘えている ところがあるからかもしれない。  私の認識では,研究者仲間として依頼したが,先方の認識はそうではなかったよう である。若くても「大家」はいるものだということを,肝に銘じなければならないのかもし れない。M氏からはこのことを学んだ。(真渕 勝)



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◆42号 特集 ポピュリズムの比較研究に向けて(4月15日発行)

〔特集の狙い〕ポピュリズムの比較研究に向けて
(文責 大嶽秀夫)
 2001年春の小泉。眞紀子旋風と2005年郵政選挙での小泉圧勝によって,日本の政治や政治学において,ポピュリズムの語がにわかに流行し始めた。ほぼ同時期に,韓国,台湾,タイなどでも,新政権の特徴を指摘する概念としてポピュリズムの用語が使われた。また若干溯って,レーガン,ペロー,ブッシュJr,あるいはエリツィンについても,そのポピュリスト的手法が指摘された。(なおプーチンは,ポピュラーではあるが,ポピュリストではない,というのが本号の執筆者,下斗米の見解である。)このように,近年の政治現象を指す言葉として,ポピュリズムの語が復活した。これらの例をみると今日の政治学では,ポピュリズムはトップ。リーダーないしその候補者の政治戦略,すなわち政党や議会を迂回して,有権者に直接訴えかける政治手法going publicの意味で主として使われていることが分かる。
 現在のポピュリズム政治の流行は,ソ連の崩壊,西側の社会主義運動の解体による左右対立の急速な消滅とほぼ時を同じくしている。そしてその対立軸に代わるものとして,エリート対「大衆people」という対立図式が世界各国で(再)登場したものとみることができる。娯楽性を増したテレビの政治報道に依拠しながら,である。日本,韓国,台湾,アルゼンチン,米国,ロシアなど,本号で取り上げた国々においては,中心的争点は基本的に,政治腐敗に対処すべき「政治改革」であり,強まる政治不信。政党不信,政府(官僚)不信を背景に「アウトサイダー」政治家が人気を博するポピュリズム政治が登場している。この時期のポピュリズムは,ネオリベラリズムの登場と時を同じくしており,両者のイデオロギーには共鳴する部分が多い。しばしば「ネオリベラル。ポピュリズム」と呼ばれるのはそのためである。ロッキード事件後の新自由クラブの登場で始まり,小泉純一郎首相(石原慎太郎東京都知事)に至るまで,断続的にポピュリストの「パルス」をみた日本政治は,その典型的な一例といってよい。

 振り返ってみると,ポピュリズムは,政治学および歴史学の分野における学術用語としては,19世紀末ロシアのナロードニキ,19世紀末から20世紀初頭にかけての米国の農民運動,そして1930年代から50年代にかけての南米諸国(とりわけメキシコ,ブラジル,アルゼンチン)の大衆動員型政権という,三つの相互に全く異質な政治現象を指す言葉として用いられてきた。これらを古典的ポピュリズムという。
 その後,第二次大戦後の発展途上国について,ポピュリストのラベリングが,明確な定義付けもなく,広く用いられるようになった。ナセル,ガンジー,毛沢東などがその例である。これに対し,先進諸国では「イデオロギーの終焉」とともに,ポピュリズムも,ファシズム同様,既に過去のものとなった観があった。ところが「ネオ。ポピュリズム」と呼ばれる急進的右翼政党が,1980年代,まずフランスで(ルペンの国民戦線),ついでオーストリアで(ハイダーの自由党)登場した。多くの場合,共産党の衰退にあわせて,それとの交替を告げるように,である。さらに1990年代には,急進的ポピュリズム運動の波は,西欧各国から,ポスト。コミュニズムの東欧諸国にも広がった。加えて,左翼の側でもよく似たレトリックを用いる過激な運動が,フランスなどで(反クローバリズム,反WTOを掲げて)農民運動を指導したジョゼ。ボヴェを代表に登場した。これら極右,極左の運動は多かれ少なかれ代議制民主主義に対する不満を表明し,直接民主主義の「復活」を目指す。制度。レジームとしの民主主義に対抗して運動としての民主主義を掲げているという意味で,ラディカルである。権威主義への傾斜の危険を内包してもいる1970年代後半に米国で,カリフォルニアから始まった反税運動も同じ系列に属する(下からの)ポピュリズムである。
 こういった事情から,ポピュリズムの語は,極めて多様な政治現象を表現することとなり,概念上の混乱が著しい。しかし,次の三つのレベルに大別することが可能である。すなわち,@政治体制regime(ラテンアメリカの政治システム)A政治戦略(現代の多くのポピュリスト指導者たちの政治手法),B政治運動(ヨーロッパの急進主義運動)がそれである。そして,これらの異なるレベルに共通するのは,ポピュリスト。イデオロギーであるというのが,筆者の理解である。
 ポピュリズム。イデオロギーの内容が何であるかについては,本号の大嶽論文の検討に譲るが,かなり明確な価値体系,イデオロギー体系を共通してもつことは否定できないように思われる。ポピュリズムはイデオロギーを欠いているとしばしば指摘されるが,欠けているのは政策上の体系的プログラムである。社会主義,ネオリベラリズムあるいはファシズムなどと比較した場合,それ自体としては,政策的なオリエンテーションを持たない。それ故,社会主義とも,ネオリベラリズムとも,人種差別主義とも結合しうるのである。前述の「ネオリベラル。ポピュリズム」はその一つである。

 本号では,21世紀の今後においても一つの重要なタイプとなるであろう,以上のような政治指導を比較政治学的観点から,考察してみたい。  ところで政治理論としてみた場合には,先の@の体制論としてのポピュリズムは,ラテンアメリカのケースが典型であるが,体制論,国家論という観点から,ポピュリズム政治と社会,経済との総体的関係についての認識が議論の対象となって,深く豊かな理論的蓄積を行ってきた歴史がある。多くの場合,マルクス主義ないしはマルクス主義的認識と結びつきながらである。この場合,ポピュリズムという認識枠組みは,単にモデル。パターンの提示(すなわちパターン認識)にとどまらず,(歴史的)因果関係についての理論,ないしは(ポピュリズム国家のもつ)機能についての理論命題を同時に含むものであった。理論的水準が高いのである。
 他方,A,Bの政治戦略ないし運動としてのポピュリズムという認識枠組みは,しばしば社会心理学や大衆社会論,あるいは階級論などの理論を含むが,未だ充分に理論化されてきているとは言い難い。
 本号の大部分の論文は,そうした理論構築を目指す第一歩と位置づけられるもので,分析的というよりは,記述的なものにとどまっている。急速に展開する現代政治を,いわば生ものとして扱う「ウォッチャー」としての政治学者の一つのスタンスを表現していると言えなくもない。これらを素材に,理論的考察を比較政治の場で展開することが,われわれの今後の課題である。


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<特集>ポピュリズムの比較研究に向けて 目次
<特集論文>
ポピュリスト石原都知事の大学改革 大嶽秀夫
 東京都立大学から首都大学東京へ
ポピュリズムの中の「歴史認識」問題 木村 幹
 日韓の事例を中心に
台湾の民主政治とポピュリズム 松本充豊
 李登輝と陳水扁の政治戦略の比較
アルゼンチンにおける「制度化されたポピュリズムの形成?」 篠ア英樹
 メネム政権における政権党内の中央地方関係からの再考
アメリカ政治のポピュリズム 五十嵐武士
ロシア下院議員選挙とプーチン政治体制の変容 下斗米伸夫
<書評>
秋吉貴雄著『公共政策の変容と政策科学:
 日米航空輸送産業における二つの規制改革』有斐閣,2007年
秋月謙吾
服部龍二著『幣原喜重郎と二十世紀の日本−外交と民主主義』有斐閣,2006年 井上寿一
竹中治堅著『首相支配−日本政治の変貌』中公新書,2006年
内山融著『小泉政権−「パトスの首相」は何を変えたのか』中公新書,2007年
大嶽秀夫著『小泉純一郎 ポピュリズムの研究−その戦略と手法』
 東洋経済新報社,2006年
飯尾潤著『日本の統治構造−官僚内閣制から議院内閣制へ』中公新書,2007年
高安健将
境家史郎著『政治的情報と選挙過程』木鐸社,2006年 日野愛郎
川人貞史著『日本の国会制度と政党政治』東京大学出版会,2005年 毛利 透


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」42号
<42号編集後記>
 社会科学の空間モデルはまず全てユークリッド距離を使うが,認知科学ではミン コウスキー距離(つまり他の空間)も考える。それを知ったのがきっかけでここ 1年ほど,政治的立場の相違の認知の幾何学モデルに取り組んできた。幸運にも プログラミングと大量のデータ分析を引き受けてくれる大学院生を共同研究者に して面白い結果が得られたが,今度は理解してくれる人がいない。ところが,昨 秋から大学間交流プログラムをスタートさせるために来たイェール大学の認知科 学者は初対面にもかかわらず学会発表レジュメを見ただけで興味を持ってくれ た。その上,二大学交流のための社会科学。認知科学の学際的シンポジウムの開 催にも協力してくれ,晴れて暗中模索から始まった研究が日の目を見ることにな った。新しいことに取り組むのはリスクが高いが他では味わえない楽しみがある。 (加藤淳子)


 2007年5月にミシガン大学客員教授の任期を終えて帰国し,仙台に戻ってから, 個人的な事情に忙殺された。本務校の教育負担を帰国後の半年ですべてこなさなけれ ばならなかったこともあって,忙しい日々を過ごした。ふとなつかしく思い出すのは, アナーバーで数多くの研究会に出席し,報告から受けたさまざまな知的刺激であり, また,新しいアイディアをはぐくむときの興奮である。昨年夏の参院選の自民党の惨 を受けて,秋の安倍晋三首相が辞任した頃から新たな刺激を受けて元気が出た。福田 康夫首相の登場と衆参ねじれ国会など日本の政治が激しく動き始めたことで,研究 として,いろいろと考えをめぐらすことが,楽しい。幸いに時間の余裕が出てきたの で,自分の研究体制を整えて,新しいテーマに取り組まなければと,考えている。 (川人貞史)


 調査ばかり,と思われているので最近の趣味について。通史を読むことである。古書の60年代中央公 論社版『日本の歴史』『世界の歴史』,最近の『世界の歴史』『日本の近代』,さらに講談社版『日 本の歴史』など何でも寝転んで(新旧岩波講座は不適)読めるものを読む。長いスパンで体制や文化 を考え,現代を構成する史実へ接近し,外国人に判る日本政治を教えるため…とは建前で,実はゆ っくり眠るためである。副産物ではあるが,これまで少数の日本人だけでなく韓国数名,パキスタン ,バングラデシュ,カナダ,エチオピア等の学生に博士号を修得させ,デンマーク,ドイツ,アメリ カ,エストニア,ポーランド,中国(急増中),タイ,ロシア,イギリス,カザフスタン等の学生に 比較日本政治をなんとか指導したし,今もしている。しかしいい院生用テキストが必要!(辻中豊)


 いくつかのプロジェクトの進行管理と執筆に明け暮れています。 @90年代末以 降の政策決定過程の事例研究を協力者に依頼して1ダースほど集めました。某出版 社から『政界再編時の政策過程』という表題で出版されますので,どうそよろしくお 願いします。A官僚調査,真渕は,ここ数年「吏員型」官僚という概念を,学問的に は提唱していましたが,「調整型」官僚の復活もあり,日本の現実政治という観点か らは,少し安心しつつあります。B平成の市町村合併の効果を測定する研究,実態調 査の段階に入りつつあります。Cレバィアサン初代編集委員の村松先生が,2年後に 古希を迎えられます。年が改まって,少しずつ準備に入っています。D乾坤一擲,教 科書『行政学』の執筆に本腰を入れ始めました。以上,まだ病み上がりなので,様子 をみながら作業してます。(真渕 勝)



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◆41号 特集 現代日本社会と政治参加(10月15日発行)

〔特集の狙い〕現代日本社会と政治参加
(文責 加藤淳子)
 制度から民主主義を考える一方で,その制度を成立させる素地としての市民社会について,政治文化や政治参加という観点から分析を行うことは,政治学の伝統的なアプローチである。そこで分析の対象となるのは,制度と対置される個人であった。その個人間の関係に何らかの法則性や意味を見いだし,民主主義の基盤としての市民社会という観点から,必ずしも政治に関わらない組織や団体の実証分析に道を開いたのがパットナムであり,冒頭二論文は,この立場に立って,日本の市民社会の形成。変化と現状の実証分析に主眼を置いている。

 巻頭の辻中他論文は,政府でなく,営利企業でなく,私的な親密集団でない,自治会,社会団体,NPOを,政治社会のガバナンスを支える市民社会の担い手として捉え,それらを対象に調査を行い,実証分析のための公共財としてのデータを提供するとともに,基本的な分析を行うことにより,仮説の検証のみならず,今後の調査の方向性も探るという目的を持ったものである。市民社会の研究は,実証を重視し,いかにその実現を図って行くかに,今後の研究の成果がかかっているのである。現在の市民社会が過去のそれとつながり経路依存性を持つ以上,現時点における現象の理解に歴史分析は不可欠である。調査やデータの蓄積は過去にさかのぼって行うことはできない一方で,データや資料が欠落,不足しているという理由で歴史分析を避けることはできない。

 鹿毛論文は,この問題を,代替的データを収集し,それらの分析によって検証可能な仮説を立てることによって解決する。データを発掘し収集する地道な方法を提唱しつつ,定量的分析に定性的分析も加え,仮説を検証して行くという提案は傾聴に値する。

 こうした市民社会の観点の重要性は論を俟たないが,他方で,民主主義における,最も基本的かつ効率的な政治参加が,選挙によって担われている事実は変わらない。選挙においては,代表する側の政治家がどのような代替的選択肢を提供するかによって,投票を通じての有権者の選択,すなわち,政治参加のあり方も変わる。
 濱本論文は選挙制度改革前後の議員の政策選好を比較し,有権者の選択の前提条件を明らかにする。
 遠藤論文は,選挙運動と言う直接的手段によって投票参加が促されることを示し,政治参加を考える上での選挙の重要性を改めて示唆する。


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<特集>現代日本の市民社会と政治参加 目次
<特集論文>
日本の市民社会構造と政治参加 辻中豊。崔宰栄。山本英弘。三輪博樹。大友貴史
 自治会,社会団体,NPOの全体像とその政治関与
日本における団体参加の歴史的推移 鹿毛利枝子
 第二次世界大戦のインパクト
選挙制度改革と自民党議員の政策選好 濱本真輔
 政策決定過程変容の背景
選挙運動と投票参加 遠藤奈加
 選挙運動媒体が投票率と地域の得票構造に及ぼす影響
<研究ノート>
行政的分権から政治的自律へ 川橋郁子
 スコットランド,ウェールズにおける分権要求の比較分析
<書評>
月村太郎著『ユーゴ内戦―政治リーダーと民族主義』東京大学出版会,2006年 伊東孝之
大森彌著『(行政学叢書4)官のシステム』東京大学出版会,2006年 稲継裕昭
新川敏光著『日本型福祉レジームの発展と変容』ミネルヴァ書房,2005年 江口匡太
中島信吾著『戦後日本の防衛政策―「吉田路線」をめぐる
 政治。外交。軍事』慶応義塾大学出版会,2006年
坂元一哉
阪口功著『地球環境ガバナンスとレジームの発展プロセス―ワシントン条約とNGO。国家』国際書院,2006年 信夫隆司
黒崎輝著『核兵器と日米関係―アメリカの核不拡散外交と
 日本の選択1960-1976』有志舎,2006年
柴山 太
山本吉宣著『「帝国」の国際政治学―冷戦後の国際システムとアメリカ』東信堂,2006年 田所昌幸
若月秀和著『全方位外交の時代』日本経済評論社,2006年 渡辺昭夫


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」41号


<41号編集後記>
 データ検索が非常に便利になったのは最近の現象で,新聞記事検索でも以前はそれのみに頼るのは危険だった。再分配政策決定過程で修士論文を書いた1980年代後半,私は図書館から生協まで100メートルほどの距離を何度も往復して四紙5〜6年分の縮刷版を一度に4,5冊よろよろしながら運び必要な紙面の拡大コピーをした。最近,修士論文を書く学生に重要な部分のみでも新聞の縮刷版を見ることを勧めた。縦横無尽にデータ検索ができるはずの彼の「記事が紙面のどこにどの位に扱われているかが一目瞭然でとても有益だった」という報告は興味深かった。私の苦労も筋トレ(?)以外の意味もあったようだ。データ検索から得る情報,紙媒体からの情報,人から得る情報,全て異なる。便利さに流されることなく的確に情報を処理することにも研究者の力量は問われよう。(加藤淳子)


 2006年秋から8ヶ月間ミシガン大学日本研究センターの客員教授をつとめた。これまで客員研究員としてアメリカの大学にお世話になるばかりだったから,ささやかなお返しである。もっとも,このポストは教育負担が軽く,むしろ,研究と待遇の特権の方が大きかった。以前の滞米時もオフィスなどよい待遇は受けてきたが,それにもまして,今回は大学が提供してくれたリソースを活用することができ,ファカルティの研究者にとってすばらしい環境が整備されていることに感心した。  授業の方は,関心はあるが知識のない学生たちにアサインメントを読ませ,あれこれと説明し,また質問を投げかけて考えさせると,懸命に勉強してくれた。すべての学生のモラルが高いわけでなく,また,内容のレベル設定には気をつける必要があったが,日本の学生たちとは違う勉学態度が印象的だった。(川人貞史)


 本文にあるように2006-07年にかけて,日本全国の市民社会組織,自治会の1割,電話帳所収団体と登 録NPOの全数,合計15万近くの団体調査を行った(回答は全部で4万弱)。調査会社に委託するのでは なく大学でほとんどの作業工程を行い,一部定型化した作業のみ委託したため,研究室はいつも数名 の研究者や大学院生でごった返す調査工場の様相を呈した。調査自体が設計や実施作業が大変な上に ,大学との作業方法や契約の打ち合わせ,仕様書。報告書作成,内部監査,会計監査,中間報告ヒア リング,現地調査などありとあらゆる「難儀」が降りかかり,大規模調査を推進する楽しさと苦しさ が膚身でわかる毎日を過ごした。公的資金の目的的使用は当然であるが,悪しき意味で官僚制的な不 必要文書や手続きがいかに多いか,しかもそれが事件の起こる度に日々増えていることも痛感する。(辻中 豊)


 道州制論が盛んである。地方分権の受け皿として必要というのであれば,道州制の導 入にとくに反対する理由はない。問題は府県の扱いである。たとえば第28次地方制 度調査会は「広域自治体として,現在の都道府県に代えて道州を置く」と述べてい る。この結論の根底には,平成の大合併による市町村の行財政能力の向上に対する高 い評価がある。だが,合併によって市町村の能力はどの程度まで高まったのだろう か。合併した市町村の人口規模は,実は,人口10万未満の市町村が76%をも占め ている。しかも,2万人台がもっとも多い。この程度の規模の市町村に府県の権限の どれだけを移譲できるというのだろうか。府県を廃止するという主張は,平成の大合 併の効果を過剰評価している。やはりデータは重要である。(真渕 勝)



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◆40号 20周年記念号増頁 政治分析。日本政治研究におけるアプローチのフロンティア(4月15日発行)

〔特集の狙い〕政治分析。日本政治研究におけるアプローチのフロンティア
(文責 辻中 豊)
 1987年秋に創刊した『レヴァイアサン』は本号で創刊20周年40号を迎えた。  創刊号の発刊趣旨において,本誌は,「評論的,印象主義的に日本政治を扱う」それまでの日本の政治学が「実践的関心のゆえに」「通説的見解」を繰り返してきたそのあり方を批判しつつ,「政治的含意にとらわれない自由な解釈の呈示」「方法的な自覚にもとづく多様な分析手法」の導入を謳いあげた。また同様に「日本政治を特殊日本的枠組みで解釈しようとする」従来の「鎖国主義的,孤立主義的傾向」からの脱却を訴え,「普遍主義的な比較政治学の可能性を開」き,諸外国の研究者との積極的な「共同研究や研究会議」を持ちつつ,「分析に柔軟な試行錯誤性を導入し,かつ議論を人格的対立抜きに行うことを可能」することを主張した。

 この20年の日本政治と政治学をめぐる変化は著しい。バブル景気へと続く経済拡張期に保守政権が一党支配を謳歌した中曽根政権期に出発した本誌も,90年前後の冷戦以後,社会主義以後への混迷の90年代の連合政権期を経て,21世紀に入り構造改革を謳い5年の長期政権を担った小泉政権へ(さらに憲法改正を掲げる安倍政権へ),また9.11と第二次イラク戦争後へという,激変した内外の政治環境に直面している。

 こうした政治環境の激変は,政治的決定の意義の重大化を伴うものであり,現代政治分析,日本政治分析の意義を飛躍的に高めるものであった。そうした政治分析の重大化は,政治学の学界環境の変動を導き,既存学会以外に日本公共政策学会,比較政治学会,NPO学会,など新しい学会組織が90年代後半以降に設立され,またJapanese Journal of Political Science (2000〜)や『日本政治研究』(2004〜)などが続いて発刊されたことにもそれを見て取ることができる。

 レヴァイアサンの狙いとした実証的,経験的な日本研究を中心とした現代政治分析は着実な広がりをみせ,日本の政治学界を大きく変容させた。本誌の書評に紹介,検討される経験的な研究モノグラフの蓄積を見ればそのことが了解されるであろう。現代の政治分析において実証的な根拠の希薄な印象主義的研究はほぼ姿を消したといえよう。

 率直に現代日本政治を分析する政治学界の状況を眺望してみた場合,そこに問題点がないわけではない。端的にいえば,意味のある政治のリアリティに焦点をあて,それを弛まず経験的に分析する実証的で説得的な論文やモノグラフ自体は,私たちの期待するほどにはそう数多く生産されているわけではないという点ではないだろうか。

 いうまでもなくこうしたことの背景には,これまでとあまり変わらない政治学者や政治学界が有している制度遺産があるだろう。いわば経路依存的に,「講座」「コース」「講義科目」によって,政治学が中心でない法学部。大学院のなかで,経験的でも実証的でもない研究者が相変わらず再生産される実態も残存する。90年代以降数多く生まれた国際系や公共政策系の学部や大学院において政治学専門に近い研究環境が生まれたとしても,欧米系の理論モデル志向の強さや理論や技法中心的ないわば頭でっかちの研究志向が続いているという側面も考えられる。

 他方でこの10年の期間には,本誌の願った経験的研究の蓄積によって,かなりの本格的で良質なテキストが登場し,それはこうした問題点を克服する一歩であっただろう。しかし,もう一歩進めて若い研究者や大学院生に現代政治分析にチャレンジする,多様な接近法が存在することを積極的にアピールし,議論することこそが必要ではないだろうか。

 20周年を記念する本特集においては,それゆえ,意味ある政治的現実を分析する若い研究者にむけて,必要なリアリティ接近(アプローチ)方法を特集した。紙幅に制約があるため,計量的,数理的,制度的,歴史的,社会学的といった方法論論文そのものではなく,各研究者が考えるアプローチの多様な手法を紹介,検討するとともに,その魅力をアピールしてもらうこととした。その際,執筆要領として次の3点を挙げた。
1)自分の主要な業績に即して(その事例や分析例などを引証,引用するなど),記述する。
2)データや資料収集の困難さやその意義,理論と実証の関連付け,操作化の困難さやその意義なども,できるだけ記述する。
3)学術小論文であるが,若い世代への伝達が容易な論理構成,文体に心がけ,計量的,数理的,また制度的,歴史的,社会学的といった方法論論文そのものではなく,各研究者が考える,現実に切り込むアプローチの多様な手法を紹介,検討するとともに,その魅力をアピールする。
 以下の諸論文がこれまでのレヴァイアサンの論文とはやや異なったタッチ,個性的なものに仕上がっているとすれば,それはこの要領のせいである。  これまで,レヴァイアサンにおいて,常に「方法の意識化」が強調されてきたとはいえ,方法論自体が特集された例は多くはない。 本記念号の執筆は,4名の第一世代の本誌編集同人に加えて,多くの今後の政治分析を担う第一線の研究者にお願いし,アプローチそのものの多面的な百家争鳴を企画した。それゆえ,特集タイトルを「政治分析。日本政治研究におけるアプローチのフロンティア」とした次第である。




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<特集> 政治分析。日本政治研究におけるアプローチのフロンティア 目次
〔第一世代〕
研究の戦略 村松岐夫
 ―高根正昭『創造の方法学』を読みながら
日本政治と政治学の転換点としての1975年 大嶽秀夫
 ―「レヴァイアサンたち」の30年
アジアの政治文化の比較 猪口 孝
政治学とニューロ。サイエンス 蒲島郁夫
井手弘子
〔歴史〕
国際秩序論と近代日本研究 酒井哲哉
政治史研究と現代政治分析 松浦正孝
 ―拙著『財界の政治経済史』をめぐって
外交史と現代政治分析 細谷雄一
〔比較〕
地域研究と現代政治分析の間 大西 裕
現代アメリカ政治研究は何を目指すべきなのか 待鳥聡史
 ―1つの試論
海外における現代日本政治研究 堀内勇作
「比較選挙」研究のすすめ 西澤由隆
〔アクター〕
議員行動における因果的推論をめぐって 建林正彦
官僚。自治体の経験的分析 稲継裕昭
地方政治。政策分析 伊藤修一郎
中央地方関係の理論的分析へのいざない 北村 亘
市民社会の集団。組織分析 鹿毛利枝子
〔選挙。政治参加〕
選挙制度の合理的選択論と実証分析 鈴木基史
政治参加研究における計量的アプローチとフィールドワーク 山田真裕
選挙と政党に関するデータの作成について 品田 裕
選挙過程の実態把握を目的とする研究について 森 裕城
〔方法論〕
ゲーム理論に関心のあるあなたに 曽我謙悟
 ―使い手になるための三つのステップ
日本における政治学方法論へ向けて 福元健太郎
政治学が学際研究から得るもの 谷口尚子
事例分析という方法 内山 融
日本政治研究におけるアプローチのアプローチ 谷口将紀
〔方法的研究例〕
法化理論と日本の通商外交 飯田敬輔
 ―理論と実際の接点を求めて
議会研究 増山幹高
 ―権力の集中と分散
計量政治学における因果的推論 今井耕介
<独立論文>
「対米協調」/「対米自主」外交論再考 保城広至
<研究ノート>
不均一な選挙制度における空間競争モデル 上神貴佳
清水大昌
<書評>
竹中治堅『首相支配:日本政治の変貌』
中公新書,2006年
伊藤光利
伊藤修一郎『自治体発の政策革新』
木鐸社,2006年
北山俊哉
浅野正彦『市民社会における制度改革
 ―選挙制度と候補者リクルート』
丹羽 功
 慶應義塾大学出版会,2006年
本誌で稲継裕昭氏のお名前が裕明と間違っています。お詫びして訂正いたします


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」40号


<40号編集後記>
 ひょんなきっかけから,政治的立場の違いの認識について分析を始めた。対象 の相違を距離で表す人間の認知に関しては1970年代から90年代初頭まで 心理学の分野で盛んに研究されたが,被験者に明度。彩度。色相を変えた色紙 や形や向きを変えた図形といった対象間の相違をスケーリングさせた実験デー タの分析が中心であった。
 政治学では,イデオロギー距離という概念に見られ るように政治的立場―たとえば政党の政策的立場や相違を距離として表すこ とは珍しいことではない。視覚に関わる相違に焦点をあてた認知心理学の研究 に対して,こちらは意味を持つ知的な認識による相違である。全く新しい分野 で,分野の異なる研究者と共同し荒野を歩いているような状態ではあるが,面 白くてやめられなくなってしまった。何とか成果をあげられよう祈るばかりで ある。(加藤淳子)


 著書。論文の本文を読む前に,参考文献や引用文献を見ることが多い。その研究がどのような射程をもつかを知るうえで役に立つからである。引用文献は,著者の主張を補強するもの,記述の典拠となるもの,あるいは,批判の対象かもしれないし,関連する問題を扱った研究への言及かもしれない。いずれにせよ,著者の行論と何らかの形で関連しており,読者にとって参考になる。もっとも,あまりに多すぎると,逆に読者を煙に巻くことにもなりかねないが。
 こんなことを書いたのは,最近,いくつかの本や論文で当然引用されていい文献が引用されていなかったり,引用されていても,典拠として適切に扱われていなかったりしているのを見つけたからである。引用の不備は,たぶん著者の研究の力量を反映しており,そしてまた,著者のマナーも問われかねない。自戒もこめて。(川人貞史)


 20周年記念号編集は,編集。書評委員合同会議に助けられ,30名近くの執筆者の9割以上が締め切りに間にあうしかも読みやすくためになる原稿を(しかし分量「遵守度」には正に執筆者の個性が見られるものの,。。これは皆さん検証可能です)提出するという政治学的には異例の「集合行為」が見られました。これも皆,第一世代からの歴史的遺産であると感謝するとともに,20年の歴史が正に生きていることをよい意味で実感した次第です。
 冬休みは,容易に年越せず冬仕事になるのは毎年のことながら,今年は某著名大学の外部審査評価書を書く(これは締め切りを「過ぎて」おりました)という宿題もあり,楽しく充実した毎日でした。因みに審査とは審査されることなり,というのが偽らざる感想で,振り返って我が身の学問を今年は形にせねばと痛感しました。(辻中豊)


 この2年半,病気で臥せっていました。そのために,レヴァイアサンの編集だけでな く多くの仕事で,みなさんに多大なご迷惑をおかけしてしまいました。昨年の秋頃か らようやく回復に向かい,現在は,体調と相談しながら少しずつ仕事を再開している 状況です。
 とはいえ,この2年半,原稿執筆に明け暮れていた元気な頃に比べるとぼんやりと している時間が増え,テレビなど見て時事的な問題について考える機会がずいぶんと 増えました。こうした時事的な関心が原稿執筆やレヴァイアサンの編集にダイレクト に影響することはないかと思いますが,まったく影響がないともいいきれません。科 学的政治分析と政治評論の関係を真正面から考えることになるかもしれません。私自 身,どうなるか,楽しみにしています。(真渕勝)


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◆39号 2005年総選挙をめぐる政治変化(10月15日刊行)


〔特集の狙い〕2005年総選挙をめぐる政治変化
(文責 加藤淳子)
 実証政治学において,その対象となる出来事や行動を分析する際,それらが分析者と同時代に存在している場合と既に過去のものとなってしまった場合には,異なる問題が生じる。過去の対象を分析する際には,情報や資料を新たに直接得ることができないことが大きな障壁になる一方で,分析者が,その現実を生きていないという意味で,対象と距離を置くことが可能である。他方で,同時代の対象を分析する際には,新たな情報やデータを直接取得することが可能である一方,その時代の考え方や観点,支配的見方等に影響を受けやすくなることは避けられない。そしてこのような困難があるからこそ,人口に膾炙しやすい解釈を再検証することや,特に説明を要しないと暗黙に前提されてきた出来事に新しい意味を見つけることが,分析者としての政治学者の役割となるのである。

 2005年の総選挙における自民党の予想外の大勝は,小泉政権下の日本の政治の帰結として,いわゆる「小泉政治」の意味を象徴しているものと考えられている。小泉首相は,従来の自民党の総裁/首相と異なり,党内の支持やリーダーとの連携を拒否し,党内序列を無視した抜擢人事を行い,有権者からの直接支持を勝ち取ることにより,自民党内の不満を抑え政権を維持して来た。この小泉政権或いは小泉政権下の自民党に対する支持は,小泉首相や彼を支える改革支持勢力を「好ましい」と思う有権者の感情や情緒に依存しており,実際の改革の成果や政治に対する理解によらないといった見方がされてきた。2005年の総選挙に至る過程における小泉首相の行動,メディアによる報道や取材の過熱,その結果としての自民党の予想外の大勝はその見方をさらに裏付けた感がある。小泉首相は,郵政改革実現のため党内の反対を押し切って解散。総選挙に踏切り,改革造反派の選挙区で対立候補を擁立し有権者の関心を高め,選挙キャンペーン中に浮揚した支持に助けられた大勝で,党内の反発を支持に転じた。本特集は,このような起伏に富んだ過程と意外な帰結にとらわれることなく,通説的説明に疑義を呈する形で問題を設定し,小泉政権下の日本の政治の新たな位置づけを探る試みである。

 巻頭の山田論文は,小泉首相への高い支持が,メディア等を通じての直接的情緒的訴えかけに依存しているという見方を,小泉支持層を実際に形成する有権者像を分析し再検証する。小泉首相の支持獲得の手法や小泉支持層が高い関心を集めたにも拘らず,いわゆるポピュリスト的支持層といってもその定義は曖昧であり,小泉首相独自の手法といっても,それが従来型の自民党のリーダーと異なり既成の党組織や従来の政策決定のあり方を無視しているという最大公約数的合意が存在するのみである。論文は,郵政改革への支持獲得戦略の一環として国会に提出された資料において小泉内閣支持基盤と名指しされた「低情報投票者」をまずポピュリスト的小泉支持層と特定する。そして,政治的情報や知識を直接測定したデータを代替するものとして,認知的困難の結果と見なされる世論調査における回答のデータを分析する。論文は,低い政治的認知や小泉首相への好感を持つ有権者が小泉支持層を形成したのではなく,小泉首相の直接的訴えかけに反応しやすいとみなされた女性の支持が小泉首相への好感からではないという結論を導き出す。しかしながら,「小泉ポピュリズム」の解釈からは意外な結論に目を奪われることなく,この人口に膾炙した見方を分析可能な問題として設定し直し,小泉支持層を実際に分析により特定したことに,論文の貢献はより多く見いだすべきであろう。

 2005年総選挙における小泉支持層を直接の分析の対象としポピュリスト的小泉支持層の存在を批判的に検討した山田論文と好対照をなし,品田論文は,2003-4年のデータを援用しそれとの連続性を持って,小泉大勝が,それ以前の,しかも1980年代以来連続的な有権者の自民党支持のあり方をもって説明できるとしたところに新しさがある。これは,政党支持の類型を,有権者の認知的類型にまでしぼりこんで分析をしたために得られた結論である。政党離れが少ない「忠誠派」(しかし政治関与は大きい)と,「消極派」(政治的関与も小さい)に加え,政治関与が小さく政党からも大きく離れている「無党派」の支持を動員したことに,大勝の原因を求めているが,この「無党派」は,その支持を小泉首相が巧みに引き出したとは言え,決して新しい存在ではない。さらに,小泉評価を構成する要因を特定した因子分析(表7)は,小泉政治の「わかりやすさ」を具体的な理由をもって記述する点で興味深い。ここから浮かび上がる,「無党派」像は,政策に関する知識が乏しい(イデオロギーや党派の影響はこの類型でも大きい)という側面より,政治的決断や刷新という側面に敏感に反応するという側面により特徴づけられている。

 小泉政権下の選挙のもう一つの特徴は,野党第一党である民主党が自民党に挑戦し続けたことにある。一方で,民主党が最大野党としての地位を確立しつつも,自民党中心の政権が常態化するにつれ,政党システムに関する論議は下火となった。1996年の総選挙後には,自民党と新進党の二大政党制の成立に関し多大な関心が寄せられたにもかかわらず,である。これは,民主党が,短命であった新進党と異なり,分裂することなく議席を伸ばしたにもかかわらず政権への展望が見えてこないことと無縁でないが,森論文は,2005年総選挙の分析を政党システムに関する議論にまで発展させている。ここで扱われるデータは,選挙制度及び選挙区ごとの投票率や絶対及び相対得票率といった基本的な統計であり,論文はその集計と比較によって分析を行っている。データの分析や数量的手法では,ともすれば複雑でテクニカルな手法がそれだけで珍重されがちであるが,実は最も信頼性が高くそれゆえに説得的な結論が導き出しやすいのは,このような確立された単純な手法である。森論文は,自民党が投票率の増大の恩恵を独占した結果,議席を増大したこと,大敗したはずの民主党が得票という点では大勝した2003年の総選挙と同水準であったことを示す一方で,選挙区別データは,自民党が従来支持基盤として依存して来た農村部での得票が停滞していることを示し,総選挙の結果を裏切る形での将来の自民党支持の不安材料を提示している。小泉政権下の自民党支持の増大が長期的な支持の安定に結びつかないといった指摘は多々なされてきたが,森論文はそれを実際の有権者支持の分布の変化で実証したことになる。論文から汲み取れる政党システムについてのもう一つの興味深い含意は,民主党の他の野党との連携の可能性から政権獲得への条件を考えたところにある。政策的立場や左右イデオロギーにおいては,五政党のちょうど真ん中にあたる民主党の位置は,他の野党と比較した場合の独自性の確保という点では不利であるが,将来の政権獲得の際の連合の交渉を考えた場合には有利なものとなる。選挙における勢力の帰趨とともに政党間交渉が政党システムに影響を及ぼすことを,具体的に競争の条件を場合分けし明確に示しているのである。

 小泉政権のもう一つの特徴は,その改革志向であった。首相の姿勢として明確に現れたこの志向性をめぐって,それが従来のやり方を否定するという意味で斬新であるか,また実際に改革が行われ変化が起こっているのか,そしてそれが効果的に経済パフォーマンスの改善に結びついているのかが,小泉首相のリーダーシップと関係づけられ,関心の対象となった。しかしながら,一方で,改革の「結果」や「成果」が,リーダーシップのみならず,それが実行される時点での経済状況や,既存の社会利益の組織化や連合に左右されることは言を俟たない。実際,日本政治研究においては,政権,特に政権の長の政策的立場は稀にしか政策の変化の原因となり得ないと暗黙に前提され,政策決定や変化を社会経済的利益の組織化のパターンや連合とその時々の政治経済的条件を関係づけ説明する分析が有力であった。樋渡論文は,この観点にたった既存の分析の成果を活用し,小泉政権下の政策変化の何が新しいのか,すなわち何が小泉首相によってもたらされたかを,この従来の分析枠組と整合的に解明する。その結果浮き彫りになったのは,1990年代以来の赤字財政下の拡張的財政政策を転換した2001年の小泉政権下における不況対策の意味である。樋渡論文は,自民党の議席増大がかえって公共事業支出の減少を導くという傾向を,小泉政権下における自民党支持の安定とそれに貢献した小泉首相の党内の年功序列秩序の崩壊によって説明する。そして,小泉政権下における改革志向の本質は,その突出した首相の言動と裏腹に,現存の政治経済的条件の制約の下で取りうる手段を最大に活用する現実主義にあったとする結論を導き出すのである。小泉首相が,党内基盤に依存しないゆえに,党内勢力の財政出動要求を抑えこみ,政策転換に至ったという主張は,前三論文の小泉政権下の小泉支持の分析とそれの政党間競争における含意とあわせ,興味深い。



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<特集> 2005年総選挙をめぐる政治変化 目次
<特集論文>
2005年衆院選における自民党投票と政治的情報量 山田真裕
2005年総選挙を説明する 品田 裕
 ―政党支持類型からみた小泉選挙戦略
2005年総選挙と政党システム 森 裕城
小泉改革の条件 樋渡展洋
 ―政策連合の弛緩と政策過程の変容
<独立論文>
政権党。官僚制。審議会 曽我謙悟
 ―ゲーム理論と計量分析を用いて
投票政党選択と投票-棄権選択を説明する 山本耕資
 ―計量と数理の接点
<書評>
上川龍之進著『経済政策の政治学』東洋経済新報社,2005年 鹿毛利枝子
東京大学社会科学研究所編『「失われた10年」を超えて[U] 上川龍之進
 ―小泉改革への時代』東大出版会,2005年
Junko Kato, Regressive Taxation and the Welfare State: 藤村 直史
Path Dependence and Policy Diffusion, Cambridge University Press,2003.
大前信也著『昭和戦前期の予算編成と政治』木鐸社,2006年 村井良太
小川晃一著『サッチャー主義』木鐸社,2005年 力久昌幸
山口二郎著『ブレア時代のイギリス』岩波新書,2005年


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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」39号


<39号編集後記>
 イェール大学博士課程在学中にある教授から奨学金の件で呼び出され明らかに 不当なことを言われたことがある。学生の弱い立場では反論できまいと言わん ばかりの態度に腹を据えかね筋道たてて反論したところ,彼は「You are bold. It's a compliment. (君は大胆だね。これは褒め言葉だ。)」と言っ て即座に私の言い分を認めた。私のような小柄な日本女性が思いきったことを 言うと,その意外性に興味を引かれてか皆言い返された不快感を忘れてしまう ようで,留学中はこのような場合全て相手は私の反論を認めてくれた記憶があ る。理由は何であれ,立場の違いや強弱を超えお互いに率直な意見を言えるこ とはその社会の風通しをよくすると思う。ひるがえって今の日本を思うと心も とない感じがしてならない。(加藤淳子)


 今年の秋からミシガン大学の客員教授として8ヵ月間,アナーバーに滞在することになった。長期間の海外生活は久しぶりである。これまでの2度の長期在外研究では,私の研究に関心をもってくれる人や共同研究者に恵まれて,英文の論文をレベルの高い研究誌(APSR, AJPS)に掲載することができた。アメリカでは共同研究,共著論文の執筆が活発に行われており,単著論文であっても,研究者コミュニティの中で十分な議論や批判を経ているので,事実上の共同研究といってよいかもしれない。今回は,どんな研究者たちと出会い,どんな知的刺激を得ることができるか,どんな相互作用が生まれるか,生まれないか,楽しみである。そして,もちろん,学生たちと会うことも楽しみである。(川人貞史)


 話題のレヴィットとダブナーの『ヤバい経済学』を遅ればせながら読んだ。 評判通りの刺激的な本である。さらに,そこでは,J.Q.ウィルソンの犯罪研究 が,実証的データに裏付けのないいい加減な研究であることが指弾されてい る。基本的な武器は,重回帰分析。因果効果を厳密に検証することで,「専門 家」のいい加減な主張が暴かれていて,小気味が良い。しかし,政治学は因果 効果のみならず,因果関係のプロセスに関心を持つ。両者の関係をどうするべ きか,いろいろ考えさせられる。(久米郁男)


 IPSA福岡大会06年について別に詳細な報告がなされるだろうが,ここでは私的雑感。日本初開催だが ラ米,韓国など非西欧圏や欧州圏の海外参加者が多く,対する日本人研究者はお馴染みの面々以外は 意外と少ないように感じた。プログラムの参加者索引には実際の参加者の7割未満しか載っていなか ったが,日本人は1割未満であった。参加したいくつかのパネルでも,ホテルとの往復バスでも,日 本からの新顔は若い研究者に限られ(貴重な将来の芽だが),海外からは老若男女,学生まで多様に 活気づいていた。9年前の韓国IPSAではパネルのほとんどで韓国研究者が溢れていたのと対照的。 IPSA史上最大の参加者で大盛会なのに,日本人研究者が国際的に発信するという点からは,言葉では なく,内容と意欲の点でまだまだ鎖国的だと感じた。(辻中豊)



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◆38号 行政改革後の政治と行政(4月15日発行)
〔特集の狙い〕行政改革後の政治と行政
(文責 川人貞史)
 2001年1月に中央省庁が再編され,一府一二省庁体制がスタートした。この行政改革と同時あるいは相前後して,わが国の政治と行政のあり方を大きく変える可能性のあるいくつかの制度改革が行われた。行政改革会議は1997年の最終報告の中で,「第一に,内閣。官邸機能の抜本的な拡充。強化を図り,かつ,中央省庁の行政目的別大括り再編成により,行政の総合性,戦略性,機動性を確保すること,第二に,行政情報の公開と国民への説明責任の徹底,政策評価機能の向上を図り,透明な行政を実現すること,第三に,官民分担の徹底による事業の抜本的な見直しや独立行政法人制度の創設等により,行政を簡素化。効率化すること,を目指す」と答申した。
 これにもとづいて,官邸と内閣機能の強化のために,内閣の首長である首相がその指導性を十分発揮できる仕組みが整備され,内閣法改正においても首相の発議権が明記された。また,政策評価機能の充実強化の方針は,政策評価法の制定施行(2002年4月)へと結実した。

 情報公開については,行革会議が設置される前に行政改革委員会。行政情報公開部会が作成した「情報公開法要綱案」が,情報公開法として成立し,2001年4月から施行された。

 これらの動きとは別に,1999年の自民党と自由党の連立政権を契機として国会審議活性化法が制定された。その骨子は,党首の定例の討論の場となる国家基本政策委員会の設置(2000年通常国会),官僚が閣僚に代わって答弁する政府委員制度の廃止(1999年第146回国会),および,政務次官に代わる副大臣と政務官の設置(2001年1月)であった。

 本号の特集は,これらの行政改革によって導入された諸制度がどのように運営されているかを現段階において分析し,それらが政治と行政のあり方をどのように変えつつあるかを明らかにし,今後の日本政治の変化を展望する。



<特集> 行政改革後の政治と行政 目次
〔特集論文〕
官邸主導型政策決定と自民党 伊藤光利
 ―コア。エグゼクティヴの集権化―
副大臣。政務官制度の目的と実績 飯尾 潤
情報公開法と政府の行動 岡本哲和
政策評価制度の運用実態とその影響 田辺国昭
〔独立論文〕
なぜ自治体は規制を避けるのか? 伊藤修一郎
 ―景観条例条文の主成分分析とゲーム理論による説明の試み―
立法における変換 vs 態度表明 増山幹高
 ―国会審議と附帯決議―
〔書評〕
土山實男著『安全保障の国際政治学―焦りと傲り』有斐閣,2004年 梅本哲也
曽我謙悟著『ゲームとしての官僚制』東大出版会,2005年 河野 勝
玉田芳史著『民主化の虚像と実像―タイ現代政治変動のメカニズム』京大出版会,2003年 恒川惠市
新川敏光著 『日本型福祉レジームの発展と変容』 ミネルヴァ書房,2005年 広本政幸
東大法。第5期蒲島郁夫ゼミ編『参議院の研究』全2巻,木鐸社,2004。5年 待鳥聡史
堀江孝司著『現代政治と女性政策』勁草書房,2005年 三浦まり



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◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」38号
<38号編集後記>
 学生には,現実的なものであれば「一番面白いと思うこと」を研究するように必ずす すめている。私の決して長くはない研究生活の中でも個別の研究テーマから分野と呼 べるようなサブジシプリンまでの栄枯盛衰を見てきた。このテーマをやっている,あ る分野が専門であるというだけで研究が脚光を浴び就職が有利になるということは実 際にある。しかし,そういったテーマや分野程,顧みられなくなるのも早い。流行り であっても自分が好きで研究に取り組んだのであれば後悔はないが,研究の華々しさ にひかれた場合には得るものも少なく次の研究で早晩行き詰まることになる。困った ことに容易に他の関心を集められる研究をしているとそれを好きであると錯覚しやす い。本当の意味での好奇心が研究において重要であるゆえんである。(加藤淳子)


 映画スター。ウォーズが20年以上の年月をかけて完結した。悪に染まった銀河帝国皇帝 とその弟子ダース。ベイダーを,平和と民主主義の擁護者であるジェダイ騎士団にベイダ ーの子ルークが加わって打ち倒し,正義と共和国を復活させる勧善懲悪の物語である。た だ,いろいろと疑問も生じてくる。たとえば,ジェダイ騎士団は正義の超能力を持つエリ ートで共和国軍の将軍たちであり,皇帝は共和国元老院によって選出された宰相だった。 そして,宰相が悪に染まったことを知った将軍たちが逮捕に向かって,返り討ちにあい, ジェダイ騎士団は殺害。追放されて,帝国が誕生する。将軍たちが首尾よく宰相を逮捕で きていたとすれば,これは一種のクーデタであり,どんな民主的な解決が生じていたのか, よくわからない。宰相は「善は一つの見解にすぎない」とも言っている。こんなことを言 ったら,家族からうっとうしがられてしまった。(川人貞史)



 大学院教育改革として,本格的なコースワーク制の導入の検討を始めた。方 法論科目を全院生に必修とし,複数研究領域の修了試験合格を後期課程進学の 条件とするなどかなりラディカルな改革案になりつつある。どのあたりに日本 の大学院政治学教育としての特色を出すべきか,いろいろ考えさせられる今日 この頃である。(久米郁男)



 昨秋,北京大学公民社会研究中心の成立大会「転形期中国公民社会的発展」に招かれた。英文では Center for Civil Society Studiesという。会議は10パネル,参加者に40論文,672 頁の大部の冊 子が配られた。欧米亜から30,総計100を越す招待者の中で日本人研究者は中国専門家でない私一人。 中国語を解せず必死に同時英訳に頼っているのもUNDP代表と私の二人だけ。それでも中国社会主義 の民営化と市場化は政府でない公共性と社会制御の担い手を社会団体に求めている熱気に煽られる とともに,一党支配下ではなお公民社会としてそれは表現されることにも引っかかる。で,ふと我 に返る。公民教科書,公民館,日本と同じ表現ではないか。無限に連想が湧く。他方利益集団と しての中国社団という私の発表に多くの参加者がそうだと肯いた顔も印象に残った。(辻中豊)
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◆37号 90年代経済危機と政治(10月15日発行)
〔特集の狙い〕90年代経済危機と政治 
(文責 久米郁男)
 第2次大戦後,経済成長と政治的安定を両立させてきた戦後政治経済体制は,1970年代から先進諸国で徐々に機能不全の兆しを見せてきた。1980年代,多くの先進民主主義国において進められた新自由主義的改革は,このような機能不全に対する政治的対応であり,各国の政治経済体制の変容をもたらした。この改革の背後には,慢性的な赤字財政が公共セクターのさらなる拡大を困難にしたことおよび,国を基本単位とする政治体制とグローバル化する経済との緊張が高まってきたという事情があった。日本は,80年代中曽根内閣時代に同様の新自由主義的改革を志向したものの,バブル崩壊まではむしろ自由市場経済とは異なる資本主義体制であると理解されることが多かった。しかし,そのような日本もバブル崩壊後の経済苦境の中で,本格的な新自由主義的改革を進めざるを得なくなったのである。

 しかし,日本を含めた先進国における新自由主義的改革は,自由主義的市場経済への収斂へとつながったのであろうか。80年代から90年代にかけて同じような経済的困難や危機に直面した先進国はそれぞれに異なる政治的。政策的対応を見せてきた。このような対応の差異に注目して,比較政治経済学の分野では「資本主義の多様性」論が有力に主張されることとなった。そこでは,先進資本主義諸国に,自由市場型経済体制と調整型市場経済体制が併存し続けていることが強調された。

 本特集は,日本政治学会とヨーロッパ政治学会の共同事業としてスタートし,その後独立行政法人経済産業研究所のプロジェクトとして進められた,日米欧の政治学者による共同研究の成果によって構成される。そこでの課題は,調整型市場経済の代表例と分類される日本,ドイツ,スウェーデンの3カ国における「経済危機」への対応に,いかなる類似点と相違点があるのかを解明することによって「資本主義の多様性」論をさらに発展させることである。


<特集>90年代経済危機と政治 目次
金融システム危機管理の比較政治学:
日本とスウェーデンにおける制度と責任回避戦略
上川 龍之進
真渕 勝
T。スヴェンソン
政治的課題としてのコーディネーション:
調整型市場経済における労使関係の変化
久米郁男
K。セーレン
政府の党派性と経済運営:
日本とスウェーデンの比較
加藤淳子
ボー=ロススタイン
小選挙区,比例代表,政治危機:
ヨーロッパの観点から見た日本
E。イマグート
S。ヨッフム
<研究ノート>
我が国の地方政府体系における統合。分化に関する実証研究 野田 遊
地方公社の統廃合と知事の交代 松並 潤
<書評>
猪口 孝著『「国民」意識とグローバリズム』NTT出版,2004年 河田潤一
村井良太著『政党内閣制の成立 1918-27』有斐閣,2005年 川田 稔
建林正彦著『議員行動の政治経済学』有斐閣,2005年 斉藤 淳
池田直隆著『日米関係と「二つの中国」』木鐸社,2004年 佐藤 晋
蒲島郁夫著『戦後政治の軌跡:自民党システムの形成と変容』岩波書店,2004年 西川美砂
佐道明広著『戦後日本の防衛と政治』吉川弘文館,2003年 道下徳成
足立研幾著『オタワプロセス:対人地雷禁止レジームの形成』有信堂,2004年 宮岡 勲
信夫隆司著『国際政治理論の系譜』信山社,2004年 宮下明聡


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◆真っ先に読まれる編集後記37号
<37号編集後記>
 最近,政治家の離党や入党など政党間の移動行動(party switching)の比較を海外研 究者と行っている。政治家個人の動機づけに加え制度や環境の影響を分析する研究 で,これらミクロ及びマクロレベルの分析の関係について興味深い発見があった。各 国事例は,政党間移動が頻繁になりそれに対する批判が弱まるとますます移動が活発 になり,そのような行動がまれであり批判が強いという場合に大きく分けられるが, この二分化した状態がどの時点でなぜ入れ代わるのかに関しては説明が難しい。日本 でも少なくとも政治家の間では1993年以降政党間の移動に関する見方が大きく変わっ た。方法論的個人主義と(広義の)制度や構造を重視するアプローチは政治学におい て対立してきたが,この対立図式自体が分析に限界をもうけているような気がする。


 研究を行う際には,分析データの作成。整理とともに,さまざまな資料や文献の入手が欠かせない。大学の図書館に所蔵されているものを利用できれば一番だが,なければ,購入するか取り寄せることになる。書籍や雑誌論文などは図書館の相互利用サービスによる文献複写,現物借用が便利である。電子ジャーナル化がかなり進んだ外国雑誌の論文は,ダウンロードする。また,私が専ら行っている国会研究では,戦後すべての本会議,委員会を瞬時に検索できる国会会議録検索システムが便利である。そして,国会図書館所蔵のさまざまな第一次資料は,文書目録をもとに複写サービスによって入手する。しかし,研究を進めるための仮説とその実証方法の考案が最も重要であることは,いうまでもない。資料をただ読みあさっても何も出てこないからである。(川人貞史)


    政治学の海外ジャーナルからレフェリーを頼まれる機会があると,できるだけ引き受けるようにしている。このシステムは,研究者のコミュニティーがボランタリーに支えるべき「公共財」のようなものだと思うからである。しかし,どのレベルの論文を掲載可と判断するかは,なかなか難しい。依頼には,通常,本ジャーナルにふさわしいかという基準で判断してほしいとある。ジャーナルのランキングオーダーをも意識しながらの判断となるからである。日本でも,レフェリー制ジャーナルが増えつつある。どのようなランキングが生まれてくるのか,老舗(?)の本誌はどう評価されるのか,興味深い。臨時雇いの編集委員故の無責任な感想と叱られそうだが。。。。(久米郁男)


    前号で書いた「世界最小の公的セクターで最大の財政赤字」問題は現実政治の方で持ち越して,本号が出る頃には郵政絡みで政界混乱(?)。問題は一般会計からその倍以上の特別会計へと拡大すべきだが,政界的にも政治学的にもすっきりとした分析に出会わない。他方,国立大学も法人化し,特定教員に対する一%から一割削減まで,ここでも一律に減らし,一部戦略的配分との潮流だが,やはり少し腑に落ちない。公的セクターの意義を曖昧にしたまま効率万能でいいのか。大学もやはり日本は「世界最小の大学セクター」。スタッフ少なく財政支出も世界最小規模で期待値も最低である。公的なものへの根本的な意義が議論されないまま,削減の嵐にどう抗するか。楽しく比較市民社会研究を遂行しつつ,矛盾に腹立たしい毎日でもある。(辻中豊)

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◆36号 日本から見た現代アメリカ政治(4月15日発行)
〔特集の狙い〕日本から見た現代アメリカ政治 
(文責 辻中豊・田中愛治)
 現代のアメリカ政治,1990年代以降の変化を,日本の視角からどのように把握できるか,が本特集のねらいである。2004年の大統領選挙をめぐって様々な議論や分析がなされたが,もう少し分析的,構造的にアメリカの政治の変化を捉えてみたいという考えから,現代アメリカ政治に関心を持つ研究者,チームに論稿を依頼した。本来は,これに市民社会での変化を分析する編者の一人の論稿と宗教団体のサーベイ分析を含める予定であったが,時間の関係で割愛せざるを得なかったのは遺憾である。
 
 アメリカ現代政治に対して,日本の政治学者は,伝統的に歴史的な接近をする傾向があった。逆に言えば,現代政治への直接的な調査や分析を躊躇するところがあったが,近年,そうした歴史的な偏りを克服する優れた政治学的業績が現われはじめており(注1),本特集もそうした流れを反映しようとしたものである。  編者達の意図としては,日本の政治学者が日本という場。日本人研究者という視角から,アメリカを分析することに対して,アメリカという場,。アメリカ人研究者という視角とは異なる積極的意味があることを,この特集に込めてみたかったのである(注2)。

 現代アメリカの政治学や政治を分析。研究することは,特にアメリカ政治を専門としない日本の現代政治研究者にとっても研究の一側面として,ある程度不可避なものとして存在する。それは,現代政治研究にとってのアメリカ政治学の比重の大きさから言えることである。アメリカ政治学は,少なくとも経験的分析の領域では,世界政治学の役割を一定程度担っているからである。無論,こういったからといって西欧政治学やアジアほかの現代政治学の意義を貶めるものではない。  他方で,アメリカの現代アメリカ政治研究は,日本の研究者を圧倒する質。量的な蓄積を持つと同時に,専門分化と政治学術ジャーナルのもつ傾向ゆえに,高度に専門性を突き詰めたために従来の政治学から乖離するほどの視野狭窄性や技術的な性格を持つようになってしまい,分析前提に首をかしげざるを得ない場合や些末主義的な傾向を示している場合も多い。  逆に言えば,そうした拘束からある意味で自由な点に,日本など外国研究者の現代アメリカ研究にもつ意義が生まれるのである。

   外国研究は,基本的な出発点として比較研究である。今回の特集に明示的な日本との比較は含まれないが,日本の政治や政治学を背景として現代アメリカ政治や政治学に触れる時,程度の差はあるが,日本という場や研究の持つ文脈や性格が反映した研究関心や接近法が生まれる。日本の研究者がそうした存在拘束的な背景をもつこと自体が,実は現代アメリカ政治の分析にとって負の特徴ではなくメリットなのである。

   本特集は,1990年代以降の現代アメリカ政治に対してほぼ時系列的に4つの異なる角度から接近する。
 久保論文は,第41代ブッシュ政権(1989年1月から93年1月)の時期,特に1990年秋に焦点を合わせ,現在の43-44代ブッシュ政権(2001年1月以降から現在)において実権を握る共和党保守強硬派とは異なる「より優しいアメリカ」志向保守(親のブッシュ政権)に対して,保守強硬派がいかに対立し,台頭していくかを詳細に分析する。それはブッシュの民主党クリントンへの大統領選挙での敗北につながっただけでなく,共和党そのものを変質させ,現在のブッシュ政権の基盤を形成していくのである。久保氏は別稿で,民主党でも同様な変容が逆向きに生じ,イデオロギー的なリベラル化が進行したことを分析しており,民主。共和のイデオロギー的に両極化していく過程を形成的。政治過程的に説明している(注3)。

 久保論文でも指摘されたイデオロギー強化された2大政党制を背景として,待鳥論文は,クリントン政権期(1993年1月から2001年1月)の重要な内政的な立法,1996年情報通信法の立法過程を事例としつつ,近年往々にしてみられる,分裂政府(大統領を握る政党と議会多数派政党の分裂)下でいかにして大統領が議会において支持連合を形成しているかを,立法過程の軌跡を丁寧にトレースしつつ,計量的にも分析している。分裂政府のもとではいうまでもなく大統領は法案通過に対して野党の支持者に期待せざるをえず,そのために中道的なスタンスをとりつつ,世論でのアジェンダ設定など様々な戦術を行使する。ではどのような野党議員がそれに呼応して大統領に協調するのかという興味深い問いに,立法過程分析と計量分析を駆使して答えようとしている。

 ゴールドスミス。堀内。猪口論文は,21世紀に入って,9.11以後にブッシュ政権が行ったアフガニスタン戦争に対する国際世論を,同時期になされた63カ国世論調査データを用いて計量的に分析する。アメリカの外交(戦争)政策に対するアメリカ以外の国々での世論の有り方を,3つの理論モデルを用いて検討している。アメリカの政策そのものやアクターそのものの分析ではないが,政策アクターが外交政策決定する際に考慮する国際世論がいかなる要因によって規定されているかを浮き彫りにしている。

 最後の豊永論文も今世紀の共和党ブッシュ政権期を対象とし,その性格付けに関する検討を行っている,注目するのはテクノロジー政策である。同政権は一般に内政外交ともの「保守」強硬派の政権と規定されるが,その背後で新産業,ハイテクノロジー政策への戦略的方向が存在することを政策アクターの文書の検討から析出し,ハミルトン的特徴と規定する。新ブッシュ政権は単なる小さい政府ではなく新しい積極政府主義が胚胎していることを主張する。
 以上のような各政権や現代アメリカ政治を性格付けるいわばマクロな政治分析は,日本という場から,日本人研究者という観点から特に興味深い点であり,またそれゆえにメリットになりうる視角であろう。
 本特集が,こうした現代アメリカ政治への日本からの貢献にどれほど寄与したかは読者の判断に委ねるとして,比較政治としての現代アメリカ政治研究の観点を推し進めるというねらいをもって本特集は編まれたのである。

  (注1) 待鳥聡史『財政再建と民主主義−アメリカ連邦議会の予算編成改革分析』有斐閣2003年。鈴木創「アメリカ議会下院における複数委員会付託の情報的。党派的決定要因」『法学論叢』151巻4号など。テキストでは阿部齊。久保文明『現代アメリカの政治』放送大学教育振興会2002年など。
(注2)こうした観点から辻中は,日本など7カ国と共通した枠組みで2000年にアメリカの市民社会組織全般へのサーベイ調査をワシントン地域とメリーランド州で行っており,それをもとにした日米比較を執筆編集中である(『現代アメリカの市民社会。利益団体』木鐸社)。
(注3)久保文明「米国民主党の変容−「ニュー。デモクラット。ネットワーク」を中心に」『選挙研究』17(2002年):71−83。また同「近年の米国共和党の保守化をめぐって−支持団体連合との関係で」『法学研究』75巻1号(2002年)101−135。



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第36号の目次
<特集論文>
G.H.W.ブッシュ政権(1989-1993)の国内政策と共和党の変容:米国の政党内イデオロギー闘争の一例として 久保文明
連邦議会における大統領支持連合の形成:1996年情報通信法の立法過程を事例として 待鳥聡史
「国際世論」の理論モデルと実証方法:米国主導のアフガニスタン戦争を誰が支持したか B.E.ゴールドスミス
堀内勇作
猪口孝
ジョージ。W。ブッシュ政権とテクノロジー政策 豊永郁子
<独立論文>
国際的不況とディスインフレ的経済規律: 経済政策における選択肢と90年代長期経済停滞の日本。スイス比較 樋渡展洋
現代日本の選挙過程における情報フロー構造 境家史郎
<書評>
中北浩爾著『一九五五年体制の成立』東京大学出版会,2002年 河野康子
谷口将紀著『現代日本の選挙政治:選挙制度改革を検証する』東京大学出版会,2004年 堤 英敬


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真っ先に読まれる「編集後記」36号


 なぜ政治学を学ぶのだろうか。「“デマゴーク”の意味を具体的事例をあげて説明せ よ」という試験問題を考えてみる。これに的確な回答を書ける一方で実際にデマゴー クに遭遇した時に扇動されてしまう人間と,試験では成績優秀とは言えない一方で実 際にデマゴークに遭遇しても警戒して扇動されない人間とどちらが政治学ができると 言えるだろうか? 私としてはもちろん後者としたいが政治学の試験においてはこれ は確かめられない能力である。これに対し,概念を学ぶことが実際の現象を正しく理 解することにつながるという反論をし上記の対比自体を非現実的と疑問視する政治学 者が大多数かもしれない。しかし私は言葉による知識のみでは自らの知覚や認識能力 を研ぎすまし現実を観察するには不十分ではないかと思う。政治学は人間の本質を追 求する学問であるという原点に立って謙虚な気持ちで現実を観察する姿勢を忘れない でいたい。(加藤淳子)


 今回は個人的なお話。仙台に住んで11年が経ったが,数年前からスギ花粉症を発症して,春になると目と鼻がむずがゆくて大変である。もともと田舎育ちであり,実家のすぐ裏が山で,近くには立派な杉山と杉並木もあった。だから,そんな私がスギ花粉症とは本当はおかしいのだが,どうも,花粉の種類が違うのか,といぶかっている。戦後,全国的に植林を奨励して,生育の早い改良品種のスギを大量に植えたのではないか,そうした作為が,思わぬ被害を多くの人々に及ぼしているのではないか,などと考えながら,大学の駐車場に停めた自動車が夕方にはびっしりと黄緑色の花粉でおおわれる季節を迎えている。今年は昨年をはるかに上回る飛散量ということで,花粉対策メガネとマスクが離せないし,研究室と自宅には洗眼薬が必需品である。(川人貞史)


 次号では,日本政治学会とECPRの国際共同研究プロジェクトとして組織し,独 立行政法人経済産業研究所の支援を受けた「危機の政治学」研究会の成果を特 集する。そのために現在,真渕勝編集委員と共同編集作業を行っている。国際 共同研究は,うまくいけばそこに「化学反応」が生じて,興味深い知的営為と なるが,参加者がバラバラに研究を出し合うだけでは意味が薄くなる。そこ で,研究会を組織する立場になると「化学反応」を起こすような仕掛けを工夫 するわけだが,これが結構難しい。先人の苦労をかみしめつつ,次回はただ乗 りをしようと考えるこのごろである。(久米郁男)


 初めての試みとして本号を田中愛治氏とともに共同編集した。過日,郵政改革について優れた研究をした米人研究者の発表があり,討論者としてコメントをつけるためににわか勉強をする機会があった。そこでいつもの逆説にぶつかった。つまり,「日本は世界で最も小さな公務員規模を持ちながら,なぜ世界で最大規模の財政赤字に苦しんでいるか」である。普通の企業では労務費は最大のコストであるが,日本の公的セクターはそれを十分削ってしまっているはずだ。だとすると,事業費の使途がよほど無駄使いが多いということになるのか。大抵の構造改革論者は,官僚を叩き公務員規模を減らすことが改革と誤解しているようだが,問題の核心はそこではない。にわか勉強ではここまでだが,この号がでるころにはもう一歩答えを前進させておきたい。(辻中豊)

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◆35号 比較政治学と事例研究(10月15日発行)
〔特集の狙い〕 比較政治学と事例研究
(文責 加藤淳子)

 本号の特集のテーマは「比較政治学と事例研究」である。ここでは,各論文を紹介する代わりに,特集のテーマに沿って比較政治研究をする際の事例と理論の関係について考えたい。
 今回の特集のテーマを設定するに至った理由は,比較政治学分野において,地道な事例研究より方法論や理論に関する議論の方が重視される傾向が見られることに危惧を抱いたからである。この傾向は実はよりよい比較政治研究を目ざした結果生じた皮肉な帰結である。たとえば,近年,研究者にとって最初の業績となるはずの博士論文においても,複数のケースを扱い,リサーチデザイン,仮説の設定,概念の提示等,明確な理論枠組に基づいて事例を展開することが求められるようになってきた。複数のケースの比較の方が,分析の対象となる要因や現象を同一に保ったり変化させたりと推論する可能性が広がり,ある特定の視座に基づいて比較する以上,それを明確化するという意味で,方法論重視,理論志向が強まるのは本来なら好ましいことである。

 しかしながら,ここに大きな落とし穴がある。比較における事例研究というのは,職人仕事のような側面があり,いかに比較のやり方,それにまつわる理論や概念を理解したところで,実際に事例を比較する際にそれを適切に使えるとは限らないからである。たとえば,日本の伝統的な織物の工程には麻など植物原料を細く割き長くつないでよりあわせる――績む――という作業があるが,糸をなるべく切らないで細く長くつないでいくには,その日の湿度や温度等環境条件によって糸を績む強さややり方を変えていかなければならない。これは長年の作業に従事した経験による職人の勘によって可能になる。勘と言ってもここに「理論」がないわけではない。たとえば環境条件を細かく分類し,それぞれに対応する糸をひく力を計測することは可能である。そしてその「理論」は職人の勘に基づいた技術と一貫しているであろう。ただ,ここでは,詳述した膨大な理論的記述より職人が身につけた技術や勘に依存する方が作業を行う際に現実的なだけである。また,これは私達が,糸を績むための「理論」を理解することで長年の経験を積んだ職人のように糸を績めるようになろうとするのが非現実的であるのと裏腹である。

 比較政治研究もこの点は同じような性格を持っている。方法論を学び,いかに理論を理解したところで,実際の事例に直面してそれを使うことはやはり別のことである。比較政治研究を始めたばかりの研究者は事例を調べることによって初めてこの方法論や理論を使うやり方を学ぶことになる。しかしながら初期の業績の段階から複数のケースを比較することを要求されるようになると,事例を調べそれに基づいて方法論や理論を使ってみるという作業を地道に行うことがかえって難しくなる。たとえば一国のケースになら自分で実際に現地に赴きインタビューを行ったり一次資料を集めたりという形でふんだんに注ぎ込める時間とリソース(研究にかかる費用や労力)でも複数国のケースでは十分でなく,それを有効に使うには個々のケースを効率的に処理することが要求される。結果として,数量分析を行ったり,二次資料にある程度まで依存せざるを得なくなることが多くなる。数量分析自体は有用な方法であり,主要なケースを補う形で他者のリサーチに依存した二次的なケースを使うことも比較政治学では広く行われてきた。しかし,これらがいくら有用であると言っても地道な事例研究で得られる知識を代替することはできないのである。比較政治学の方法論と事例研究は不可分であり,ケースをきちんと調べるというのは全ての比較の基本でありそれを行わない限り方法論は身につかず,理論のための理論しか生み出せなくなる。政治学においては,現実を知ることに役立たない理論は意味はない。

 方法論と事例研究及び事例比較研究の緊張関係を理解するには,既に政治学の分野で方法論のテキストとしての地位を確立したキング,コヘイン,ヴァーバの教科書の例を引くことができる(Gary King, Robert O.Keohane, and Sidney Verba. 1994. Designing Social Inquiry. Princeton: Princeton University Press. 邦訳 真渕勝監訳『社会科学のリサーチ。デザイン』,勁草書房,2004年)。この教科書に網羅され整理されている方法論,仮説の立て方,ケースの選び方,仮説の検証の仕方等のポイントは,全てそれ以前の比較政治学の方法で議論されてきたもの,より正確には議論されてきたことから演繹的に引き出せるものであり,全く新しいというものはない。これは,この本がよい教科書だからである。今まで使われ有効性が確認されている方法をわかりやすい言葉で(これをキング,コヘイン,ヴァーバは量的分析の方法を質的分析に応用することで行っている)網羅的に,初学者のために整理して詳述したのである。言い換えれば,今まで研究者が研究を行う際に問題に直面し自分で身につけなければならなかった方法論が既に要領よくまとめられ明確な言葉を選び記述してあるのである。

 一方で,このキング,コヘイン,ヴァーバの方法論に対しては,第一級の業績をあげた多くの比較政治研究者から実際の実証研究を行う際に適切な方法でないと言う観点から批判やコメントが浴びせられた(たとえば,“The Qualitative-Quantitative Disputation: Gary King, Robert O.Keohane, and Sidney Verba's Designing Social Inquiry,” American Political Science Review, vol.89, no.2, June 1995)。このやり取りから,私達は方法論と事例を用いた比較研究の緊張関係をよりよく理解することができる。両者の見解の相違点,賛否の別れた点を確認していくと,多くの場合,批判者が彼等の方法を(記述された通りに)比較に用いた場合に生じ得る問題をもってコメントをしているのに対し,キング,コヘイン,ヴァーバはその問題もまた彼等の方法論によって解決し得ると指摘された論点以外の(彼等の教科書に網羅してある)論点を使って答えている。この点において,キング,コヘイン,ヴァーバと批判者の議論は見事に平行線をなしている。

 では,どちらが正しいのか? 実は両者とも正しい。彼等の議論は平行線をたどることによって,まさに方法論が事例の解釈や比較に応用された際の緊張関係を表わしているのである。確かに,キング,コヘイン,ヴァーバが記述したように方法論は一般的な形で詳述できるであろう。しかし一方で,批判者達が多くの論点をあげたように,研究者がもし一般的記述のみに依存し方法論を理解した場合には,結果として不適切な方法を用いる場合が十分考えうるのである。それを防止するためには,キング,コヘイン,ヴァーバが批判者へ返答したように一般的記述から演繹したりその論点を結合したりする作業が必要になるが,こうした起こりうる疑問点や問題を全て詳述した教科書を書くのは不可能である。また批判者達が,キング,コヘイン,ヴァーバの一般的記述に問題を見い出すのは,彼等が教科書に書いてあった知識でも自分が実証研究に使うことができた時つまり体得できた時には全く別のものになっていることを知っているからである。

 親切な方法論の教科書がある時代に研究を始めた研究者にとっては,それ以前の研究者が自力で到達した知識を教科書によって効率的に学べるのは有利な条件である。一方で,これは陥穽ともなりうる。教科書に書いてある一般的記述としての方法論と研究者が自力で到達した経験的な方法がたとえ論理的に一貫していたとしても,比較研究の現場で威力を発するのは後者のみだからである。教科書を読み理解することと実際の事例を前にその有用性を納得することは全く別なのである。近年の理論重視の傾向は方法論に関する議論が整理されそこから効率的に知識を得ることにより拍車がかかっているため,現実の分析に役立つという意味での真の理論重視から乖離する可能性がある。

 本号の特集では,事例研究を重視するという姿勢が明確な論文を掲載した。興味深い現象の理解のためには既存のもの以外の概念や理論に取り組むことが必要である。そのための概念構成を試みる論文もやはりよりよい事例研究を行ない比較を進めるのに不可欠である(小川論文)。既存の理論枠組を応用して事例を以前と異なる観点からとらえることは,またそこからフィードバックし理論に新たな有効性,含意を発見することにもつながる(北村論文)。最後に繰り返しになるが,比較政治研究の基本は,事例研究であり事例を丁寧に調べていくことが比較の方法を実直に応用できる第一歩なのである(高松論文)。

 
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35号目次
<特集論文>
ヨーロッパ政治と「憲法化」―法システムと政治システムの間― 小川 有美
都道府県の法定外税導入の分析北 村  亘
社会資本整備の政治過程における決定のルールとアリーナ高松淳也
<独立論文>
政治的対立軸の認知構造と政党―有権者関係平野 浩
沖縄県民投票に関する計量分析
―迷惑施設をめぐる有権者の投票行動―
塩沢健一
国会中心主義と議院内閣制川人貞史
<誌上論争>
〔解 題〕 議会研究と国会研究の間で待鳥聡史
〔批判的書評〕 国会は「多数主義」か「討議アリーナ」か?
  増山幹高著『議会制度と日本政治 議事運営の計量政治学』(木鐸社,2003年)をめぐって
福元健太郎
〔応 答〕 福元書評に対するコメント増山幹高
<書 評>
納家政嗣著『国際紛争と予防外交』(有斐閣,2003年)赤根谷達雄
牧原出著『内閣政治と「大蔵省支配」――政治主導の条件』(中公叢書,2003年) 大山耕輔
西平重喜著『各国の選挙――変遷と実状』(木鐸社,2003年)加藤秀治郎
川人貞史著『選挙制度と政党システム』(木鐸社,2004年)品田 裕
大山礼子著『比較議会政治論
―ウェストミンスターモデルと欧州大陸型モデル』(岩波 書店,2003年)
高橋直樹
唐渡晃弘著『国民主権と民族自決
―第一次大戦中の言説の変化とフランス』(木鐸社,2003年) 
坪井善明
待鳥聡史著『財政再建と民主主義』(有斐閣,2003年)  中林美恵子
大矢根聡著『日米韓半導体摩擦〜通商交渉の政治経済学』(有信堂,2002年)
中戸祐夫著『日米通商摩擦の政治経済学』(ミネルヴァ書房,2003年) 
野林 健
的場敏博著『現代政党システムの変容:90年代における危機の深化』(有斐閣,2003年) 吉野 孝

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真っ先に読まれる「編集後記」35号
<35号編集後記>

 今回担当した特集である比較研究においては語学の能力の有無が問われることが多い。私はこの点に関し近年興味深い経験をした。フランスのCSGと言う租税は一般社会税とも直訳される。先行研究の著者が仏語でインタビューを行っていたことを知りそこまでの能力がない私が研究する意味があるか疑問に思っていたある日のことである。その先行研究をよく見るとCSGのCが税でなく保険料に対応するとされている。仏語では税も保険料も同じCで始まることから来る間違いである。しかしそれを仏大蔵省の官僚に告げると「誤訳するのではCSGを理解していないことになる」と返事が帰って来た。実際CSGは社会保険料財源を代替するという役割がありこれは単純なミスではすまされない。言葉が操れるということが重要であることは論を俟たない。ただもし自分に本当に興味のあるテーマであれば語学の能力が完全でなくても取り組んでみるのもいいかもしれない。(加藤淳子)


 参院選の直後にこの編集後記を書いている。今回の選挙結果は,自民党が現有議席の51議席に届かない49議席だったが,公明党とあわせて参議院の安定多数を確保した結果,小泉政権は続投することになった。年金問題やイラク多国籍軍参加問題に対する有権者の怒りも98年参院選ほどの惨敗をもたらさなかった。年金問題の不手際は,衆議院通過後になってから,実は厚生年金の給付水準が当初の説明と異なり受給開始後に50%を下回ることが判明したことや,法成立後に出生率が1.29と発覚したことなど,プリンシパルである内閣。大臣に対してエイジェントとしての行政官僚制の側が引き起こしたモラル。ハザードといえる。官邸主導,内閣主導が見事に空洞化している様を如実に示す例であり,これが小泉改革のリーダーシップだったのである。(川人貞史)


 比較政治学会「比較の中の日本政治」パネルで大嶽秀夫,ペンペル,加藤淳子報告に 山口定,久米郁男両名の白熱した討論を聞き,政治分析は何を目指すかが,今も論争 的であることを痛感する。大嶽氏の言うようにレヴァイアサン創刊前と現在の研究状 況が同じとは思わないが,なお現代分析に欠けた重要な側面があることも事実であ る。マクロで動態的,文脈的に意味のある分析に対して,技術的にスマートだが,遠 い,狭い,静態的な研究になっていないか。自分自身近年は市民社会比較による政治 構造認識に力点をおいてきたが,学生に政治を解説する必要から,紛争の伝染や紛争 の転位を論じたシャットシュナイダーを再読した。合理的選択でなく多面的な紛争間 競合に動態的な理論化の端緒を見出せるのではないかと思案し始めている。(辻中 豊)


 法科大学院が発足した。それに対抗するようにいくつかの大学が公共政策系大学院を 立ち上げ,あるいは準備を行っている。法科大学院とは異なり,公共政策系大学院 に,確立したイメージはまだない。公務員試験とリンクされていないことが,大きな 理由である。  気がかりは,将来の公務員,とくにキャリア官僚がどのようなルートを通じて採用 されるのかということである。法科大学院を経て法曹資格をもつものが官僚になり, 嫌になれば法曹界に行けばいいのだとう意見も耳にする。社会的な流動性が高まるの は好ましいというのが,理由である。明らかに,彼らは「職場の移動」と「職業の移 動」を混同している。  とはいえ,責任の一部は公共政策系大学院の側にもある。いっそう明確なイメージ を確立することが求められている。(真渕 勝)

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◆34号 政官関係(4月15日発行)
〔特集の狙い〕 政官関係
(文責 川人貞史)


 「政官関係」は,政治と官僚との関係をさす言葉であるが,頻繁に使われるようになったのは1990年代以降である。あわせて使われている言葉は,「官僚主導」に代わる「政治主導」である。官僚主導は,これまで,戦後日本における自明の特質と考えられてきた。80年代において,『レヴァイアサン』創業世代の編集委員たちも参加した,日本の民主主義体制に関する活発な論争があったが,そこでの政治家の影響力増大を指摘した諸研究も政治優位論でしかなく,政治主導ではなかった。これに対して,90年代以降における政官関係の焦点は,官僚主導の揺らぎと政治主導の確立が生じつつあるのかどうか,そして,もしそうならば,それによって政治過程がどのように変化してきているかということである。

 1993年夏に登場した非自民の細川護煕連立政権以来,政策アジェンダが一新され,この10年間で政治改革(選挙制度改革,政治資金改革,政党助成),国会改革(政府委員廃止,党首討論導入),行政改革(中央省庁再編,内閣機能強化,副大臣,政務官設置,情報公開,地方分権,規制緩和,特殊法人改革),経済改革(財政構造改革,金融システム改革)など広範な領域にわたる改革の試みが推し進められた。『レヴァイアサン』は,これらに関する特集を組んだり,あるいは,これらに関する実証研究論文を掲載したりしてきた。

 政官関係特集は,こうした連立政権と制度改革の時代において日本の政治過程および政策過程がどのように変容してきているかを解明する試みとして,時宜を得たものだと考えている。そろそろ,かつての日本民主主義体制論争の第二ラウンドが始まってもよい頃ではないだろうか。この特集が,そうした議論に大いに貢献することを期待している。

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34号目次

<特集論文>


日本における二つの政府と政官関係=飯尾 潤
官僚制の変容―萎縮する官僚=真渕 勝
日本官僚制の改革と政治的任命職―内閣主導体制の構築に向けて―=新藤宗幸
経済政策の国際。国内連携と銀行部門危機処理の政策経路 =樋渡展洋

<研究ノート>
バブル発生の政治経済学: 1985年〜1989年の金融政策:制度,選好,マクロ経済政策=竹中治堅
日本の援助政策とアメリカ:外圧反応型国家論の一考察=宮下明聡

<研究動向> アジア通貨危機の政治学=岡部恭宜

<書評論文>
参与観察という手法: 森脇俊雅著『アメリカ女性議員の誕生―下院議員スローターさんの選挙と議員活動―』 (ミネルヴァ書房,2001年),
朴歩著『代議士のつくられ方―小選挙区の選挙戦略―』 (文藝春秋,2000年)
を通じて=武田興欣

<書評>
伊藤之雄著『立憲国家の確立と伊藤博文 ―内政と外交 1889〜1898―』(吉川弘文館,1999年),同著『立憲国家と日露戦争―内政と外交 1898〜1905―』(木鐸社,2000年) =波多野澄雄
Saori N. Katada, Banking on Stability: Japan and the Cross-Pacific Dynamics of International Financial Crisis Management Ann Arbor: The University of Michigan Press, 2001=加藤浩三
日暮吉延著『東京裁判の国際関係―国際政治における権力と規範―』(木鐸社,2002年)=加藤陽子
浜中新吾著『パレスチナの政治文化:民主化途上地域への計量的アプローチ』(大学教育出版,2002年)=平井由貴子
村山皓『日本の民主政の文化的特徴』(晃洋書房,2003年)=平野浩


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真っ先に読まれる「編集後記」34号

<34号編集後記>
 利根川進の『私の脳科学講義』は,研究に対する姿勢という点で社会科学者にも教えられるところが多い。特に,本書を通じて一貫している姿勢は,自分のおもしろいと思ったことをプライオリティを明確につけて追求するということである。「おもしろい」ものを見つけるのは単純なようで難しい。なぜなら「ものすごく努力する価値の あるものをおおよそのところで見つけなくてはならない」(同書,128頁)からである。これは研究者個人の責任において培うべき姿勢であるが,やはり彼の来歴を 読んでみるとその姿勢を受け入れる人と組織が存在していたことがわかる。 ひるがえって考えるに現在の日本の大学は若い研究者がそうした姿勢を保持できる場になって いるだろうか。組織の一構成員として責任を感じざるを得ない。(加藤淳子)


   さる1月14日に,2001年の参議院議員選挙の非拘束名簿式比例代表制の仕組みおよび都道府県選挙区の一票の格差をともに合憲とする最高裁判決が出た。前者については,全員一致で合憲の判断だったが,後者については,多数意見は,都道府県選挙区を採用し,半数改選によって定数が偶数となるために,一票の格差が最大五。〇六倍となったとしても国会の裁量の範囲内だとしたが,補足意見の中で,次回選挙でも現状のままなら違憲となる余地が十分あるとした。一票の格差を是正するためには,都道府県選挙区定数を現行の73から増加させるか,あるいは都道府県ごとの選挙区をやめるかしか,政治的に可能な解決はない。定数増は難しいし,都道府県選挙区は参議院の存在意義と密接に関係する。国会が最高裁の問いにどのような答えを見つけるか,興味深い。(川人貞史)


 また年末。漸く『現代韓国の市民社会。利益団体』初稿を直す。日韓比較に手間取り結局2年越しである。同シリーズ04年からは年一冊は刊行したい。次は米独である。The State of Civil Society in Japan (Cambridge UP)が12月に刊行された。これは4年越しである。市民社会組織調査の方は,遂にロシア,トルコと7カ国目に入った。今年はさらにフィリッピンと日本全体の徹底調査を行う。調査回数を増やすと時系列的な分析が可能になり,単なる断面図を超え,分析が踊りだすような気がする。村松岐夫氏を中心とした圧力団体調査も3回目が完成間近となり,これと併せて頂上と基底の二側面,5時点での分析を行い,80年以降の現代日本市民社会を立体的に再構成していく試みである。(辻中豊)


   今回は京都大学の宣伝。平成16年度に新しい大学院として国際公共政策専攻が立ち上がる。従来からあった職業人教育のための専修コースを改組したものである。カリキュラムの詳細はホームページ等で見ていただきたいが,英語のトレーニングや事例研究に力を入れた内容になっている。先日,入学試験が実施された。試験科目として英語を必須としたためであろうか,受験者は粒ぞろいであった。4月に入学してくるものを,実際にどのように教育していくか,楽しみである。しかし,法科大学院と異なり,少なくとも現在は課程修了がただちに職業に結びつきものではない。したがって,卒業生の商品価値は市場のなかで決められていく。いかに商品価値を高めていくか,これからが重要である(真渕勝)。



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◆33号 特集 地方分権改革のインパクト(03年10月15日発行)
特集のねらい 地方分権改革のインパクト
         (文責)真渕 勝


 この33号の特集を「地方分権改革のインパクト」として,広く論文を募ることにした。  『レヴァイアサン』は発刊以来,公募方式を積極的に進めてきているが,特集を継続的に組むためにいわゆる依頼論文も掲載してきたという経緯がある。そこで,公募論文を中心に特集は組めないものかとか考えてきた。本号は,その最初の試みである。

 テーマは2000年に実行に移された地方分権改革である。機関委任事務の廃止や法定外目的税の導入,国の関与のルール化。透明化,国地方係争処理委員会の設置などを内容とする2000年の分権改革について,改革の中身を解説する文献。論文はきわめて多いが,制度改革が実際の中央地方関係にどのような影響を及ぼしているかを調査したものはほとんどない。制度改革の効果がはっきりと現われるには,何年もかかるものと常識的には考えられる。効果を測定するのは,時期尚早であるかもしれない。しかし,公募のアナウンスメントにも書いたように,改革直後に何が起きているのかを記録にとどめておくことは,今後の研究の材料としてだけでも,価値がある。「地方分権改革のインパクト」というテーマで論文を公募したのは,このような理由による。

 さて,本特集は二つの柱からなっている。
 第一は,2000年の分権改革に直接関わった研究者による観察記録である。改革の当事者たちは,改革が実行に移された2年後をどのように見ているのか,これが記録に残しておきたいことであった。ことの性質上,公募論文というわけにはいかないので,執筆をお願いした。。分権改革はなお進行中であり,直接間接に改革に関わられているにもかかわらず執筆をお引き受けいただいたことを感謝したい。当事者ならではの観察とリアルタイムの分析はそれ自体刺激的であるし,今後のさらなる分析の重要な素材としても重要である。これらを活用するのはわれわれの責任である。

 第二は,地方自治や中央地方関係に関する経験的研究である。北川論文は,「平成の大合併」の動向を分析の対象としている。合併に取り組む町,合併に抵抗する町についての断片的な記述は多いが,そして合併のメリット。デメリットを抽象的に指摘する記述も多いが,このように合併への取り組み状況を俯瞰的に分析したものはない。
 名取論文は,補助金(国庫交付金)が地方の政策決定にどのような影響を及ぼしているかを分析している。首長の(操作的に定義された)政治的態度を通じて,補助金が地方の政策決定を大きく左右している様子がきれいに描かれている。
 最後の澤野論文は,住民投票についての実態分析である。著者も述べるように,沖縄以外の地で「基地」に相当するものは何かが特定されれば,「沖縄における住民投票」の研究以上のものになる。

 冷や冷やすることもなかったわけではないが,やはり今後も,機会をみつけては,公募論文中心で特集を組み立てたいと思う。編集委員一同,読者のみなさんの参加を,心から待っている。

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〔特集論文〕
第一次分権改革の効果=大森 彌
地方分権改革の政治過程──「三位一体改革」と地方分権改革推進会議=森田 朗
地方分権改革と市町村合併=北川雅敏
補助金改革と地方の政治過程=名取良太
住民投票における投票率とその決定要因=澤野 孝一朗
2000年総選挙後の日本における政策と政党間競争=加藤淳子/マイケル。レイヴァー
〔書評論文〕
ドイツ。緑の党の変容―抵抗政党から国政与党へ=西田 慎
『緑の党/党の国家化』
Paul Tiefenbach, Die Grunen. Die Verstaatlichung einer Partei, Koln, PapyRossa, 1998, 221 S.
『二重の合同/緑の党と九〇年同盟の合同の前史,過程,影響』
Jurgen Hoffmann, Die doppelte Vereinigung. Vorgeschichte, Verlauf und Auswirkungen des Zusammenschlusses von Grunen und Bundnis 90, Opladen, Leske + Budrich, 1998, 404 S.
『緑の党の未来/「そんなふうには統治は出来ない」』
Joachim Raschke, Die Zukunft der Grunen. "So kann man nicht regieren", Frankfurt/Main, Campus, 2001, 470 S.
〔書評〕
中野 実著『日本政治経済の危機と再生―ポスト冷戦時代の政策過程』(早稲田大学出版部, 2002年)=伊藤光利
東大法学部蒲島郁夫ゼミ編『選挙ポスターの研究』(木鐸社,2002年)=川上和久
五十嵐武士著『覇権国アメリカの再編―戦後の改革と政治的伝統』(東京大学出版会,2001年)=清水さゆり
河野 勝著『制度』(東京大学出版会,2003年)=数土直紀
田中恭子著『国家と移民―東南アジア華人世界の変容』(名古屋大学出版会,2002年)=関根政美
谷 勝宏著『議員立法の実証研究』(信山社,2003年)=増山幹高
水島治郎著『戦後オランダの政治構造―ネオ。コーポラティズムと所得政策』(東京大学出版会,2001年)=宮本太郎
古矢 旬著『アメリカニズム―「普遍国家」のナショナリズム』(東京大学出版会,2002年)=油井大三郎
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真っ先に読まれるページ編集後記33号
<33号編集後記>
 よい先生というと必ずイェール大学でゲーム理論を教わった某教授を思い出 す。彼は当時の新進気鋭の経済学者で授業は複数の学部大学院の合併だった。 何気なく出た一回めのクラスで彼は板書もなく首を振り振り大変な早口で講義 し始めた。全員が殆ど理解できず,数人の学生が彼に抗議し最も優秀だった同 級生は"He is awful!"の一言で出席をやめてしまった。結局数学専攻の学部生 と経済学専攻の大学院生に混じり,多少はわかりやすくなったが依然難解な 授業に私が出ることにしたのは理由があった。あまりにも楽しそうな様子で講 義するのでこの先生がこんなに面白いと思っている理論なら学んでみようと 興味がわいたのである。彼に会わなければ政治学専攻の私がゲーム理論を学ぶ こともなかったと思う。私も政治学の面白さを学生に伝えたいと思うのだが, 面白さも伝えられずわかりやすくもならない授業を反省することが多い。(加 藤淳子)


 本号が刊行される頃には民主党と自由党が合併しているはずである。民主党が自由党を吸収合併する形で野党結集が実現し,近く予想される総選挙では政権を争って与党対野党の対決構図が有権者に提示されることになっているだろうか。壊し屋の異名のある小沢自由党を吸収することは,トリ小屋に野犬を入れるようなものという批判に対して,菅民主党代表は,民主党はトリはトリでもタカかもしれないと切り返した。選挙目当ての政策合意のない野合という批判に対しても,政権目当ての大同団結とすずしい顔だった。民主党が掲げた政権獲得時の政策実施プランとしてのマニフェストに対しても,政権公約という形で各党が取り入れざるをえなかった。十年前の政治改革の諸制度に対する習熟がまた少し進んできたようである。(川人貞史)


 前号からの作業『現代韓国の市民社会。利益団体』仕上げをまだ続けている。 言訳を重ねれば,社会学類長に再選され,「比較市民社会。国家。文化」特プ ロというプロジェクトを始めたせいである。個人を離れマクロに見れば,大学 人がなべて忙しくなっているからである。国立大学法人化,中期目標作成,COE など競争性と効率性を叫ぶプロジェクトが目白押しであり,10年来続く大学院 重点化や専門大学院創設は組織再編を強いると同時に,数多くの大学院生を大 学に溢れさせている。これは過渡期と諦めるべきか,いや違う肝心の「何か」 が欠けていると叫ぶべきか。「永久実験大学」にいるため「改革」の騒音。火 の粉にはなれていると,これ以上「草鞋」を増やさず,ひたすら自分の道を進 むべきか。毎日何かを断ることの連続である。(辻中 豊)


特集のねらいの続きともいえる感想を三つ。@比較研究の重要さが認識されるにつれて,同質的な一定の数のNが期待できる「地方」は,絶好のフィールドとなってくるはずである,と考えてきたが,立派にそのようになってきている。A熱心に投稿してくれる若い研究者は多く,たのもしい。B特定のテーマで時間を切って論文を募るのは,なかなか大変だ。(真渕 勝)


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◆32号 特集 90年代の政党政治と政策の変化(4月15日刊)
特集のねらい 90年代の政党政治と政策の変化
         (文責)加藤淳子
 1993年以降,日本の政党政治が変化し,それが選挙制度改革のように公式の制度の変化や政策決定手続きといった定式化されにくい変化を伴ったことは論を俟たない。一方で,これら一連の変化の意味,影響に関しての研究は,変化以降の観察,データの蓄積にはまだ日が浅いため困難を極める。特集で扱う六論文はこうした限界をそれぞれ独自の工夫で克服し,変化の意味を,選挙制度改革,国会審議,政官関係,中央‐地方関係の政治過程から探ろうとする労作である。

 冒頭の谷口論文は,中選挙区制から小選挙区(比例代表並立)制への選挙制度改革の影響を組織票動員という観点から分析する。小選挙区においては組織票動員が進まないという演繹的理論に基づいた仮説を,最も動員が進むと考えられる条件を持つ選挙区を事例として検証し支持する。谷口論文は,新選挙制度下,第1回の選挙データのみで分析を行うことに伴う不可避的限界を仮説を演繹的理論に緊密に結びつけることで解消する。今後,小選挙区制度の定着により,現役優位及び当選者固定化の現象が生じた場合でも,仮説が述べる有権者側のバンドワゴン現象と組織票動員の理論的齟齬の可能性は残る。この意味で本論は,稀少なデータしか与えられない段階での分析からさらなるデータ分析に有用な仮説と提示している。

 堀内。斎藤論文は,中選挙区制から小選挙区。比例代表並立制という制度上の変化における,選挙区割りの変化,それに伴う議員定数配分格差是正という選挙制度改革の重要な一面を,中央政府から地方への補助金配分格差の変化と関係づけて分析する。これは,いわゆる「1票の格差」と「ポークバレル」という民主主義における代表に伴う問題を因果関係を前提に実証的に分析したという点で興味深い。「1票の格差」が是正される程「ポークバレル」における1票あたりの不均衡な配分が是正されるという結論は,今回の選挙制度改革の影響を超える一般性を持つ。今後のデータの蓄積とその分析により,この「是正」の影響と効果がどのように推移していくかによりさらに一般性の高い議論が期待されるからである。

 三浦論文は,国会の立法過程の意味を国会審議の内容分析によって探る。国会の日本政治研究における位置づけと国会審議の内容分析の意義,国会の議事録をどのようにコード化するかという内容分析の方法論,また事例として扱った女性労働関連三法案の事例の比較という異なる側面から見るべきところの多い論稿となっている。1997年から2001年までの政党再編期の事例を扱ったため,国会の立法過程を政策決定過程全体に位置づけるには,あまりにも多くのコントロールすべき変数が含まれていることは否めない。一方で,それぞれの変数の影響については明確な議論がなされているため,今後,国会審議過程の内容分析の研究が蓄積することによって,野党が国会審議に影響を強める(或いは弱める)条件,政党の再編や配置の変化の影響といった観点からより一般性の高い結論を引き出す嚆矢となる論文と言える。

 土屋論文は,自民党が政権を独占していた80年代において盛んに分析の対象となった政官関係,族議員に焦点をあて,あえて自民党優位の相対的凋落が明確になった後の政策決定過程の分析を行っている。さらに,情報通信政策と言う1980年代以来の比較的新しい政策分野を扱ったため,自民党長期一党政権と族議員現象をセットとして考える通説的な説明に対し,族議員現象を,政策知識と政官関係を中心に捉え直す新しい観点を提示している。五五年体制の崩壊と共に研究関心も,90年代以降の新しい問題や現象に傾きがちだが,政官関係や族議員といった現象にもう一度目を向けることが,90年代における変化の意味を明らかにするとともに,より高い一般性を持つ議論を引き出すことにもなるのである。

 豊永論文は,土屋論文が経営形態の観点から分析の対象としたNTTをめぐる政治過程を,組織の分割に伴う政策決定のコーポラティスト。シナリオの挫折から記述する。土屋論文が,完全民営化,市場の自由化という観点からNTTの分割問題を捉え,情報通信政策における政官の合意形成の失敗として特徴づけたのに対して,豊永論文は,労働勢力の政策過程への安定的参加の契機としてNTT分割問題を捉え,政策決定における政労関係のコーポラティズム化の失敗の事例とする。二論文の対照性は比較政治研究の全く方向の異なる戦略の表れでもある。土屋論文が族議員という日本政治研究に特有の概念を五五年体制崩壊後の事例であえて前面に押し出しその一般性を追求しようとしたのに対し,豊永論文は,コーポラティズムという比較政治の一般概念を可能な限り用いてNTT分割の過程の分析と描写に徹した。このコーポラティズム概念の応用が事例の解釈のみならず,従来のコーポラティズム論において認識が欠けていた政党の重要性を明確にすると主張する点において,豊永論文は「事例」の「比較」における意義を再認識させるのである。

 北山論文は,「中央‐地方関係」「公共事業」といった古くて新しい問題をテーマとしている。両者とも,五五年体制の維持――すなわち自民党政権支持――に重要な役割を担ったという点で古い問題であり,また90年代から現在にかけて新たな対応を迫られ政治問題化したという経緯において新しい問題である。公共事業が,中央‐地方間の,また地方間の再配分の問題としてとらえられるのはさして珍しいことではない。北山論文の貢献は,これを90年代以降,比較政治学の分野で脚光を浴びた,福祉‐生産レジームの類型論,いわゆる福祉資本主義の観点から捉え直そうとした点である。この両者を結びつける鍵となるのが,財政支出の構造であり,これはまさに,公共事業と言う日本に特有に見られる現象を,比較政治のマクロ的類型に結びつけるのに有効な着目点であろう。

 90年代の日本における政治変化はそれ自身,多面的複雑である一方,大きな社会経済変化も伴い,今後もさらなる研究が期待される。本特集の論文も全てその研究蓄積の第一歩として読まれるべきものであろう。



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〔特集論文〕
選挙制度改革と組織票動員――連合町内会を中心に=谷口将紀
選挙制度改革に伴う議員定数配分格差の是正と補助金配分格差の是正=堀内勇作。斉藤淳
国会の準立法活動:女性労働問題をめぐる国会審議の内容分析=三浦まり
「1990年代の情報通信政策――NTT経営形態問題にとらわれた十年」=土屋大洋
政界再編期におけるコーポラティスト。シナリオの台頭と挫折――NTT分割論争の帰趨をめぐる一試論=豊永郁子
土建国家日本と資本主義の諸類型=北山俊哉

2000年政権交代とオーストリア。デモクラシー――「連合形式」転換の政治過程=大黒太郎

〔書評論文〕
比較政治学における接近方法の接合可能性――小野耕二『比較政治』(東京大学出版会,2001年)を手がかりに=網谷龍介
〔書評〕
早川誠著『政治の隘路:多元主義論の20世紀』(創文社,2001年)=佐藤満
竹中治堅著『戦前日本における民主化の挫折――民主化途上体制崩壊の分析』(木鐸社,2002年)=竹中佳彦
(1)山田敦著『ネオ。テクノ。ナショナリズム――グローカル時代の技術と国際関係』(有斐閣,2001年)
(2)村山裕三著『テクノシステム転換の戦略――産官学連携への道筋』(日本放送出版協会,2000年),(1)(2)併せて=山本武彦
伊藤修一郎著「自治体政策過程の動態――政策イノベーションと波及」慶応義塾大学出版会 2002年=笠京子
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真っ先に読まれるページ編集後記(32号)




<32号編集後記>
 本特集を担当した。論文執筆者は若い世代の方が多い。最近,若い研究者の方や大学院生を見るにつけ,うらやましく思う。政治学には,まだまだ興味深い問題が多く,私の研究の残り時間は確実に年々減っていく。もう一度大学院でみっちり勉強しなおすことができるのなら,認知心理学か脳生理学をやってみたいと思う。興味は持っているが取り組みあぐねている権力の問題の研究に役に立つと思うからだ。先日,久しぶりに博士過程を過ごしたイェール大学を訪れ,ますますその思いを強くした。大学院生の頃は毎日心細く不安な思いで過ごし一人前になることが目標だったのだが,今 となれば一番幸せな時期だったと思う。自分の研究以外のことは考えなくてもよかったのだから。あの頃の気持ちを思い出して,できる限り新しい問題に取り組んでいきたいと思う。(加藤淳子)


 以前もこの欄に書いたことがあるが,政党結集をめぐるごたごたや新党結成への動きが年末に起こりやすいのは,政党助成法が政党交付金の算定の基準日を一月一日にしたからである。昨年末も民主党の党首交代から始まって一部が離党し保守新党に合流した。他方,公職選挙法では政党が合同せずに統一名簿を提出したり選挙連合を組んだりすることは想定されていない。政治家が制度の制約のためにかならずしも自由に活動できず,制度に適合するために政治的に必然とはいえない動きを行っているようでは,これらの法律は悪法であろう。法改正によって政党が合同しなくても選挙連合を組むことができるようになれば,二大政党勢力が競争することをめざす並立制の選挙制度が機能するようになるのではないだろうか。(川人貞史)


 03年に入り,漸く『現代韓国の市民社会。利益団体』の最終纏めである。シリーズ刊 行の遅れもあり,賀状も欠かすことになり,関係者にあわす顔がない。遅まきながら この場を借りてお詫びしたい。昨年末,韓国大統領選挙は波瀾万丈,結果として三〇 代以下が支持し市民社会。インタネット型選挙を行った新世代大統領が誕生した。共 編者の廉載鎬氏が選挙テレビ討論会の司会者を務めるというおまけもついた。民主的市民社会論からは絵に描いたような結果である。97年のサーベイでもこうした志向は明白であった。ただ,韓国編での分析はもっともリアルかつ深層に迫り,政党システムや国家。 市民社会の中央‐地方問題まで浮き彫りにする。また民主化から一五年で韓国は「新世 代体制」,日本は五五年体制の転換を導いたことの比較体制論も興味深い。(辻中 豊)


 前(31)号でお知らせしたように33号の特集を「地方分権改革のインパクト」として論文を募ることにした。公募方式を積極的に進めてきた『レヴァイアサン』であるが,特集を継続的に組むためにいわゆる依頼論文も掲載してきた。33号でもテーマとの関係からいくつか掲載する予定であるが,他方で公募論文を特集の中心に据えるという新しい試みをすることにした。地方分権改革という進行中の出来事を対象にしているために,試論的。仮説提示的になるのは当然である。しかし,地方分権改革の効果や意義を把握するためにも,改革直後ないし途上の動向を分析し,記録にとどめておく価値は高い。新しい試みをするのは,新しい試みをするのは,編集担当者としては不安も大きい。しかし,期待はそれ以上に大きい。締め切りは5月10日,枚数は2百字原稿用紙100枚。(真渕 勝)

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◆31号 市民社会とNGO――アジアからの視座(増ページ 4月15日刊)

特集のねらい 市民社会とNGO―アジアからの視座
       辻中 豊(文責)
 本特集「市民社会とNGO−−アジアからの視座」は,市民社会やNGOという概念を,比較政治の地平で,欧米的でも日本特殊的でもなく捉え返し,経験的な分析概念もしくは分析焦点として客観的に用いるために編まれた。
 この問題意識の背景には,「市民」概念をめぐる論議のように,市民社会,NGOをめぐる日本での政治学研究,社会科学研究は国内消費用の傾向が強く,日本人研究者でのみ通用する固有の文脈が強調されすぎているのではないかという懸念が筆者にある。第一論文として展開するように,世界の学界での用法とはギャップがある。日本の特殊な用法やニュアンスは興味深い問題であるが,そこに固執する限り,入り口の言葉の議論で行き詰まってしまって,経験的な分析が行われにくい。また世界では多様な社会を対象として1000を越える論文が10年余で書かれているが,それらを吸収する目を閉ざし,結果として日本の研究を視野狭窄な独り善がりなものにすることになる。
 他方で,市民社会やNGO,NPOを民主主義,民主化と等号で結ぶような,やや無邪気な市民社会論,NGO論も氾濫している。メディアには,NPOという日本固有の略語やエンパワーメント,アドボカシーといったカタカナ語が溢れ,一種のブームの感がする。しかし,それらの実態や意義についての政治学的な,経験的な分析はほとんど進んでいない。多くの日本の書物は,世界の学界の動向や経験的な比較分析とはほとんど接点がない。これらへの実質なきブームは幻滅が生じると,反動として総批判へと転化する可能性を孕んでいる。
 本特集では,そうした日本の知的情況に対して,アジアの経験的な比較分析の視点を導入し,世界の学界との接触と交流を深めたいと考えた。  最初に,編者が,こうした問題意識に基づき,世界の政治学界の動向を踏まえ市民社会とNGOの再定義を試みる。こうした概念への注目は90年代にほぼ世界同時に生じたが,地球化とポスト-社会主義の時代における新しい公共性志向として捉えることができる。
 第二論文の執筆者フランク。シュワルツは,ハーバード大学,ハワイ東西センターを拠点として,日米欧アジアの研究者を交えて行われた『日本の市民社会』プロジェクトの成果であるState of the Civil Society in Japan (Cambridge University)の共同編者であり,その序論(「序論:広いレベルの論争と日本の位置」)および第一章「市民社会とは何か」の執筆者である。彼は,欧米的な文脈を文献的に検討した後,最近の日本の論調,市民社会をいわゆる「市民団体,NGO,NPO」だけに狭く捉えがちな論調を対比し,すでに触れたように機能的な広い文脈を強調する。

 次いで,重冨論文は,アジア経済研究所を中心とする広範な比較研究の伝統を受け継ぐ。
既に触れた世界の比較政治の動向に対応するアジア15ヶ国の比較研究を踏まえ,単純な近代化論的な認識では,多様なアジアのNGOの展開が捉えきれないことから出発し,政治経済的な機能空間における国家,市場,共同体の配置関係,占拠関係の中で,彼の言うNGO(広義なので市民社会ともほぼ対応)が展開することを理論化する。
 さらに,首藤論文は,豊富な事例研究を踏まえ,アジア市民社会が,国家との関係抜きには論じられないこと,また国際関係や地域主義の曖昧な雰囲気がもつ積極的な意義について,豊富な事例を引証しながら,国家人権委員会に焦点を当てて詳細に検討している。

 最後に,廉載鎬論文は,筆者とともに行った韓国の市民社会組織の包括的な実態調査と韓国での多様な調査を基にして,民主化以後の市民団体の政治化が,いかなるガバナンスの変化をもたらしたかを,三つの事例研究を含めて綿密に検証している。

 以上の五つの論文は,用語法などで必ずしも統一が取れているわけではないが,いずれも,世界の政治学界での市民社会,NGOの研究動向に対応した経験的な研究の成果であり,その意味でアジアの経験的な比較分析者の視点を導入し,世界の学界との接触と交流を深めたいという筆者の主張と軌を一にするものである。アジアや日本の現状を含めた大胆でかつのびやかな経験的。理論的研究の世界への発信を願って本特集は編まれたのである。


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〔特集論文〕
1)辻中豊「世界政治学の文脈における市民社会,NGO研究」
2)フランク J.シュワルツ「シビル。ソサエティーとは何か」
3)重冨真一「NGOのスペースと現象形態:第3セクター分析におけるアジアからの視角」
4) 首藤もと子「東南アジアの国家人権委員会と市民社会」
5)廉載鎬「韓国の市民社会とニューガバナンス―民主化以後の市民団体の政治化」
〔投稿論文〕
日野愛郎「ニューポリティックスの台頭と価値観の変容」
佐脇紀代志「地球温暖化防止政策を巡る国内政策過程―京都会議を焦点に―」
〔研究ノート〕
須田祐子「電気通信事業に対する外資規制」
〔書評〕
近藤康史著『左派の挑戦』(2001年,木鐸社)評者=阪野智一
David Epstein and Sharyn O'Halloran, Delegating Powers: A Transaction Cost Politics Approach to Policy Making under Separate Powers, Cambridge: Cambridge University Press, 1999.評者=杉之原真子
森裕城著『日本社会党の研究』(2001年,木鐸社)評者=福永文夫
中山洋平著『戦後フランス政治の実験』(2002年,東大出版会)評者=森本哲郎
吉野孝。今村浩。谷藤悦史編『誰が政治家になるのか』(2001年,早稲田大学出版部),東大法学部蒲島ゼミ『現代日本の政治家像 T。U』(2000年,木鐸社)評者=山田真裕


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毎号真っ先に読まれるページ 31号

<編集後記>
 英語圏の研究書は通常論文と同様レフリーにかけられ出版される。原稿を提出さえすれば出版されると言うことはあり得ない。ケンブリッジ大学出版会に最初の原稿を提出してから三回のレフリーと書き直しを経て二年半で出版契約にこぎ着けた。二回目のレフリーが終わった後,「次の三回目で出版可能と判断されなかった場合は四回目は行なわない」と告げられ,三回目のレフリーを行なうか他の出版社に提出し直すかの選択を迫られた。長期間のレフリープロセスの後出版不可能となると著者の側に損害が大きいことを考慮しての出版社側の申し出だが,結構追い詰められた気持になってしまった。結局最後のチャンスの三回目で契約も得られレフリーコメントで雑駁だった原稿も改善されるという大変幸運な結果とはなったが,今となればかなりあぶない橋を渡ったと胸をなでおろすことしきりである。(加藤淳子)


 このところ,『政治と金』をめぐる疑惑が多くなって,議員の辞職および政治家の訴追が続いている。そのせいで,一〇月末にまとめて行われる補欠選挙の件数も増えている。一九九四年以来の政治資金の透明化と政党助成および二〇〇〇年からの企業。団体献金の禁止によって,政治家の資金事情は大きく様変わりしているが,これらの疑惑の多くは新しい制度なり規制強化なりに関連しているようである。その意味では,『政治と金』の問題が多発することは,それだけ問題が解決に向かっているということかもしれないから,喜ぶべきことなのかもしれない。しかし,もちろん政治はそれほど甘くないかもしれない。それにしても政治資金データを収集。分析する作業は大変である。早く,電子データとしての公開を望みたい。(川人貞史)


 本号を担当した。筆者の論稿は,前回に予告したシリーズと重なる個所があるため,当初の比較ではなく概念の問題に替えた。政治学世界で概念のブームは何度となく訪れる。市民社会やNGOをそうした一過性ものにしないためには,言葉の分析的な定義が必要である。その際,日本の独自の文脈にこだわり過ぎると比較研究が難しい。あえて大仰な題名の小論を書いた次第である。自分の経験でも,日本語で書かれる研究は安易な相互理解へのもたれ掛かりがある。外国語に直訳されると何が言いたいのか不明である場合が多い。他方で,日本の研究者のメリットは,なにより日本語が読めること,アジアとの接点が多いことなど,日本独自の視点があることである。それは貴重だが,相対化し世界に伝えないと独り善がりである。(辻中豊)


日本の大部分の大学において,政治学は法学部で教えられ,政治学者もまた法学部で育てられてきている。政治学は,多少の肩身の狭さを我慢すれば,得してきたことのほうが多かったように思う。法学部にやってくる学生には,まじめで頑張り屋が多く,そのなかから変わり者をピックアップして,政治学者に育ててきたところがあるからである。しかし,法学部を残したまま,法科大学院ができると,事情は変わってくるかもしれない。だからこそ,現在,いくつかの大学が公共政策を看板に掲げる新しい大学院を構想し,政治学の「市場価値」を高めようとしている。その際,やはり見落としてはならないのは,実務との接点を多くしようとする新大学院と伝統的な研究者養成の大学院との折合いをどのようにつけるかにある。悩みは始まったばかりである。(真渕 勝)



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◆30号 特集 議会研究
特集の狙い 議会研究
    文責 川人貞史
 『レヴァイアサン』が議会研究を特集として取り上げるのは,三〇号プラス増刊号のなかで今回が初めてである。
 議会あるいは国会に関する実証研究がこれまであまり進まなかったのは,日本の政治学における一つの顕著な傾向ではないかと思われる。議会研究は,憲法学と政治学にまたがる領域に位置する分野であることに加えて,議会制度に関する高度に技術的な専門知識が必要とされ,また,立法資料や会議録などの文書資料が膨大であるために,研究者が議会の体系的実証研究に対して尻込みしてしまう要因となっていたように思われる。
 そのため,議会研究といえば注目を集める事例にかたよった研究や国会審議に至る前段階の政策決定過程にウェイトがあるものや,実証研究にもとづかないマクロな議会制度論や政官関係論に関心が集まっていた。そして,それには,日本の政治行政の通説的見解が国会を高く評価してこなかったことも影響している。こうした事情は,欧米においては,議会研究が新制度論研究における最先端分野として多くの政治学研究者の理論的。実証的研究の対象となってきていることと対照的である。

 議会研究の主要な関心は議会運営と立法行動のあり方がどのようにして形成され,いかなる要因によって変化するかを,制度変化と行動変化の間の相互作用に注目しながら,理論的。実証的に解明することである。選挙制度や議会運営の制度ルールは議員や政党などのアクターの関係を構造づけるルールとして,それぞれの目的と利益をめざすアクターの行動選択を制約する条件となる。各アクターは,この制度的制約の中で自己の効用最大化をめざす行動をとり,それが一定の政治的結果(立法)を生ずることになる。

 しかし,同時に,アクターはこれらの制度ルールを自分の目的により合致するように作り替えようとする。その結果,アクター間で合意された議会運営ルールが形成。変更される。

 本特集に含まれる論文は多かれ少なかれこうした研究関心を共有した研究者によって執筆されたものである。
 国会を主要な研究対象とする四名による研究論文および,アメリカで活躍する第一線の議会研究者三名から寄稿された論文によって,多くの読者の議会研究に対する新たな関心が高まることを期待している。


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第30号 議会研究
  1. 議院運営委員会と多数決採決=川人貞史
  2. 議事運営と行政的自律=増山幹高
  3. 参議院自民党と政党再編=待鳥聡史
  4. アメリカの裁量的内政支出 1959〜1999年: 大統領はここに,政党はどこに?=ロデリック。キーウィート/キース。クレーブル
  5. 拒否権プレーヤーと制度分析=ジョージ。ツェベリス
  6. プライベート。オーダリングの負の側面=カーティス。ミルハウプト/マーク。ウェスト
〈書評〉
  1. 田口富久治著『戦後日本政治学史』(東大出版会)評者=加茂利男

  2. 田所昌幸著『アメリカを超えたドル』評者=(中央公論新社)鈴木基史

  3. 鹿錫俊著『中国国民政府の対日政策 1931-33』(東大出版会)評者=塚本元

  4. 青木昌彦著『比較制度分析に向けて』(NTT出版)評者=曽我謙悟

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毎号真っ先に読まれるページ 30号

30号編集後記
研究が続けられる所属さえ決まらず,当時の指導教官に泣きついたことがある。
  ところが,先生の方はあせる私に取り合わず,「大学の図書館が使えれば研究は続けられ る,人間は一生に一度くらい浪人したほうがいいですよ。」と言われた上,「それよ り,いい研究をしなさい。そうすれば,いつかきっと誰かが認めてくれる。でも,す ぐにはだめですよ」と笑われてしまった。
 その時は,「来年度の行き先がなくて困っ ているのに,そんな筋論を言われても」と私は不満で一杯だった。
 しかし,先生が鬼 籍に入られてから,つくづくとその言葉を思い出す。大学が,改革,改革で走りつづ けていなければ倒れると,言われるようになった今は,特に,私はこの言葉を心して おこうと思う。(加藤淳子)


政治学研究者は法学部(法学研究科)に所属する方も多いと思うが,法科大学院が近いうちに設置される見通しとなっている。政治学だから直接,専門上では協力することはできないが,無関係ではもちろんない。
 法科大学院は司法試験や司法修習と連携した法曹養成の専門教育機関であるから,従来の法学部教育における人材養成とは質的に異なる。
そうすると,政治学者として関心があるのは,いわゆるキャリアの公務員がどこから供給されることになるのだろうかということである。あいかわらず法学士が主流となるのか,法学修士だろうか,それとも法科大学院卒の学位を持つ人だろうか。いずれにしても高学歴化の波がついに文科系の学生にも押し寄せてきそうである。
 さて,そこで,政治学の居場所はどこになるのか気になるところである。(川人貞史)


   年末にこの後記を書いているので,本号がでる春には世界や政治の情勢は大きく変わっているかもしれない。変化のスピードは恐ろしいばかりに急速である。
 しかし,研究者は必ずしもそれに同伴する必要はない。構造変化に取り組みそれを摘出することが仕事と思い定めている。5年越しの調査をまず『現代日本の市民社会組織と利益団体』の編著(木鐸社刊)として上梓しえた。これから暫くは,毎年このシを,韓国,ドイツ,アメリカ,中国と各国別に,比較的に纏めていきたい。
 同様に地球環境と政策ネットワークもまとめつつある。国際共同研究は本当に時間と手間のかかる仕事であるが,やっと成果を出すことができた。こうしたテーマ自体は実は25年越しである。つまり院生時代のテーマである。
 流行のテーマに浮沈はあれど,自分の仕事をするしかないと痛感する毎日である。(辻中 豊)


 教科書を書く機会が増えた。もともと欲張りな方ではないが,それでも書くべきことが年々増えているような気がして,なかなか大変だ。 理論は,新制度論そして合理的選択論ときて,最近はやや落ち着いている。日本でもこうした動きを反映した研究もまとめられつつある。できるだけ教科書にもとりこみたいものである。
 やっかいなのは現実の動きである。日本において制度改革がいろいろな場所ですでに行われ,さらに継続しているところもある。新しい制度の周辺で展開程はなお不安定であり,どこまで教科書に反映させるかは難しい選択である。もちろん,世の中は常に動いている。しかし,ここ10年近くの動きは,やはりすさまじいのではないだろうか。
 大学がこれまで以上に教育に力を入れることを求められているのもまた制度変化の一つである。我々の姿勢もまたなお不安定である。(真渕 勝)


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◆バックナンバー(主に二代目世代による 29号〜21号)

第29号 日本の政党政治の変容と継続―ヨーロッパとの比較の観点から(2001年秋)
  1. 選択の可能性と投票行動=蒲島郁夫/スティーヴン。リード

  2. 1998年参議院議員選挙の比較分析=マイケル。ギャラハ

  3. 政党派閥と連合政権―イタリア。キリスト教民主党における閣僚ポストの配分=キャロル。マーション

  4. 政権の形成と政党交渉力決定構造=マイケル。レイヴァー/加藤淳子

  5. 政党システムのダイナミズムとイタリアにおける政権形成。崩壊=ダニエラ。ジャネッティ/マイケル。レイヴァー
  6. <研究ノート>00年総選挙における候補者ホームページの分析=岡本哲和
〈書評〉
  1. 陳肇斌著『戦後日本の中国政策―1950年東アジア国際政治の文脈』東大出版会=石井明

  2. 渡部 純著『企業家の論理と体制の構図―税制過程に見る組織と動因』2000年木鐸社=内山 融

  3. 三宅一郎。西澤由隆。河野 勝著『55年体制下の政治と経済』木鐸社=河村和徳

  4. 福元健太郎著『日本の国会政治―全政府立法の分析』東大出版会=成田憲彦

  5. 鈴木基史著『国際関係』東大出版会=山本吉宣




編集会議風景

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第28号 公共政策の政治過程(2001年春)
  1. 政策波及とアジェンダ設定=伊藤修一郎

  2. アメリカ高齢者健保プログラムの決定要因=広本政幸

  3. 地方政府と社会経済環境=曽我謙悟

  4. 政策の複合的効果=堀江孝司






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第27号 地球環境政治と市民社会(2000年秋)
  1. 気候変動問題のゆくえ=川島康子

  2. 環境政策の成功の条件=ゲジーネ。F。ヨスト

  3. 米国における気候変動政策=A。クルキ/辻中豊

  4. 法。国家。市民社会=R。ペッカネン




第26号 グローバリゼーション―日欧比較(2000年春)
  1. グローバル化時代の公正と統治=R。ヒゴット

  2. アジアにおける地域通貨協力=田所昌幸

  3. 境界国家と地球の時空論=大庭三枝


第25号 ポスト政治改革の政党と選挙(1999年秋)
  1. 政党投票と候補者個人票のバランス=三宅一郎

  2. 96年選挙における戦略投票=鈴木基史

  3. 政治資金と選挙競争=川人貞史

  4. 参議院改革と政党政治=大山礼子



第24号 制度改革の政治学(1999年春)
  1. 変化なき改革,改革なき変化=真渕勝

  2. 中央省庁等改革基本法行革と特色と問題点=増島俊之

  3. 橋本行革の内閣機能強化策=信田智人

  4. 電力産業の規制緩和の比較研究=田辺国昭



第23号日韓政治体制の比較研究(1998年秋)
  1. 日韓利益団体の比較分析=辻中豊。李政煕。廉載鎬

  2. 日韓国会議員選挙の比較分析=福井治弘。李甲允

  3. 政策決定の日韓比較=廉載鎬

  4. 日韓の人事行政システムと天下り過程=゙圭哲



臨時増刊号 連立政権下の政党再編(1998年夏)(品切)
  1. 政界再編と政策対立=大嶽秀夫

  2. 連立政権の日本型福祉の転回=衛藤幹子

  3. 連立政権下での特殊法人改革=建林正彦



第22号 変容する日欧の政党政治(1998年春)
  1. 日本における政界再編の方向=P。メア/阪野智一

  2. 政党支持の安定性=蒲島郁夫/石生善人

  3. 日本とNZにおける96年選挙制度改革=M。ギャラハー

  4. 政権形成の理論と96年総選挙=加藤淳子



臨時増刊号 政権移行期の圧力団体(1998年冬)
  1. 圧力団体の政治活動=村松岐夫

  2. 静かな予算編成=真渕 勝

  3. 分水嶺にある日本の圧力団体=秋月謙吾


第21号 世紀転換期の政治学(1997年秋)
  1. 現代政治学の問題状況=福井治弘

  2. 国際交渉,戦略選択,政策信念=J。S。オデル

  3. 国際化の国内政治的基礎=樋渡由美

  4. 対話民主主義と学校をめぐる政治=ウェザフォード/マクドネル


第20号 選挙制度改革と日本政治(1997年春)
  1. 「政治改革の過程」論の試み=成田憲彦

  2. 選挙制度と政党制=川人貞史

  3. 合理的選択理論からみた日本の政党=蒲島郁夫/岸本一男

  4. 「政党支持なし」層の意識構造=田中愛治


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◆バックナンバー(主に創業世代による 20号〜創刊号)
  • 創刊号 新保守主義の台頭(1987年秋)品切
  • 第2号 国家と企業。団体。個人(1988年春)
  • 第3号 比較政治体制論(1988年秋)
  • 第4号 テクノクラート論と日本の政治(1989年春)品切
  • 第5号 岐路に立つ日米関係(1989年秋)品切
  • 第6号 大都市時代の地方自治(1990年春)
  • 臨時増刊号 戦後における西独と日本(1990年夏)
  • 第7号 マス。メディアと政治(1990年秋) 品切
  • 第9号 自民党(1991年秋)
  • 第10号 89参院選(1992年春)
  • 第11号 貿易と日本政治(1992年秋)
  • 第12号 自由化の政治学(1993年春)
  • 第13号 冷戦後の日本外交(1993年秋)
  • 第14号 利益集団と日本の政治(1994年春)
  • 第15号 93総選挙――55年体制の崩壊(1994年秋)
  • 第16号 日独の戦後政策と政治(1995年春)
  • 第17号 政界再編の序曲(1995年秋)
  • 第18号 日本政治の主役(1996年春)
  • 第19号 合理的選択理論とその批判(1996年秋)品切
  • 第20号 選挙制度改革と日本政治(1997年春)

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投稿大歓迎!


 レヴァイアサンは,適切な研究方法を用いて行われた独創的な研究を掲載したいと考えています。政治学の広い分野におけるすぐれた理論的,実証的研究論文の投稿を歓迎します。
 未刊あるいは他研究誌に投稿したり他の書籍に所収されたりしていないものに限ります。編集委員と外部のレフェリーが読ませていただきます。
応募。執筆要領をご覧の上御投稿ください。

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◆投稿規定



1。応募要領
 投稿論文は次の要領で木鐸社内『レヴァイアサン』編集部までお送りください。(1)本文は20,000字程 度,A4判(1頁に1000字〜1200字,図表,注記すべてを含む)16〜20枚程度にまとめ,本文 冒頭に論文要旨(200字程度)を入れて下さい。本文には著者名を入れず,別に(2)A4判1枚に著者情報 (下記)を作成してください。(3)(1)(2)をそれぞれ印字したハードコピーを5部,(2)を1部, 郵送。宅配便などでお送りいただくとともに,それとは別にワードファイルかPDFファイルにて(1)(2) については以下のアドレス宛に,ファイル添付にてお送りください。 leviathan@mbf.nifty.com @氏名(ふりがな)A生年,B生地(都道府県),C最終学歴と修了年(大学は学部,大学院は科も明記),D博士号等(年。大学。科目),E現職,F著書。訳書。論文2点(著訳書は出版社,発行年,論文は掲載誌と卷。号数,発行年を明記)G住所と電話。ファックス番号。電子メールアドレスを明記してください。

2。執筆要領
 46号より本文横組に変更になります。数字は算用数字をご使用ください。図表はエクセル等で作成し,本文に挿入箇所を指示し,本文とは別に印字したハードコピーをつけてください。なお,こちらで図をトレースする場合は実費を御負担いただいております。論文が採用された場合は英文でタイトルと要約をお送りください(70ワード)。編集作業を迅速化するため,に採用された論文については,御使用のソフトを明記の上,フロッピーディスクの送付をお願いしております。

3。引用。参考文献の表記
(1)単行本(著者名,『書名』,出版社,発行年,頁,) (2)雑誌論文(著者名,「論文名」,『雑誌名』,卷。号,発行年月日,頁) (3)欧文の場合,原則的には上記の通りですが,論文名は“ ”,雑誌名と書名はイタリック体,もしくはアンダーラインを引く指示をしてください。

4。論文の転載について
 『レヴァイアサン』に掲載された論文は,出版後一年間は転載を御遠慮ください。その後転載される場合は,木鐸社の承諾を取ってください。


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◆書評委員会から 本誌の狙いに沿った投稿をお待ちしております



 編集委員会が新たなオリジナルの研究を掲載していく役割を担っているのに対して,書評委員会は先行する研究を足がかりとして,それをさらに発展させていくための論考を掲載していく役割を担っています。先行する研究を踏まえた上でそれを批判すること,批判の上に今後の研究を展望すること,批判への応答を行うこと,そうした知的な営みの積み重ねこそが,学問を前進させていくのだと私たちは信じています。批判と論争に溢れた「にぎやかさ」こそが学術研究の生命力なのであり,本誌をそうした場にしていきたいと,私たちは願っています。
 具体的には,近年刊行された日本政治あるいは現代政治に関する学術的な成果に対して,つぎの諸形態の論考を広く募集しています。
。書評 単行本一冊あるいは二冊程度を扱うもの:字数は4000字
。書評論文 複数の単行本,あるいは叢書やシリーズ全体を扱うもの:字数は10000字
。研究動向論文 複数の論文や書籍を扱うもの:字数は10000字
。本誌論文・書評への批判,それに対する応答:字数は4000字

 執筆要領,引用・参考文献の表記,転載についての規定は,本誌「投稿規定」に準拠します。投稿に際しては,書評であっても書評としてのタイトルをつけた上で,leviathan@mbf.nifty.com宛に,ワードファイルあるいはPDFファイルを添付してお送りください。また,「投稿規定」の応募要領中にある@〜Gの執筆者情報もあわせてお送りください。
 書評委員会は,概ね二ヶ月に一度開催されておりますので,特に〆切は設けません。投稿いただいたものは,書評委員会で検討させていただいた上で,随時採否を決定いたします。本誌の発刊趣旨にもあるように,人格対立抜きの「仮説の提示と活発な批判,反批判」をできるだけ多く掲載していきたいと考えています。
 皆様からの積極的な応募を心よりお待ちしております。


書評委員:石田 淳,磯崎典世,曽我謙悟,日野愛郎,待鳥聡史,村井良太



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